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1話 ~苦楽とスルメ~

 


 東京都足立区にある舎人公園は緑と水に恵まれ、広がる空と多様な自然が楽しめる。敷地は現在約65ヘクタール。スポーツ施設、遊具、様々な広場、池などが整備されている。


 ──その中に、場違いなほど無機質なコンクリート建築がひとつ。それが探索者協会・東京営業所。ダンジョン探索に関する登録や手続きが行われる場所だ。


「ひょーっ! ちょっと待ってよ、メッチャクチャ可愛い娘がいるじゃん!」


 受付の前にソファーが並ぶ待合室で、パーマ頭の若い男が興奮気味に声を上げた。


「ねえねえ、君、何て名前? こんな所にいるってことは、君も探索者なんでしょ? 俺と一緒にダンジョン入らない?」


 身長の高い男が体をくの字に折り曲げ、ソファーに座る女性にしつこく話しかける。


「髪の毛、メッチャクチャ綺麗だねー、ねえ! もう一回お顔見せてよ、ねえ、いいでしょ?」


 小柄なその女性は、俯いたまま何も答えなかった。けれど、見る者を黙らせるほどの美しさを持つ髪──まさに“本物の金髪”だった。透明感と光を湛えた輝きは、ただの染色では到底出せないもの。


「俺の名前は清水三郎っていうんだ、三郎だけど三男ってわけじゃないんだ、これはーーー」


「おいテメエ、誰に断って俺の荷物持ちに声かけてんだよ!」


 フロア全体を揺らすような大音声が響いた。


 どよっ……と一瞬ざわめく空気。


 声の主は、清水三郎よりもさらに一回り大きな巨漢。明らかに“場を支配する側”の男だった。


「なんだよ、お前!」


「お前、見ねぇ顔だな。地方から出てきた田舎もんだろ?」


「はあ!? テメェ何えらそうな口きいてーーー」


 ──その次の瞬間、清水三郎は言葉の続きを発することなく、静かに床に崩れ落ちた。


「……うぐっ……」


 その原因は、腹に正確無比なパンチを喰らったからだ。体が沈み、口から空気が漏れ、顔面が床にキス。


「お、おい……今の見たか……」

「苦楽だよ……噂で聞いた暴れ者の千光苦楽だ……」


 ざわめきはさらに広がっていく。


「俺の名前は『千光苦楽』だ。これに懲りたら二度と俺の前をうろつくんじゃねえぞ」


 そう吐き捨てるように言い残し、清水の後頭部に軽く視線を投げながら、受付に向かっていく。


「さっきからずっと待ってるんだけど、俺の順番はまだかよ」


「す、すいません! わたし新人なもので、うまく手続きできなくて……。すいませんけど、最初からやり直すので、もうしばらくお待ちいただけませんか……?」


 黒髪ショートカットの女性職員が、半泣きのような顔で必死に応じた。


「……まだ待たなきゃいけないのかよ。しょうがねぇな……」


 声は大きく荒々しいが、女性職員が拍子抜けするほど素直だった。


 苦楽はそれ以上は何も言わず、ふらりと踵を返してソファーへ戻る。金髪の女性の隣に、ドカッと腰を下ろした。


 その動きに合わせて起こった小さな風が、彼女の前髪をふわりと持ち上げる。


 ──そして見えた横顔は、まるで精密に彫刻された女神像のようだった。ヨーロッパの血筋を感じさせる奇跡の美貌。


 周囲のベテラン探索者たちは、慣れたものだと言うように、視線を向けることもしなかった。だが、新人や地方出身者たちは、関わってはいけない存在を目に焼き付けるように、目の端でちらちらと巨漢の様子を伺っている。


「……のど乾いたかも……」


 まるで枯れ葉が地面を擦るような小さな声はたったひとりにしか聞こえなかった。


「何が飲みたいの?」


「わかんない………」


「オッケー、それじゃあ適当に何種類か買って来るよ」


 さっきまでの大声とは全く違う小さな声で会話をした後、喉元を軽く押さえ、自販機へと小走りに向かっていく。


 まるで、ただ自分の喉が渇いたから飲み物を買いに行くんだという演技をしながら。


 彼女の名前は『スルメ・クルシェフスキ』。千光苦楽の“荷物持ち”として知られる、れっきとした探索者。彼女の本当の正体を知る者は少ない──


 あの最強と恐れられる千光苦楽の鞄の中には胃薬が入っているということ。そして今日もヒール役を演じていること。それを知るものはまあまあいる。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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