22話
湿り気を帯びた洞窟の空間を、壁や天井に群生する発光性の白いキノコがぼんやりと照らしている。冷たい水音が、どこかでぽたぽたと滴る。
ここはダンジョンの三階層。
人工の光ではないその仄明るさは、どこか夢の中のような非現実感を漂わせていた。
一階層よりも明らかに強くなった魔物が現れるこの階層は、探索者にとっての最初の鬼門とされる場所。それだけに、空気にはわずかな緊張が張り詰めていた。
金色の髪が白い光に照らされ、淡く輝く。洞窟の岩壁を背にした小柄な少女に向かって、巨大な魚のような影がぬるりと迫っていた。
魔物。
その姿は金魚に酷似しており、探索者たちからはそのまま『金魚』と呼ばれている。大きく膨れた腹と硬質な鱗、重い体躯での突進は侮れない。軽トラにぶつかられたような衝撃を受ける言う者もいる。
だが、少女――スルメは一歩も退かず、二丁拳銃をすっと構えた。おもちゃのようなその鉄砲は、普通の探索者であれば笑われるような代物だ。
距離が5メートルを切った刹那。
「ぱしゅっ、ぱしゅっ!」
乾いた連射音が洞窟に反響し、小さな弾が正確に魔物の急所を貫く。
「んぎょ~!」
まぬけな声を残して、魔物はくずおれるように倒れた。途端にその巨体は白い泡となり、しばらく漂ったのち、地面へと吸い込まれて小さな宝箱に変わった。
「スルメちゃん!さすが!」
後方から駆け寄ってきたのは、熊のような巨体の男・苦楽だった。やや控えめに手を叩きながら、スルメに笑いかける。
スルメは銃口をわずかに下げ、ちらりと振り返った。
「狙いが、ちょっとずれた」
「けど、構えてから撃つまでがすごく速かったよね」
「わかった?」
「やっぱり!今よりも良くなるように努力してるのが、すごく偉いと思うよ」
真面目に褒める苦楽に、スルメは一瞬だけ目を逸らす。
「べつに………」
言葉とは裏腹に、その頬は少しだけ赤くなっていた。
「さすが、スルメちゃんは頼もしいなぁ………」
ふたりきりのときだけ“ちゃん”付けで呼ぶのは、出会ったのが小学生の頃だったころの名残か。けれど、その呼び方を他人に聞かれるのは照れくさいので、普段は呼び捨てにしている。
「べつに………」
繰り返しながら、スルメは淡々と自分の銃にBB弾を補充していく。この階層の敵であれば、おもちゃの銃で十分。
この小さな少女は、超能力者だ。
他の探索者たちが金属バットだ、バールだ、テーザーガンだと命懸けで武器を振るうこの三階層においても、彼女にとってはまるでゲームのようなもの。
「スルメちゃん、喉は乾いてない?大丈夫?」
「………ちょっと乾いたかも」
「オッケー」
明るい調子で言いながら保冷バッグのチャックを開いて、中に入っているペットボトル飲料を見せる。
「何が飲みたい?好きなのを取って良いよ」
「うーん………」
暫く迷った後で、スルメは『ネクターうるるんピーチ』を指さした。
「スルメちゃんはそのジュース好きだよね………」
そう言いながら苦楽はペットボトルの蓋を開け、スルメに手渡す。
「うん、結構好き」
ダンジョンに持ち込む飲み物も軽食も、すべて苦楽が準備する。これがふたりのルール。
喉を潤した後で、ふたりは再び歩き始める。スルメの持つ“ダウジング”の力によって、最短距離で魔方陣を目指し、お宝も確実に手に入れていく。
死傷者数多の戦場を、笑顔で、和やかに、進んでいく苦楽とスルメ。
ダンジョンは人間離れした者の領域なのだ。
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