19話
「もしかして、ひったくり事件の犯人の特徴って、そこに転がってるあいつらと近いんじゃないですか?」
苦楽が指差した先には、少し湿っている公園の土の上に尻もちをついたまま、痛みに顔を歪めている若い男たちの姿があった。
「………」
眉が太く、ホームベースのような輪郭をした中年の警官・里崎が渋い顔をし、隣に立つ色白で背の高い丸顔の若い女性警官・袴田と目を合わせる。
「それってどういうこと?」
袴田が目を丸くして聞く。好奇心と直感に突き動かされるような、その声音は妙に軽やかだった。
「ただの勘です」
苦楽は即答した。
「勘、ね………」
里崎は疑わしそうな顔でため息交じりに言った。
「勘は大事ですよ!里崎さんもいつも言っているじゃないですか」
「おい袴田、一緒にするな。こいつは警察官でも何でもないんだぞ」
そう言いつつも里崎は少し離れたところにいる六人の男達をじっと観察し始めた。
勘。
苦楽はそう言ったが、その勘は苦楽によるものではない。
スルメは超能力者。そして、その直感は、ただの偶然では済まされない精度を持っていた。
株式投資を主な生業とし、その鋭さでリーマンショックすらも軽々と乗り切った。それどころかむしろ、資産を倍増させたはずだ。
そして何より、苦楽が子どものころからやってきた嘘やイタズラは、ことごとくスルメに見抜かれてきた。
だからこそ、今この瞬間も、スルメの勘には絶対の信頼を置いている。
「さっきも話した通り、この騒動の発端は、虎之助の飼ってる犬――小太郎が、あの男のバッグにオシッコをかけたことから始まりました」
苦楽は赤髪をした男の背中の後ろにある黒いナイロン製のバッグを指さす。
「……もしかしたら、小太郎は何かを知らせようとして、わざとそうしたんじゃないかと」
「……犬が犯人を見抜いたって言いたいのか?」
里崎はやや困惑した表情を見せつつも、視線をバッグへ移す。
まるで部活の学生が使うような大きさのバッグだ。赤い髪の男のチャラついたファッションと合わせるのにはやや不自然なように見えた。
「犯人は若い男たちのグループ、という情報とは合致するが……」
ゴールデンレトリーバーの小太郎が立ち上がって元気よく吠えた。
「見てくださいよ、あの子犬の顔。すごく賢そうでしょ? 警察犬になれるレベルかもしれませんよ」
袴田が悪びれずに言い放つ。
「俺にはただのチビ犬にしか見えんがな……まあいい。そこまで言うなら、職質くらいはしてみるか」
里崎が小さく頷いた、その瞬間だった。
転がっていた男たちが、明らかに様子を変えた。立ち上がるなり、互いに目配せをしながら、ぎこちない足取りでその場を離れようとし始める。
「ちょっと、怪しすぎませんか、これ!」
袴田が声を上げ、すでに走り出していた。
「おい、待て袴田! 単独行動するなって言ってるだろ!」
里崎が声を荒げて走り出した。
男たちは誰が見ても明らかに焦り、逃げ出そうとしていたが、苦楽に足を蹴られたことでそれも出来ていなかった。
その後ろ姿を、苦楽とスルメ、そして虎太郎が見る。まるで映画かドラマの世界のように現実感が薄かった。
そんななか、ただ小さなゴールデンレトリーバーだけが勢いよく、そして嬉しそうに吠えていた。
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