46話
「これ、迷惑料です、受け取ってください」
『柴犬喫茶こげぱん』のカウンターに、スルメがそっと差し出したのは、現金の束。ざっと三十万円はある。
「え………」
柴犬柄の緑色エプロンをつけた子供にしか見えない店長――童顔の柴田健太が、目をまん丸にして口を開いた。
カウンターの隅で様子を見ていた苦楽も、一瞬ぎょっとした表情を浮かべたが、スルメの鋭い視線を受けて声を飲み込んだ。
「受け取っておいたらいいと思いますよ。苦楽はお店にかなりご迷惑をお掛けしたわけですから」
賢治が苦笑を浮かべて言った。
「でも、こんなに沢山は……」
「いいのいいの。こいつ、探索者やってて結構儲けてるみたいだから、これくらいの金額はどうってことないのよ」
愛嬌がにっこり笑って、苦楽の背中を軽く叩いた。高校時代からの付き合いで、彼の性格を知り尽くしている。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした……」
苦楽はしばらく札束を名残惜しそうに見つめてから、深々と頭を下げた。
「実は………夢だったお店をオープンしたのは良いものの、僕の力不足でお客さんがなかなか来てくれなくて……正直、もう限界かと思っていたんです。図々しいとは思いますが、このお金、助かります」
「受け取ってください。柴犬たちも、そのほうが喜ぶと思います」
スルメがはっきりとした口調で言う。
「……受け取ってください」
苦楽も、肩を落としたまま小さな声で続けた。
「……すいません、ありがとうございます」
店長がそっと頭を下げ、背後では柴犬たちがワンと元気に鳴いた。柔らかな陽射しの差し込む店内は、どこかあたたかかった。
やがて四人は、静かに店を後にした。古びたビルの階段を、一段ずつ下りていく。狭く急な階段は足元が暗く、手すりの冷たさが妙に現実的だった。
背後からは、開いた扉の奥から柴犬たちの鳴き声と、店長の明るい声が漏れてきた。ビルの外に出ると、都会のざわめきが一気に押し寄せる。すぐ近くの大通りとは対照的に、ここはひっそりとした裏通りだった。
「こんなところに柴犬カフェがあるなんて、知らなかったな」
「雰囲気、良かったよね。また来たいなって思う」
「そうね。あの柴犬たち、店長のことすごく好きそうだったわね。……っていうか、あの店長さん、最初見たときは完全に子供かと思ったんだけど、大人なのよね? 何歳なのかしら」
愛嬌が首をかしげながら言った、そのとき――。
賢治のポケットで、スマートフォンが突然けたたましく鳴り響いた。
「……!」
彼は足を止めて画面を覗き込む。次の展開が、静かに、しかし確実に始まろうとしていた。
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