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01.火事


『ん・・・?』


研究室に立ちこみ始めた煙に気が付くと訝し気に

その元を目で追った。


モンショ・ディーエル


帝国随一の魔法使いとして名を馳せたその男は

皇帝よりこの大陸の覇権を争う王国を滅ぼす術を

開発せよとの命を受けしばらく研究室に

閉じこもっていた。


モンショは元々、皇帝や帝国に対する

忠誠心は薄かった。

魔法に対する自身の知的欲求のみを一心に

追い求め続けていた。


そんなモンショに帝国は惜しげもなく膨大な研究費や

希少な研究材料、そしてその研究の場たる屋敷を寄越こした。


帝国との利益の一致によりモンショは素直にその研究を始めた。


一国を滅ぼす術とはどの様なものだろう?

考えられる答えは無数にあった。


一瞬で全てを焼き尽くす様な純粋な破壊力か、

不治の病や毒の様にじわじわと国を終焉に

向かわせるものでも良いし、

はたまたこちらの軍隊を無敵にするような術でも

構わないだろう。


考えついたありとあらゆる術の基礎研究に始まり、

そして得た知識を元に応用し、それらを混ぜ合わせた

結果を見てみれば


あれ?じゃあ、これをこうすればもっと・・・


新しく得た知見は新たなる疑問と更なる好奇を

産み出し、そのままにモンショは研究を

続けていた。

幾つかの多少満足のいく成果物は既に

産み出していたし、帝国から研究の進捗を

聞かれればそれらを渡せばよいだろう。


物事に表裏があるように、それらの研究は滅ぼすより

多くの活かす術をも無数に産み出していたが、

別にその研究で名声や大金を得ようとか、

歴史に名を残すとか、ましてやそれを利用して

自身がこの大陸を手に入れてしまおうとか

そういった俗な欲はモンショは持ち合わせていなかった。


あるのは純粋な知的欲求だけだ。




煙の元を辿れば自身の研究室の扉の外からであった。


火事かっ!?


モンショは研究室の扉を開け放った。


火の手が回り始めた通路の奥で

その先にいた数人の粗野な男たちと目が合った。

こちらを認識すると大慌てに男たちは武器を構えた。


賊だと?

このワシの館に・・・

何と愚かなことか・・・


屋敷に火を放ったのもこいつらの仕業だろう。


賊たちは明らかにその瞳に恐怖を宿している。

帝国随一の魔法使いと謳われた自分と対峙する

度胸と実力はどうやら持ち合わせていないようだ。


モンショが賊たちを指で指し示す様にすると

賊たちの影がその元となる主人に反乱する様に

不可解に動き出し、その主たちが異変に気付く前に

それらに掴まれると、そのまま影に引きずり込まれた。

その後には何も残っていなかった。


あの反応を見るに、ワシと対峙することは

想定外だったのだろう。

ならば事情を聞かなければならない。


ここをワシの屋敷と知らずに襲ったのだとして、

ただの世間知らずであったのであればそれで良いが

裏で手を引く者でもいれば炙り出さなければならない。


もちろん、賊どもを生かして返す気などは更々無いのだが・・・



モンショは軽く手を掲げるだけで屋敷に回り始めた炎を

事も無く消して見せた。


・・・?


火元が消え、露わになった通路は自身の記憶していた

ものと随分と違う様相になっていて首を傾げた。




『オリ―!!』


モンショには家族がいた。

帝国一の魔法使いとお近づきになりたいある貴族から

末の娘をまるで献上物の様に差し出されたのだ。


自分の娘すらまるでモノの様に扱う貴族の態度には

反吐が出たが、モンショとしても自身の欲求のためには

パトロンが必要だった。


愛のないはずの結婚でも、それでも妻となった

オリ―は献身的にモンショを支えた。


モンショは最初は自身の妻となった者に

まるで興味が無かったが、それでも少しずつ言葉を交わし―――


ある日、不意に向けられたその笑顔に少し心を

揺り動かされたのも事実だった。




妻からの返事は無かった。

少しざわざわした感覚に足を速めると

記憶にない幾つも壁に飾られている肖像画の中から

その一つがふと目に入った。


『・・・オリ―?』


随分と歳を取っているがそれは寂しげに笑う

自身の妻の姿であった。





恐らくこの館に住まうものであったであろう者たちの

遺体に眉をひそめつつ、それ以上に疑問がわいた。


こいつら、一体何者だ??


記憶している使用人たちとはまるで別人・・・

いや、間違いなく完全に別人だ。


館の奥で見つけたその夫婦の遺体に

モンショは更に混乱を深めた。


この遺体が身に付けているものは上等なものであることが解る。

まるでこの館の主人の様だ。


こやつら、ワシを差し置いて何様のつもりで・・・


と思う間もなくどこからともなく聞こえる

赤子の声にモンショは気が付いた。




―――そういえば


「・・・子供が出来ました」


あの時は何故、この妻は慶事をそんなに恐る恐る

報告するのかが不思議だった。


珍しく喜色を見せた夫の姿にその妻は思わず涙ぐみながら

それでも微笑んで―――


・・・あの時、オリ―は自分に何と言っただろうか?


何故か遠い過去だったかのように思い出すことが出来ない。




ああ―――

あれはあれで賢い女だ。


さっきの遺体は影武者か何かか?


どうやら少し研究に集中しすぎていたようだ。

何時の間にか産まれていた我が子と一緒に奥に隠れているのか。

これは流石に詫びる必要があるな・・・


モンショはその隠されているはずのその扉を開け放った。


その秘密の書庫の中に不自然に置かれたベビーベッドの中で

泣きじゃくる赤子の姿が見えた。












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