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16話

 



 柔らかな朝日が、芝生に点在するベンチやすべり台の影を長く伸ばしていた。時刻は午前十時。


「ありがとうございます! 助けていただいて、本当にありがとうございます!」


 マッシュルームカットに大きめの眼鏡をかけた、小学校低学年ほどの少年が、何度もぺこぺこと頭を下げる。


「なに、これくらいは簡単なことだ」


 大きな体をした千光苦楽が、まるで映画のヒーローのように胸を張り、得意げに語る。


 その声に呼応するように、公園に集まった人々から歓声と拍手が沸き起こった。


 その傍ら、地面に這いつくばるのは、見るからに柄の悪い六人の男たち。


 足を中心に激しいダメージを受け、逃げることも反撃することもできず、ただ唸り声をあげている。全員を倒すまで、三分もかからなかった。


 子供一人を守るため、たった独りで立ち向かった男の、圧倒的で鮮やかな勝利。


 その一部始終を目の当たりにした人々は、ただ息を呑み、そして心からの拍手を送っていた。まるで朝の公園に降り立ったスーパーヒーローを迎えるように。


「驚きました。本当に強いんですね、本当にヒーローみたいでしたよ、苦楽さん」


「どうして私の名前を?」


「あちらの方が応援する時に呼んでいたので」


「そうか………」


 少年が指し示したのは、少し離れたところにいるスルメだった。


 そう言えば戦っている最中に声が聞こえていたことを思い出し、スルメに対して親指を立てるポーズをする。これはダンジョンでいつもやる戦いが終わった合図だ。


「あと、僕の名前は長岡 虎之助といいます」


「虎之助か、随分と勇ましい名前だな」


 スルメも親指を立ててくれたのを横目で見ながら答える。


「そうなんです、あまり僕の性格に合っていないので、ちょっと恥ずかしいんですけど」


 虎之助はぽりぽりと頭をかいた。


「それにしても少年、災難だったな。いきなり知らない奴らに怒鳴られたりして。親御さんと相談して、メンタルケアをしてくれる病院に行った方がいいかもしれないぞ」


「今のところ大丈夫そうですけど、もし必要になったらそうします。そんなところまで心配してくださって、ありがとうございます」


「なに、大人として当然のことだ」


 その言葉に、また自然と拍手が起こる。優しさが波紋のように広がっていくのが分かった。


「あの、実は………」


「どうした?」


 ためらいがちな少年に、苦楽が優しく声を掛ける。


「僕、あの方たちに謝ろうと思うんです」


「一体どうして?」


「助けていただいたことは、本当に感謝してるんです。でも……ああなってしまった原因は、僕の『小太郎』が、あの赤い髪のお兄さんの鞄におしっこをかけてしまったことなんです」


 少年の足元には悲しそうな顔をした小さなゴールデンレトリーバー。


「それをちゃんと見てなかったのは飼い主である僕の責任です。だから、本当は悪いのは僕なんだと思います」


 ざわめきが広がったあと、再び公園に拍手が響いた。大人たちの何人かは、目を潤ませていた。


「そうか、なるほど。君の言いたいことは分かった。それならば、私も一緒に謝りに行ってあげよう」


「えっ!?」


「こうなってしまっては、謝るためだとしても、近づくのが怖いと思っているんじゃないか?」


 倒れた男たちは、いまだに憎しみの眼差しを向けていた。立ち上がることすらできないくせに、その目だけは獣のように鋭い。


「……どうしてわかるんですか? 実はそう思ってたんです」


「彼らが許してくれるかどうかは分からない。でも、謝りたいと思った君のその気持ちは、とても大切だよ。だから、私も最後まで協力させてもらおう」


「……ありがとうございます」


 少年はほっとしたように笑い、また深く頭を下げた。背筋を伸ばし、前を向くその姿は、彼が本当に強い心を持っている証だった。


 ――また、拍手。


 朝の公園に、温かい空気が満ちていく。強さと優しさと、そして誠実さが交差したその空気は、まるで映画のワンシーンのように、どこか現実離れして美しかった。


「はいはい、ちょっと君たち、そこで何をしているの?」


 そんな感動すら打ち破るように、どこか現実へ引き戻す声が響いた。


 人波をかき分けてやって来たのは、制服姿のふたりの警察官だった――。





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