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23話

 


「好事魔多し」は、物事が順調に進んでいるほど、意外な妨害や問題が起こりやすいという、ことわざだ。


 ダンジョンという別世界に足を踏み入れたばかりの頃、『千光 苦楽』はその非現実さと緊張感に胃を痛めることが多かった。だが、回数を重ねるごとに心も身体も慣れてきた。


 それに、想像以上の高収入。命の危険があるといっても、『いのちだいじに』を心がければ何とかなる。苦楽は、そう思い始めていた。不安材料だった『スルメ・クルシェフスキ』が想像以上に使えるやつだったのも大きい。


 見た目に反して酒も煙草もやらないという堅実な生活のおかげで、通帳の数字がどんどん増えていく。目標だった引っ越しも、もう手が届くと思っていた――そんな土曜日の朝だった。


 探索者協会に一歩足を踏み入れた瞬間、空気の違いに気づいた。


 騒がしいのはいつものことだが、今日は何かが違う。目を凝らすと、スーツ姿の警察官が複数。コーヒーを片手に雑談している協会職員の目も、どこか緊張している。


「なんか変………」


 スルメがぽつりと呟いたそのとき、ちょうど視界の端に見覚えのある姿が飛び込んできた。


「あ! 苦楽さん!」


 手を振ってきたのは、新人受付嬢の春風 十色。


 お嬢様然としたゆったりとした口調と動作で、最初は探索者たちから疎まれていたが、今ではその独特の癒し系キャラで密かな人気者になっている。


「一体何があったんだ?」


「強盗事件です」


「強盗!?」


 書類とカフェインしか無いようなこの施設に、何を盗みに入ったというんだ――そう思った瞬間、ある可能性が頭をよぎった。


「……ダンジョン肉か!」


「その通りです。昨夜未明、地下の貯蔵庫の扉が破壊され、中の肉が根こそぎ盗まれたそうです」


「警備員はどうした?」


「昨日は坂本さんが担当でした。でも……何者かに襲われて、意識不明の重体で病院に運ばれました」


 坂本 大輔――煙草と女性が好きで、明るい性格で誰とでも分け隔てなく接する初老の警備員。その人柄に誰もが親しみを感じていた。


「許せないな………」


「私たちも、同じ気持ちです」


 苦楽の胸の中に怒りが灯った。十色の表情にも、淡いながらもはっきりとした憤りが浮かんでいる。


 そのとき――


「千光 苦楽だな」


 背後から嫌な予感と共に声が降り注いだ。





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