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35話

 


「当たり前じゃないか」


 賢治の低く落ち着いた声が、空気をわずかに和らげた。


「だったら今のは何なのよ」


「たまたま犯人の顔が苦楽に似ていただけだろ?」


「……あんた、本当にそう思ってるの?」


「それ以外に説明がつかない。世の中、自分にそっくりな人が三人はいるって言うだろ? きっとその一人さ」


 愛嬌はスルメに視線を向けた。


「スルメはどう思うのよ? この中で一番、苦楽と一緒にいたんだから、分かるでしょ?」


 スルメは少しだけ考えてから答えた。


「私も同じ。苦楽が犯人じゃないって信じてる。だから、あれは似ているだけの別人だと思う」


 言い切るその声は、静かだが揺るぎがなかった。


「……わかった。うん、そうよね。私たちはそのために新しい犯人を探そうとしてるんだもんね」


 愛嬌は自分に言い聞かせるように頷いた。


「ふたりは、今の映像を見て何か気になることってあった?」


「気になることだらけだよ」


 賢治が即座に答える。


「本当?だったら聞かせてよ」


「じゃあまず、なぜあの犯人は素顔を晒していたのか。そこが分からない」


「……あ」


「後から来たもう一人の犯人、仮に“犯人B”と呼ぶけど、こっちは目出し帽を被っていたな?だからなおさら不可解だ」


「確かに……目出し帽を忘れたってわけでもないだろうし」


「防犯カメラに表示されているのを見れば、事件発生時刻は午前二時三十四分。代わりの目出し帽を手に入れるのは現実的じゃない」


「だから素顔のまま犯行に及んだってこと?」


 賢治は首を横に振る。


「僕だったら絶対にしないね。最低でもマスクとサングラスくらいはつける。コンビニでも売ってるから」


「そうよね……」


「スルメ君はどう思う?」


 スルメは少し考えた末に口を開いた。


「……犯人は、顔を見られても構わないと思ってたんじゃないかな」


「それってどういうこと?犯人が顔を見られても良いと思うはずが無いでしょ?」


「分からないけど、なんとなくそう思った。ただの勘みたいなものだから気にしないでほしい」


 スルメがそう答えたあとで、沈黙が広がった。


「………というかそもそも、防犯カメラを壊す必要があったか?」


「え?」


 愛嬌は賢治の顔を見る。


「犯人Aは、防犯カメラを壊そうとして接近したことで、むしろ自分の顔を晒している。これは明らかにおかしな行動だ」


「たまたま、じゃないの?」


「たまたま?」


「カメラを見つけて慌てていた。だから何も考えずにとっさに壊した」


「それは無いよ」


 賢治は即座に否定した。


「犯人Bは脚立を持って現れた。つまり最初からカメラを壊す計画だったってことだ」


「だったら、目出し帽の方の犯人が壊せば良かったのに。そしたら顔は映らなかった」


「なるほど、それは確かに」


「でしょ?」


 少し得意げに愛嬌が言った。


「となると、意図的に顔を晒したって考えるしかない。……犯人の行動には、何か理由があるはずだ」


「そうなのかな?私にはただ犯人の失敗のように見えるんだけど」


「もしそうだとしても、警察が今疑っているのは多分苦楽だろう。犯人にとっては失敗では無く成功だ」


「うーん………警察が苦楽を疑う理由は明白よね。こんなにそっくりなんだもの」


 三人は言葉少なに、もう一度映像を巻き戻す。


 何度も、何度も再生と停止を繰り返す。だが考えれば考えるほど、犯人の行動は謎めいていた。


「……この人、苦楽じゃない」


 警備員の坂本が襲われる場面で一時停止をしたスルメが言った。






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