6話
夕暮れが始まったばかりの探索者協会は、ねっとりとしたざわめきに満ちている。
金属の擦れる音、怒鳴り声、乾いた笑いが混ざり合い、まるで獣たちの巣に迷い込んだかのような喧騒だ。
粗野な身なりの男たちがソファに崩れ落ち、壁に凭れて煙草をくゆらせ、あるいは血のついた装備を雑にバッグへ押し込んでいる。広い建物のあちこちで、令和の日本とはとても思えない光景が広がっている。
そんな中でもひときわ目立つ二人組が受付の前に立った。
「『千光苦楽』と『スルメ・クルシェフスキ』だ。ダンジョンから帰還した」
巨漢筋肉男がそう言って、ドッグタグと呼ばれる認識票を受付のテーブルの上に置いた。声が大きすぎて、近くの椅子に座っていた若い探索者がびくりと肩を跳ねさせた。
「お疲れさまでした」
笑顔で答えたのは新人受付嬢の「春風 十色」。丸顔の、品のある顔立ちをしている。制服の着こなしも丁寧で、苦楽はなんとなく、どこかの良い大学を出てここに配属されたのだろうと想像していた。
「また君か………」
「はい!」
ポニーテールを揺らして、元気よく返事をする十色。だがその笑顔の裏には、ダンジョン出発前の手続きで三倍近くの時間を浪費したという、実績がある。
「手早く頼むぞ」
「任せてください!」
そう頷く彼女の顔は自信に満ちているが、正直なところ不安しかない。
苦楽がこうしてやや偉そうな態度を取るのにも、一応理由がある。スルメに対する――虫除け、である。
出会った当初から人形のように整った顔立ちをしていた彼女は、時間が経つごとに磨きがかかってきた。当然、男たちが放っておくわけがない。油断すれば、数人の探索者がぞろぞろと寄ってきて、まるで発情した猟犬のように鼻を鳴らし始める。
それを防ぐために苦楽が考え出したのが、「暴力上等の激ヤバ探索者」を演じるという戦術だった。巨体と眼光と偉そうな態度を武器に、スルメの隣に陣取り、近寄る虫を撃退する。
その効果は絶大だった。今もなお、受付カウンターから少し離れた場所で、数人の男たちがこちらをチラチラと見ては諦め顔で立ち去っていく。
ただ一つの誤算は、この演技が意外としんどいということ。一度始めてしまった以上、途中でやめるわけにはいかない。演技をしていたことがバレるほど恥ずかしいことは無いからだ。
「今日は何階層まで行きました?」
書類に目を落としながら、十色が真面目な声で尋ねてきた。
「七階層だ」
「すごいじゃないですか!」
「まあな」
「私は一度もダンジョンには入ったことが無いんですけど、やっぱり魔物って怖いんですよね?今日だけでも何人も怪我をしてる人を見ましたよ」
「君………」
「なんでしょうか?」
「世間話はいいんだが、さっきからあまりペンが進んでいないように見えるぞ」
「すみません、わたし新人なものでまだあまり慣れていなくて。少し多めに見てもらえたら嬉しいです」
「うーむ………」
ついさっきまでの自信に満ちた表情はどこへ行ったのか。そう思いながらも、苦楽は怒鳴りつけたりはしない。この高圧的な態度はあくまでも演技だからだ。
「なるべく手早く頼むぞ」
「任せてください!」
再びポニーテールが揺れる。もうすでに、彼女の中で苦楽への恐怖心は消えているようだった。
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