侍女の観察
侍女視点のお嬢様が変態を撃退する話です
鉄板ネタです 単品でも読めます。
ヴィクトリア朝辺りを参考にしています
私がお仕えするリレンザ伯爵家のアナベルお嬢様は大変お美しい。
銀の髪に潤んだ碧い瞳、白くきめ細やかなしっとりした肌。
マナーや勉強も同世代の中では群を抜いているらしい。さすが私のお嬢様。
まだ9歳にもかかわらず、縁談が舞い込んでいる。父である現伯爵はあまり乗り気ではなさそうだが。まあストレス発散先は手放したくないよね。ひどい話だね。
申し遅れました、私はアナベルお嬢様の侍女のマイカと申します。伯爵家に勤めて15年になります。お嬢様付きになって半年。これくらいになると色々な人脈もできて、重宝されるものです。
「マイカ、どうしたらいいと思う?」
綺羅綺羅しい封筒を指でもてあそびながらお嬢様は仰いました。
「ダールベルグ辺境伯のお誘いですか?」
この方はお断りを入れても度々誘ってくる御方。30歳近くの男がまだ9歳のお嬢様にご執心なのです。気持ち悪い。
「湖でボートに乗ろうって。その日は別荘に泊まって下さいって」
「「お断りして下さい!」」
私とルーカスの声が重なった。
ルーカスいつからいたの?
ルーカスは13歳のフットマン。若い。
キラキラした上等な服を着ている。
貴族風の見た目で美形なので出世が早く、勤めて短期間で馬車の後ろに着飾って立つ役目を仰せつかった。つまりお飾り枠。
フットマンになるには容姿、ふくらはぎの形が重要なんだとか。何故ふくらはぎ。
今は食器磨き、客人の案内もしてるらしい。
あと、お気の毒なお嬢様に治癒魔法をかける役割もある。これは私は知らないことになっている。お嬢様への虐待は一部の上級使用人、お嬢様の衣装担当のみ知っている。
「ボートなどいけません。逃げ場がありません。お泊りなんて問題外です」
皆、辺境伯が変態だとの共通認識をもっている。
あの方は伯爵家に押しかけてきたとき、お嬢様を子ども扱いしたフリして膝の上に乗せました。お嬢様は理由をつけて逃げましたが、あれは変態のやり口です。
「私も護衛も一緒には乗れません。別のボートでの待機になると思いますが、あの男から妨害される可能性もございます」
「当日毒か下剤を盛るというのはどうでしょう」
暗い目をしたルーカスが呟いた。
「ルーカスそれは極端ね」
「毒か。悪くないわね」
お嬢様?
「マイカ、貴女隣国に伝手があったわね」
「はい」
うっかり返事してしまったが、何でご存知なんですか?
「シェーレグリーンの壁紙を調べてほしいの」
「王都で最近流行している?」
「隣国から輸入していて王城の客間、高位の貴族邸に使用されていると聞いたわ。高価なのね。でも、隣国ではここ20年以上人気だったのに、流行が急に終わったの。壁紙を剥がして捨ててるらしいの。何かあると思わない?」
9歳のお嬢様の情報源はどこでしょうか?
私は元々隣国の間者みたいなものなのでその情報はあります。様々な情報を集めて本国に連絡するだけなので、がっつり間者ではないのですが。
お給料は大事なのです。
大好きな俳優さんの劇を観るには、伯爵家からの給金だけでは足りません!
お嬢様への忠誠心はあります!
大量に贈られた高級な子供っぽいドレス、下着(!)、露出度の高い部屋着、高級なおもちゃのような宝石を売った。
辺境伯はこんなものを着せたかったの?
やはり変態だ。
たくさん売って壁紙代の足しにした。
壁紙は人気なのもあって本当に高かった。
お断りしても辺境伯からドレスや宝石を頂くので、その返礼と言う体で深く美しいシェーレグリーンの壁紙と白い装丁の本を贈った。
辺境伯の寝室に使ってほしい、と閨を匂わせるメッセージカードを添えて。
「お嬢様。メッセージは変えませんか?これはちょっと」
「これでいいの」
お嬢様は微笑んだ。ぞくりとするような色気があった。
ボートはお断りしましたが、辺境伯はメッセージに大喜びだったそうです。やはり変態。
数カ月後辺境伯が謎の病気で寝たきりだと噂が流れ、お誘いはなくなった。
原因不明の病気なので、幼い跡取り娘であるお嬢様は面会できず、お見舞いの品のみ贈った。
少しだけお嬢様が怖くなった。私は間者。
「ヒ素入りの壁紙ですか」
ルーカスが驚く。あなたはそのまま素直に育ってほしい。
「それに鉛白入りの本も差し上げたわ。体調を崩されるなんて、残念ね」
微笑みながら心にもないことを仰います。
お嬢様にお仕えすれば、必ず勝ち馬に乗れそうな気がします。
お嬢様、寝室に使って欲しかったのは重度のヒ素と鉛中毒にしたかったからですか?
王城や貴族の屋敷に使っていたのは、客間や応接室でした。見栄を貼るための壁紙。
長期滞在しないので、毒性に気づきにくかった。一晩泊まったとき、ちょっと気分が悪いかな、程度だったそうです。
マイカ怖い。
シェーレグリーンの壁紙はとても美しい緑の発色だが、ヒ素由来の強い毒性があることが隣国で分かっている。知っていて売ったのか。本国に連絡していくらかもらえるかな。
いや国内の商家に情報を売ろうか。
本の装丁で流行した鉛白は重金属中毒になる。毒は美しいのよね。
しばらくすると美しい壁紙の有害性が少しずつ囁かれるようになり、流行は終わりつつあった。
婦人の緑色のドレス、鉛入りのおしろいはまだ人気があるので心配だ。
体調より美しさを選ぶそうです。不思議。
「旦那様のお部屋に貼れば良かった」
とルーカスが言うと、
「あああっ!」お嬢様が頭を抱えた。
少し抜けてるお嬢様も大好きです。
「そういえばマイカ、貴女いつ隣国の壁紙のこと調べたの?休みは取ってないわね」
意地悪な微笑みを浮かべたお嬢様。
変な汗が出ました。
ルーカス「大事なお嬢様にはお幸せになってほしいです」
マイカ(お嬢様だったら運命の女神をぶん殴るかもしれない)