25話
午後の柔らかな日差しは、足立警察署の小窓からうっすらと射し込んでいたが、取調室の中はまるで冬の冷気が滲み込んだように冷たかった。
重たい鉄製のドアと、無機質な白壁。小さな長机を挟んで向かい合う三人――千光苦楽と、二人の刑事。
「探索者協会に強盗が入った。そして地下の貯蔵庫からダンジョン肉が盗まれた。さらに警備員は襲われて意識不明の重体だ」
刑事のひとりが、淡々と事件の概要を語った。内容自体は、受付嬢の春風十色から聞いていた通りだ。しかし、刑事の口から語られたことで、現実味と重さが加わった。
苦楽は口元を引き結んだ。
「昨日の午前二時から三時頃、どこで何をしていた?」
「自宅で寝ていました」
「そうか……って、なんだかさっきと様子が違うな」
もじゃもじゃ頭の刑事がジト目で苦楽を見た。
「別にそんなことは………」
探索者協会の中では、苦楽は“強い人間”として振る舞わなければならない。だからさっきまで、警察に対しても自然と横柄な態度を取っていたのだ。だが今は違う。演技をする意味はない。
そして――
(犯行時刻が特定された?)
新人受付嬢の春風十色は昨日未明の事、そう言っていた。けれど刑事がピンポイントでアリバイを尋ねたということは、それがまさに事件の発生時間帯なのだ。苦楽の脈拍が、わずかに速くなる。
「それを証明することはできるか?」
「難しいですね」
実家暮らしで、夜中に部屋で寝ていたことを証明する術はない。両親の証言では、警察が納得するとは思えなかった。
「なぜ僕のことを疑っているんですか?」
「疑ってるわけじゃない。ただ、探索者に話を聞きたいだけだ」
「探索者なら誰でも良かったということですか?」
「まあ、そういうことだ」
「そんなわけないですよね?」
「どうしてそう思う?」
横刈り上げの刑事が柔らかな笑みを浮かべた。
「最初に僕の名前を確認してから同行を求めてきましたよね。つまり、最初から僕を狙っていたんじゃないですか」
「そんな細かいことはどうでもいいんだよ!」
もじゃもじゃ頭の刑事が声を荒げた。
「それじゃあ、僕はこれで帰ります」
「あ?」
眉を吊り上げたもじゃもじゃが身を乗り出した。
「これは任意の取り調べですよね。横柄な態度をされるなら、もう帰ります」
「まだ調べは終わってない!」
「知るか」
その瞬間、部屋の空気が一変した。
二人の刑事が反射的に背筋を伸ばす。
――千光苦楽は探索者だ。
命を金に換える職業。その圧は、訓練された刑事といえども自然と身構えさせるものがあった。
「防犯カメラだ」
横刈り上げの刑事が、沈黙を破った。
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