19.感謝
「そういえば」
「私の料理はお口に合ったのですよね?」
「そうだが?」
「見た目は不味そうに思われた様ですが」
「そ、そうだな・・・」
その日の夫婦は食事を終えても互いに席を
立たなかった。
「それを・・・」
「あなたは一度でも美味しいって」
「人に伝えたことはありますか?」
「無いが?」
「美味いものは美味い」
「改めて定義することなど不要であろう?」
バァンッ!!
オリ―はテーブルを叩きながら
身を乗り出す様に立ち上がった。
「・・・あるんです」
また理不尽にも怒られるのかとモンショは
ビクっとしたがオリ―の眼には怒気は含まれておらず
むしろ悲しみを湛えた瞳でモンショを見つめると
小さく呟いた。
「きっと・・・」
「あなたは・・・」
席を立たない二人のためにお茶を運んできた使用人は
ただならぬ雰囲気に凍り付いた。
「ああ・・・」
「ごめんなさい」
少し目元を拭きながらオリ―は再び席に着いた。
使用人は戸惑いながら二人にお茶を用意した。
「ありがとう」
オリ―は立ち去ろうとする使用人を呼び止めた。
「あなたは・・・」
「彼女がお茶を用意してくれたことに
本当は感謝しています」
・・・?
「当たり前であろう?」
「なぜ感謝を口にしないんです?」
・・・
モンショは珍しく押し黙った。
厚意を受ければ感謝するのは当たり前で
改めて言葉にする必要がなくとも伝わるだろう?
いや、しかしさっきのオリ―の悲しそうな姿は・・・
「伝わらないものなのか?」
「ええ・・・」
「言葉にしてくれなきゃ」
「伝わるものも伝わらないんです」
オリ―がその目を伏せていたことで
モンショには伺い知れなかったが
その目には一つの強い光が宿っていた。
「あなたは・・・」
「私たちからすればもう本当にどうでもいい・・・」
「小難しい事の答えを与えることはできるのに」
「それ以外の肝心な言葉は出てこないんです」
昨日、ダンジョンで夫の腕に初めて抱かれて
高鳴る心臓に一つの棘が刺さっていたことが
ここにきてようやく解った。
「何も聞くな」
「残念なことに・・・」
「恐らくワシでは未だ何も答えられん」
確かに聞きたいことはあった。
あの景色を初めて目にすればそれはそうだ。
でも別にその問いの答えが欲しい訳じゃ無かった。
私があの時に聞きたかったのはただ・・・
「私が・・・」
「いえ、私だけじゃなくて」
「彼女やこの家のものが」
「聞きたいのはそれはそれはお利口な・・・」
「誰もが納得する様な正しい―――そんな」
「そんな、くだらない答えなんかじゃないんです・・・」
顔をあげるとオリ―はモンショを真っ直ぐに見た。
「あなたの気持ちが知りたいんです」
帝国一の魔法使いとして国中から畏敬の念を
抱かれていた男をして尚、その瞳に宿る決意に、
その覚悟にゾクっと背筋が凍るのを感じ取った。
「この家に私が嫁いできた時にあなたが私に
なんて言ったか覚えてますか?」
・・・
勿論、覚えている。
それで急に妻となったオリ―が怒り出して・・・
理屈に合わない行動をとる者と言葉を交わすのは
難しいだろう。
と、それから昨日までオリ―と会話らしい
会話をしたことはまるで無かった。
ああ、つまりはそういう事だったか。
「すまなかった」
口をついて出たその謝罪の言葉はこの場で
モンショからすれば自らの間違いを指摘されたことに
対する当たり前の言葉ではあるものの・・・
「言葉にしなければ・・・」
「他者には思いとは伝わらないものであったのか」
オリ―は目を丸くした。
この夫となった人は実は優しい人なんだって
私にはもう理解できている。
世界中の誰にも・・・
すべてに誤解されているのだとしても―――
ちゃんと、しっかりと私だけは解ってしまったんだ。
この人は若くして達観に至り、それ故に周りを
見下している様な印象を受けるけど・・・
この人は、ただ致命的にその言葉が足りないだけなんだ。
誤解され続けるだけのこの人が本当に
可哀そうで、いたたまれなくて・・・
この無礼と思われたとしても
例えどんな罰が待っていようとも
伝えなきゃいけないと決意したことが―――
あれれ?簡単に伝わっちゃった?
「いや、えぇっ!?」
「いや、あの・・・そのっ・・・」
「わ、解って貰えたなら・・・」
急に慌てだしたオリ―は呼び止めていた
メイドを指さした。
「言わなきゃいけないことがあるよね?」
いや、何でここでため口・・・?
動揺しまくるオリ―は瞬時に自問自答をした。
ただお茶を用意しただけなのにとんでもない
事態に巻き込まれたメイドが予想だにしていなかった
自らへの流れ弾に心臓を跳ね上げると
「ランカ・・・」
「お茶を、ありがとう」
えぇ~っ!?
私の名前、旦那様はちゃんと覚えてくれてたんだ。
いつも寡黙に何も言わない主人の
感謝の言葉にランカは両手を顔に当てて
その場にへたり込んだ。
その指の間からは涙がどうしようもなく
溢れ出ていた。
その日を境にディーエル家はまるで変わった。
「あ~」
「この料理は、本当にいつも美味しいと思っているぞ?」
主は使用人たちに言葉をかける様になった
「味は流石にオリ―の料理に及ばぬが・・・」
思いを口にする様になったモンショの姿に
その妻の口元が緩む。
「何と言っても」
「オリ-の酷い見た目の料理より」
「その・・・美味しそうだ」
上がっていたはずの妻の口角は瞬時に下がった。
「あなたには・・・」
「教えなきゃいけない事、本当にいっぱいありますよね?」
モンショがビクッとした。
アレ?マタナニカマチガエマシタカ??
「伝えなくていい思いもあるんですよ?実は」
「ソ、ソウナノカ??」
ある日を境に会話すらまるで無かったはずの夫婦が
丸一日一緒に過ごしても尚、まだ話し足りない
もっとずっと一緒にいたいと今まで無かった
閨すら共にする様になって―――
ダンジョンに向かう際は必ず夫婦そろってとなって
数年たった頃、
「私の目に映るのは優しい光だけみたい・・・」
魔力を捕らえたオリ―が微笑みながら自らに振り返る
その姿は―――
永遠にモンショの脳裏に刻まれることとなった。




