10.ダンジョン
マグは嬉しそうにきゃっきゃっと笑いながら
その手を山のような相手に伸ばした。
そんな無邪気な弟を抱き、アイルは
土竜を見上げて目をひん剥いて立ち尽くした。
『ああ、驚かせたかもしれぬが・・・』
それを連れ立ってきたその二人の祖父は
安心させる様に頭を撫でた。
ビーはエスがこちらに土竜と共に館へ
向かってきている気配を感じとると
不審に思ったのか偵察するかのように
様子を見に来た。
エスと主人の様子からどうやら害は
無いらしいと判断した様で特に諍いは
起こらなかった。
『この子たち、なんで私にこんなにイジワル
してくるのか不思議だったけど・・・』
『そういう事だったのね・・・』
産卵場所へ急ぐ土竜としては
館に気づいたところで、そのままその地中を
駆け抜けていったはずだったが
エスとビーにそれを理解することは難しかっただろう。
むしろ番犬としてお前たちのいる館に土竜を
近づける訳にはいかなかった。
『・・・というのが、事の顛末の様だ』
頭を優しく撫で続ける祖父からの状況説明が
耳に入っているのか、いないのか
呆けた様にアイルは自身を見つめる土竜を
見上げ続けた。
この土竜が言うには遠く離れた溶岩地帯に
行く必要も無く、さらには火竜たちと争う
必要も無いのであればまだ産卵まで猶予はあるそうだ。
『では、ここに土竜さんの産卵場所を
作られるのですか?』
『ここは流石に不味かろうがな・・・』
館の周囲に溶岩地帯があるなど、孫たちは
熱くて敵わないだろう。
別に館をその熱から守ることは容易いが
土竜の話ではそんな安全な場所があれば
多くの土竜が産卵のために訪れるかも知れないし、
火竜の中でも卵を奪おうとする様な小型種、
ワイバーンなどは飛べるためにその行動範囲は広い。
一度見つかれば群れで襲撃してくるだろうとのことだ。
自らの館の周囲に竜属が相食む魔境などを作るつもりは無い。
とは言え、約束したからには安全な
産卵場所を確保しなければならぬ。
その土竜と従魔契約を結ぶことはしなかった。
その一匹と契約したところで他の土竜に
襲われたら意味が無いし、人の従魔となった
魔物の言葉などに他の魔物は誰も耳を傾けないそうだ。
地中に自身の感知能力が及んでいないことは
今回のことで理解できた。
今や頼れる番犬となったエスとビーは
当然感知できるであろうがそれに頼りすぎるのも
考えものだ。
もちろん結界を地中にも張り巡らせたが
襲われたら面倒なことには変わりはない。
代わりにこの館を他の土竜たちが襲わない様に
この辺りに土竜は縄張りを移してくれることになった。
安全な産卵場所を提供してくれるのであれば
むしろ他の言葉の分かる土竜たちも館を守るのを
手伝ってくれるだろうとお互いに悪い話ではない。
『考えてみたのだが・・・』
土竜にとって安全な場所・・・
すなわち地中に産卵場所を作るのが良いのではないか?
こんな大型の土竜が入り込める入り口であれば
小型のワイバーンなどは簡単に侵入してしまうだろう。
だが、空に限りがある場所でその飛翔能力の
優位性は低く、むしろ土竜の餌となるのが関の山だろう。
『じゃあ、私はその巣穴を掘れば良いのね?』
『いや・・・』
もし地中に安全な産卵場所ができたとして・・・
そこに何匹もの土竜が殺到して地盤が
穴だらけになってしまえばいつかは崩落する。
それでは意味がない。
『お前たちですら容易に穴が開けられぬ場所・・・』
『つまりダンジョンに行く』
この近くにダンジョンがあることはその醸し出す
魔力ですでにモンショには解っている。
ダンジョンのその魔力が染み渡った地盤を
掘り進めることは流石の土竜でも難しいであろう。
『なるほど・・・』
『それはいい考えね』
土竜は納得したように同意した。
『さて・・・』
『せっかく館の外に出るのであればもっと景色の良い
ところに連れて行ってやりたかったが・・・』
ポンと今はすやすやとその腕の中で眠るマグを
抱くアイルの頭に手を置いた。
『お前たちも行くぞ?』
「えっ!?」
ダンジョン―――
この世界に幾つも点在する自然の要塞だ。
それは地上のものがそこに足を踏み入れただけで
その濃く魔力が漂うその空気だけで参ってしまう。
常人であれば一生訪れる必要も無いところだ。
そこには独自の環境と生態系が築かれ
そこにのみ存在する鉱石や魔物の素材などは
相応に高値で取引されている。
それを専門に狙う【冒険者】と呼ばれる
屈強な者たちのみがそこに訪れていた。
そんなところに私たちもいくの・・・?
人の気持ちを考えることが苦手なモンショでも
ありありと解るほどにその考えが顔に出ていた
孫の顔にモンショは破顔して頭からその頬に手を滑らせた。
『お前たちに危機は及ばぬわ』
『ワシがおるからな』
ダンジョンに孫たちを連れて行こうと考えたのは
ずっと館の中で単調な毎日の気分転換のためでも
孫に土竜の産卵という誰もが目にしたことが
無いであろうその神秘を見せてあげたいとか
そう言ったことでは無く―――
『お前もそろそろ館の外を出歩きたいであろうからな』
自分の身を自分で守れるようになって
初めて外を出歩けるのだ。
これも一つの機会と言えるだろう。
かつて帝国の術師たちはその危険なダンジョンに
あえてその身をおいた。
自然が織りなしたその魔力を感じ、体感することで
その本質を理解しようと努めた。
そして各々に独自の答えを見出し、理解したそれを
個々に昇華してきたのだ。
まだダンジョンに潜るには確かにその身は幼すぎる。
だが、むしろ幼いが故にきっとその本質への理解は
早いだろう。




