表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/62

59話

 


「どうして坂本さんを………あの人は、いつも俺たち探索者に明るく声をかけてくれたじゃないか」


「それが――余計なお世話なんだよ」


「なんだって?」


「竜介が死んだ」


「……は?」


 噛み合わない言葉に思考が止まる。


「俺の人生の中で、たったひとり、心を許せた親友だ。痣だらけの俺を見ても逃げずに、まっすぐ目を見て話しかけてきてくれた。――唯一の存在だった。一緒に探索者になって、大金稼いで六本木ヒルズに住もうって、夢みたいなことを本気で信じて、東京まで来た。なのに、あいつは、何ひとつ叶えられずに死んだ。たったの三階層で。マンボウに、殺されたんだ」


 清水の血走った目が、どこかを見ているようで何も見ていない。歯の隙間から漏れる呼気が、湯気のように空気を揺らす。


「袖が歯に引っかかって、バランスを崩したところを引っ張られて、壁に叩きつけられて――。頭を打って、死んだ。七階層を簡単に突破するお前には信じられねぇだろ。誰もが最弱って笑うマンボウなんかに、命を奪われるなんてよ」


 笑った。


 けれどそれは、痛みに耐えきれず痙攣するような、涙の混じった笑いだった。


「俺も、もう死のうって思ったよ。死ぬときは一緒って、そう決めてたから。だけど――誰が葬式あげてやるんだよ? 親からも絶縁されて、誰からも見送られることなく朽ちてく、そんな最期でいいのかって思った。だから、俺がやるしかない。俺が金を稼いで、恥ずかしくない葬式を――そう思って、ひとりでダンジョンに潜った」


 目の前に広がるのは、よく整備された公園の緑。鳥のさえずりが、清水の声の合間を縫うように静かに響いている。


「それで、ボロボロで帰ってきた俺に、あいつが……あのジジイがなんて言ったと思う? 坂本だよ。坂本、警備員の。――『頑張れよ』だってさ」


 両脇を固める警察官たちは、無言のまま。鳥の声だけが、どこまでも響く。


「頑張れ? ふざけんな……! ただ立ってるだけで金もらってるジジイが、誰に向かってそんな言葉吐いてんだよ! 俺はなァ、生きるために毎日泣いて、殴られて、それでも必死に歯を食いしばって生きてきたんだよ……楽しさなんて、一度も知らねぇ。そんな俺に、親友を亡くした俺に、気軽に『頑張れ』だと? ――ふざけんじゃねぇ!!」


 叫びが、大気を裂く。、狂気の熱を帯びて、聞く者の肌に突き刺さるようだった。


「……だから、殺したのか?」


「そうだよッ! 悪いかよ!? 文句あるか!? お前みたいに何の苦労もなく育って、探索者になって、稼いでる奴に俺の何がわかるってんだよ、えぇっ!?」


 一瞬、苦楽は黙った。


 確かに――自分の人生は、清水三郎に比べれば圧倒的に恵まれていた。それは否定できない。けれど。


 それでも、坂本さんを殺したことだけは、違う。それだけは、どうしても違う。


 だから、言う。


「……葬式は、出来たのか?」


「……あ?」


「お前の親友、竜介の葬式。ちゃんと、あげてやれたのかって聞いてるんだ」


 清水の顔が、目に見えて歪んだ。


「ダンジョン肉は、警察に押収されたはずだ。つまり、お前の手元に金は入ってない。――違うか?」


「だからなんだ! 関係ねぇだろ!」


「確かに、俺には関係ない。けど……お前がこうして捕まったら、竜介の葬式、誰が上げてやるんだ?」


「黙れ」


「……親友を弔うことよりも、自分の怒りを優先したのか?」


「黙れ……!」


 奥歯を噛みしめすぎて、口の端から血がにじむ。


「――最後の最後で、お前は親友を捨てたんだよ」


 それは、罪を突きつける言葉。普通の言葉ではこいつには届かない。いくら非難しようとも笑いながら流すだろう。


 だから清水の言葉を拾って作った十字架をその胸に突き刺した。


「黙れって言ってんだよおおおおおッ!!」


 叫びとともに、清水が警察官たちの拘束を振りほどく。


 その身体が、苦楽へと向かって突進し――。


 金色の風。


 ひと筋の光が走った。スルメだった。長く伸びた金髪が空気を裂き、そのまま全身のバネを跳ね上げ――


 跳び蹴り。


 鋭い一撃が清水の顔面を捉えた。


 清水の身体が空を舞い、ベンチの向こう側へ吹っ飛んでいく。まるでトラックに跳ねられたのかと思うほど強烈な威力。


 スルメは超能力者である。


 本気で怒ったその蹴りは、人智を超越した威力を持つ。


 清水の元に駆け寄る警察官たち。さざ波のような騒然としたざわめきが、静まり返っていた公園に一気に戻ってくる。


 その中を、苦楽はゆっくりとスルメのもとへ歩いた。


「……大丈夫か?」


「うん」


 スルメは真っ直ぐに答えた。


 坂本さんは明るくて気さくな人だった。誰にでも笑顔で、言葉をかけてくれた。


 初めてダンジョンに潜った時も、ダンジョン肉がひとつも見つからずに帰ってきた時も、仲間と言い争いになった時も。坂本さんの声は、勇気づけてくれた。


 スルメもまた、その声に救われたひとりだった。


「今日は、帰ろうか?」


「……ダンジョンに、潜りたい」


「……わかった」


 やりきれない思いの中、緑はどこまでも美しく、風は優しかった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ