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49話

 


 コーヒーの香りがしっとりと満ちた特別室。窓のないその空間は静かで、厚手のカーテンが外の喧騒を遮っている。静けさの中に、警察官である龍一の活力に満ちた声が響いた。


「警察は当初、苦楽君を犯人だとほぼ確信していた」


 苦楽の胸の奥で、心臓がぎゅっと軋むように脈打った。ぬるい血が重たく全身に巡っていくのを感じる。


「その理由は防犯カメラの映像。そこには苦楽君によく似た人物の顔が、はっきりと映し出されていた。探索者協会という、一般人は立ち入ることの出来ない施設での犯行だから、最初から内部の関係者を疑った。そこで協会に保存されている探索者の顔写真を提出してもらい、照合したところ、苦楽君が浮上したというわけだ」


 龍一はそこで一息つき、カップを持ち上げた。香ばしい湯気が立ち上る。コーヒーをひと口含むと、口角を少し上げてにやりと笑った。


「あっけなく捜査は終わり――そう思っていた。だが任意で事情聴取したとき、捜査員は驚いた。顔は確かに似ているが、体型がまるで違った」


「なんだ………警察ってやっぱり優秀なのね。私たちが結構時間かけて気づいたことを、すぐに気づいてたんだ」


 愛嬌が、どこか残念そうに呟いた。


「実は今回の事件、防犯カメラ以外にももう一つ大きな手がかりがあった。犯行現場の倉庫に残されていたボールペンだ」


「そんなのがあったんだ……」


「当然、警察はそれを犯人の物だと考えた。指紋が付いていれば、犯人特定の決定打になる。……だが、予想外だった」


「予想外?」


「ボールペンには複数人の指紋が付着していて、どれひとつとして完全なものが無かった。これでは証拠としては決め手に欠ける。むしろ、探索者協会の備品が盗まれた可能性の方が高いと見ている」


「どうしてそんなものが現場に……?」


「それは分からない。犯人が置いて行ったのか、それとも落としたのか………」


「ふーん……」


 最初こそ敬語を使っていた愛嬌だったが、今ではすっかり孫が祖父と話すような砕けた口調になっていた。


「それじゃあ、犯人は誰なの?」


「そこが最大の問題だ。警察ではまだ有力な容疑者を特定できていない。協会の職員にも、探索者にも、苦楽君に似た人物は見つかっていない。じゃあ、防犯カメラに映っていたあの男は誰なのか――それが、分からない」


「お手上げってこと?」


「はっきり言えば、そういうことだな」


 龍一は肩をすくめて、少しだけ苦笑した。


「もう一度確認しますけど、俺はもう容疑者から外れたってことで……いいんですよね?」


「そういうことだ。今日はそれを伝えたくて来たんだ。さぞかし不安な気持ちでいるだろうと思ってね」


「ありがとうございます……」


 苦楽は、肺の奥からどっと安堵の息を吐き出した。しばらく止めていた呼吸がようやく戻ったように。


「ボールペンは苦楽を犯人にするための罠」


 苦楽の息に重なるようにして、スルメの控えめな声が静かに室内を満たした。






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