表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/62

48話

 

 ここは東京都目黒区自由が丘にある喫茶店『ディオゲネス倶楽部』。


 古びたレンガ造りの外壁に控えめな金文字の看板。駅前の喧騒から少し外れた路地裏にひっそりと佇むその店は、知る人ぞ知る隠れ家のような趣を漂わせていた。


 その一角、通された特別室の前で、千光苦楽は深く息を吸い込んだ。


「大丈夫かい?」


 後ろから声をかけたのは賢治だった。


「ああ………」


 応えたものの、苦楽の表情は硬いままだ。


「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」


 賢治は笑って見せるが、苦楽の胸中は穏やかではない。


 “警察官というやつらは、目を合わせただけでこちらを犯罪者扱いする。”


 そんな経験を、彼は過去に幾度もしてきた。息苦しさが喉元まで迫っていた。


「なんか苦楽って、思ってたよりずっと繊細なのね。深呼吸なんかしても、そう簡単には落ち着かないでしょ?」


 愛嬌が呆れたように笑いながらドアノブに手をかけ、そのまま勢いよく開け放つ。


「おーっ、待ってたぞ! 君が千光苦楽か!」


 中から現れたのは、口髭を蓄え、フレームの太い眼鏡をかけた男性だった。肩幅が広く、笑顔がよく似合う快活な印象。


 賢治の祖父であり、警察庁に籍を置く龍一――六十歳近いはずだが、張りのある声と肌の艶のせいか、年齢を感じさせない。むしろ、どこか豪放磊落な武人を思わせた。


 苦楽、スルメ、愛嬌、賢治の一行は軽く頭を下げながら室内に入っていく。中は木目調の落ち着いた空間で、照明は控えめ。ふんわりと漂う焙煎コーヒーの香りが、緊張感をいくらか和らげた。


 思っていたような張りつめた空気はない。親戚の集まりにでも呼ばれたような、そんな雰囲気だった。


「ふむふむふむ……なるほど。ずいぶんと悪そうな面構えをしているな」


「龍一さん、いくらなんでも初対面でそれは言い過ぎですよ」


 賢治が苦笑する。


 突然の評価に一瞬固まった苦楽だったが、その言い方にトゲはなく、不思議と傷つくことはなかった。


「あーすまんすまん。ワシは思ったことがすぐ口をついてしまってな。悪気はない、許してくれ」


 大声で笑いながら、頭を下げるその姿は――まるで西郷隆盛だ、と苦楽は思った。


 笑いと共に、肩の力が少し抜けていく。


「しかしまあ、悪人ではなさそうだ」


「それはもちろんそうですよ。僕の友人なんですから」


「そうだったそうだった、はっはっは。そりゃ失礼」


 みな思い思いの椅子に腰を下ろし、ひとしきり世間話に花を咲かせる。龍一は、賢治が自分の将来を未だ決めかねていることに不満らしく、悩まなくていいから警察官になれと、しきりに言っていた。


 やがて運ばれてきたコーヒーを一口含んだ時、苦楽はようやく気づいた。あれほど強ばっていたはずの自分の顔が、いつの間にか緩んでいたことに。


「さて――例の事件についてだがな……」


 龍一が声のトーンを少し落として話し始めた途端、室内の空気がわずかに引き締まった。


「現在、警察では苦楽君を第一の容疑者とは見なしていない」


 その一言が、再び苦楽の鼓動を強くさせた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ