39話
「行方がつかめないって、どういうこと!?」
愛嬌が声を張り上げた。
この店は私語禁止という特別ルールがあるので極めて静かだが、この特別室だけは自由に喋っても大丈夫なのだ。
「ごめん、僕の説明が悪かった。わかりやすくするために、最初から説明するよ」
賢治はグラスの水を一口飲んでから、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「僕は父の圭介さんに、警察に連行された苦楽を助けてあげてほしいって頼んだんだ」
「あなたのお父さん、弁護士だもんね」
「うん。で、実際に苦楽を担当することになったのは、父の部下の斎藤さんという弁護士なんだけど……。その斎藤さんが足立警察署に連絡したら、すでに苦楽は任意の取り調べからは解放された、って言われたんだ」
「そうなの? じゃあ、もう自由の身ってこと?」
「うん、そう……なんだけど」
賢治の声には釈然としないものがあった。
「だけど、どうして苦楽は連絡をくれないんだ?」
「あ……」
「スルメ君の目の前で警察に連れて行かれたんだから、普通なら解放された時点ですぐに連絡してくるはずだ。心配してるってこと、苦楽にだってわかるはずだよ」
「……連絡は、来てない」
スルメは即座に首を横に振った。
「斎藤さんの話では、取り調べで警察に圧力をかけられると、しどろもどろになって変なことを言ってしまったり、自分はもう駄目だと思い込んで逃亡してしまう人もいるんだって」
「でも苦楽は犯人じゃないのに……!」
「犯人かどうかは関係ないんだ。疑われていると思うだけで、心が繊細な人はそういう反応をすることがあるらしい」
「繊細って……あいつが?」
愛嬌が笑った。
「図々しくて偉そうで、天上天下唯我独尊って感じゃない」
「愛嬌君にはそう見えているのか」
「当たり前じゃない、みんなそうでしょ?」
「ぱっと見はそうだけど……スルメ君はどう思う?」
スルメは少し黙ってから、顎に手を当てて答えた。
「繊細な面もあると思う……」
「実は僕もそう思ってるんだ」
「えー、そうかなぁ?」
スルメの脳裏には、あの時のことが浮かんでいた。
――高校を卒業して、苦楽が建設会社に就職したとき。自信満々で「出世してすぐに偉くなる」と豪語していた苦楽。
けれど初日を終えて帰ってきた時、彼は疲れきった顔でソファに沈み、ただため息ばかりをついていた。
詳しいことは何も言わなかったが、想像していた現実とのギャップに、気持ちが折れていたのは明らかだった。
そして、半年も経たずに辞めた。
その記憶が、いまの苦楽の不安定な状況と重なった。
「……それにしても、あいつ今どこにいるんだろう。まさか東京から逃げ出して、北国にでも向かっているとか言わないだろうな」
「いくらなんでもそんな演歌みたいなことするわけないでしょ」
「取り調べで警察に相当圧力をかけられたのかもしれない」
「もしかして自白の強要みたいなこと………?」
「今回の事件は世間でも結構注目されているから、解決に向けて警察が力を入れていることは間違いないと思う」
「ヤバいじゃないの」
「苦楽のやつ、早く連絡をくれればいいんだけどな」
静かになったテーブルの上に、スルメの声がしっかりと響いた。
「私が探し出す」
彼女はそうはっきりと言った。その瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
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