28話
東京都足立区にある舎人公園は、緑と水に恵まれた広々とした空間だ。
春には桜が咲き誇り、夏には木陰を求めて多くの人が訪れる。敷地は現在約65ヘクタール。スポーツ施設や遊具、広場や池も整備されており、子どもから高齢者まで憩いの場となっている。
その一角。池のほとり近くのベンチに、ひとりの女性が腰掛けていた。
金色の髪が陽光にきらめき、まるで金糸を織り込んだように輝いている。目鼻立ちはまるで精巧に作られた彫刻作品のように整っており、天使を連想させるほどだ。
しかし今は、その美しい顔に緊張の色が浮かんでいた。
彼女――スルメ・クルシェフスキは、スマホの画面をじっと見つめ、耳に当てたスピーカーから流れる声に集中していた。
「事情は分かった」
スピーカー越しに聞こえたのは、やけに自信ありげな、落ち着いた若い男性の声。
スルメはほっと胸をなでおろした。途中、言葉が詰まったり、同じ説明を繰り返してしまったりしたが、どうやらきちんと伝わったらしい。
これで、電話相手である『中川賢治』から、その父親――有能な弁護士に話を通してもらえる。取り調べを受けている苦楽を救うための、一筋の光が見えた気がした。
「つまり苦楽は、僕の推理力に期待しているわけだ」
「え?」
「僕に真犯人を見つけてくれと、そう言っているんだね?」
「違う!」
スルメは勢いよく声を上げた。そのはっきりとした拒絶は、極度の人見知りである彼女にしては異例のことだった。
更に説明を加えると、一瞬の沈黙のあと、電話の向こうで軽く笑う声がした。
「なるほど、圭介さんに弁護を頼みたいって事だったのか……」
「圭介さん?」
「ああごめん、私の家族はお互いに下の名前で呼び合うんだ」
その説明を受けて、スルメはようやく落ち着きを取り戻した。またしても変な勘違いをしているのかと、少し不安になっていたのだ。
「わかった。頼んでおくよ。それで……私たちはどうするんだい?」
「え……?」
突然の問いかけに、スルメは言葉を失った。
「弁護士に任せるのは良い判断だ。でも、私たちが何もせずにじっとしている理由はないよね?」
「……何をするつもりなの?」
「事件について、私たちなりに考えてみようじゃないか。もし真犯人を見つけ出すことができれば、それこそ苦楽を救う決定打になるかもしれない」
「え……?!」
思いがけない提案だった。しかしそれは、スルメの心の奥深くにあった何かを強く揺さぶった。
「事件現場は探索者協会なんだろう?だったら、警察や弁護士よりも、探索者であるスルメ君のほうがずっと詳しいはずだ。誰も気づかない事実を、君なら見つけ出せるかもしれない」
スルメの胸が、ドクンと大きく鳴った。
頭に浮かんだのは、子どもの頃に夢中になって読んだシャーロック・ホームズ。繰り返しページをめくり、何度も推理に心を躍らせた日々。そしていつしか、自分もいつか事件を解決するような人になりたいと、ぼんやりと夢を見ていた。
まさか、そんな日が本当に来るなんて――。
「やる!」
その言葉は、気づけば自然と口をついて出ていた。スルメ自身が最も驚いていた。
「オーケー。それでこそ、苦楽のパートナーだ。私も友人として協力は惜しまないよ」
パートナー。
その言葉が、スルメの胸に火を灯した。
“絶対に助け出す”
決意が、はっきりと形を成していくのを感じていた。
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