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27話

 


 刑事に連行される千光・苦楽の背中を見ながら、『スルメ・クルシェフスキ』は途方に暮れていた。これはきっと何かの間違いだ。そう思いたいのに、最悪の想像が頭の隅を離れなかった。


 探索者協会の建物は、広い公園の一角にひっそりと佇んでいる。春の日差しの中、周囲では家族連れやジョギングする人の姿が目につく。


 スルメは協会の建物から離れ、空いている公園のベンチに座った。周りの視線が全て自分に集まっているように感じられた。誰もが何かを噂している。そんな錯覚に陥る。


 ――中川 賢治。


 高校時代の苦楽の友人で、学年一の秀才として知られていた人物だ。けれど苦楽が「最後に彼に連絡して」と言ったのは、たぶん彼の知性に頼りたいというより、彼の父親が弁護士だったからだろうとスルメは推測する。


(急がなきゃ)


 テレビで見たことがある。警察による強引な取り調べや、無理な自白の強要。呆然としている場合じゃない。今、苦楽に必要なのは弁護士だ。


 先を読んだ苦楽の判断に感心しつつ、スルメはスマートフォンを取り出し、友人であり高校のクラスメイトだった『村上 愛嬌』に電話を掛けた。


 中川の連絡先は知らなかったからだ。たぶん社交的な性格の彼女なら知っているはずだと思った。なにより、誰かに相談したかった。


 すぐに出た。


「えー!なにそれ!」


 愛嬌は大きな声を上げたが、事情を話すとすぐに理解してくれて、協力してくれた。


 呼び出し音が鳴る。


 スルメはベンチに腰を下ろした。隣の芝生では子どもたちがサッカーボールを追いかけている。けれど、スルメの心臓の鼓動の方が、ボールを蹴る音よりもずっと大きく聞こえた。


 緊張。喉がからからになる。


 スルメは人と話すのが苦手だ。元々の性格もあるけれど、彼女はポーランド人だ。来日したばかりの頃、誰の言っていることも分からなかった。今はだいぶ話せるようになったが、それでも完璧だとは思えない。


 しかも中川とは面識がほとんどない。もしかしたら挨拶はしたかもしれない、その程度だ。果たしてうまく説明できるのか。不安は膨らむ一方だった。


「えっ!スルメ?」


 意外なほど明るい声が返ってきた。


「知らない番号だったから出るの迷ったけど、まさか君からとは思わなかったよ。完全に予想外だね」


 スルメが言葉を探して口を開きかけた、その時だった。


「言わなくても分かっている」


(えっ!?)


 驚いた。だが、ホッとした。


 中川の父親は弁護士。もしかしたら既に何らかの情報が入っているのかもしれない。ならば、自分の拙い日本語で説明を繰り出す必要もないかもしれない。助かった。そんな気持ちが胸を満たす。


「苦楽と喧嘩したんだろう?」


「え?」


「友人として謝らせてくれ。事情は分からないけど、それは確実に苦楽が悪い」


(な、なんの話?)


 混乱する頭の中に、高校時代の記憶がよみがえる。彼はたしかに秀才だった。だが、変な持論を熱く語り出して、周囲を困惑させることで有名でもあった。


「もし浮気だなんだって話なら、それは仕方ない面もある。男というのはね、隣にどんなに美人がいようと、他の女性に目が行ってしまう生き物なんだよ。これはもう遺伝子の命令なんだ」


(こ、これは……長くなるやつだ)


 スルメは止められなかった。基本的に、人の話を遮ることができない性格なのだ。加えて今は、完全に勢いに呑まれている。


「たしかに苦楽の好みは巨乳淫乱ドSギャルだから、君とはタイプが違うかもしれない。だけど本心では君を愛してると思うんだ。だって君の金髪のこと、すごく褒めてたよ?人工じゃなくて、本物の金髪は綺麗だって……」


 最初は戸惑っていたが、中川は苦楽の話をどんどん語り出し、気づけばスルメはその声に耳を傾けていた。自分が知らなかった苦楽の話が気になったからだ。


「違う」


「え? ……なんだ、違う話だったのか!それなら早く言ってくれれば……」


 まるでスルメが悪いみたいな言い方をされて、ため息をつきたくなった。


「実は………」


 話し始めて気が付いたのは、なぜだか自分の心が落ち着いているということ。思っていたよりもスムーズに説明が出来ている。変な話を聞かせれているうちに緊張が解けていたらしい。


 とても不思議な気分だった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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