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10話

 


 道の真ん中で仁王立ちしていた外国人男性が大きな声をあげながら両手を広げ、スルメに抱きついた。


 彼はスルメの父親、ヨゼフ・クルシェフスキ。


 現在はポーランドの大使館で料理人として働いているが、その前は軍隊にいたらしい。


 身長は日本の成人男性より少し高い程度だが、全身から発せられる威圧感と暴力の臭いは、とても鍋を振っている人間のそれではなかった。


「おおスルメ、怪我は無かったか、大丈夫か、パパは心配で心配で………!」


 抱きつく勢いで娘を揺さぶりながら、カタコトの日本語で捲し立てるその声音には、確かに父親の愛情が込められていた。が、それは当の娘には完全に無視されていた。


「もういいから………」


「そんな言い方ないじゃないか! パパは本気で心配しているんだ! お前のことを、心から、心の底から、魂レベルで愛しているんだ!」


「しつこい!」


 言葉の刃にズブリと刺され、ヨゼフはよろめきながら二歩後ろへ下がり、顔を曇らせた。ちょうどその時、苦楽の方を振り向く。


「千光 苦楽!」


 急に視線をこちらに向けたかと思うと、仁王の如く睨みつけてきた。怒りで眉が八の字に折れ曲がり、肩が盛り上がって見える。


「貴様、いつまでスルメをダンジョンなんて危険な場所に連れて行くつもりだ!」


「いや、あの、本人が望んでることでして……」


 何度見てもやはり迫力がある。探索者という仕事をしている以上は暴力の臭いには慣れっこになっているはずの苦楽ではあるが、それでも怖さを感じてしまう。


「もし万が一、想像するのも恐ろしいが……もし! 私の! 可愛い娘の顔に少しでも傷をつけるようなことがあったら………!」


 言いながら拳をぎゅっと握りしめる音が聞こえた気がした。まさか鳴ってるのか、拳……?


「どうするつもりですか?」


「いや、それは……今ここで口にすることは止めておこう……」


「パパ、落ち着いてくださいな」


 タイミングよく玄関のドアが開き、スルメの母親であるカシア・クルシェフスキが現れた。


 流れるような金髪と、端整な顔立ち。服装はシンプルだが、どこか洗練されたオーラが漂っている。昔はポーランドでモデルをしていたという噂だ。


「苦楽さん、いつも娘がお世話になってます」


「い、いえ、こちらこそ……」


「パパ、あまり苦楽さんを困らせてはダメです。いくら娘が大事でも限度というものがありますよ」


「困らせてなどいない。男同士、正々堂々と拳……ではなく、言葉で語り合っていただけだ!」


「ならいいんですけどねぇ。ふふ」


 カシアは微笑んだが、どこか“評価中”の視線を残したままこちらを見ている。


 ――父が脅してきて、母がスカウターを向けてくる。


 精神的なプレッシャーの板挟みに、苦楽は静かに肩を落とした。


 ふと、上の窓に目を向けると、カーテンの隙間から白い猫が睨んでいた。鋭い眼光。剥き出しの牙。背筋を逆立てて、フーッと威嚇している。


 ――イリーナだ。かつて苦楽がうっかり外に出しっぱなしにしてしまった、スルメの飼い猫。以来、ずっと根に持たれている。


 苦楽の胃がジクジクと痛み始めた。


 スルメは美人で男たちからは羨望の的だが――(実際はこんなに大変なんだぞ……言ってやりたい)


 金が貯まったら、絶対に独り暮らしを始めよう。


 カタコトの日本語と鋭利な視線、猫の睨みが飛び交うこの家で、苦楽はそう静かに、心に決めた。





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