連弾ノワール
読んでくださりありがとうございます。ご意見・ご感想をお願いします
学食ホールを1階に構える7号館。受講対象の文学部学生達はおのおのタブレットや持ち込みの表現集でタケダ教授を陥れようとしていた。
前期末試験の日程はまだ先だったが、試験代わりの課題が告示されたのは先週の出来事だった。
タケダ教授から出された課題にはいくつか条件がついていた。
「1、『言葉を失った特殊犯罪者が主人公の小説を書け』」
「2、教授・手伝いの院生含め参加者は全員匿名で執筆することとする」
「3、教授が参加者から最も多く評価点をもらえた場合は受講生の得点を「可」とする」
13人の受講生である。タケダ先生、ヤマナカ助手含めて15名である。
匿名生徒Cで9連勝しているのがタケダ先生だろう。タケダ先生によって罵声を浴びせられた生徒、タケダ先生の書いた松山直太郎賞受賞作という単行本を無理矢理買わされた生徒、そういった「表面で」タケダ先生を嫌う理由がある生徒はまだいい方だった。
タケダ先生の悪事は実に巧妙で確証が出ないものだった。タケモトの友人のササキの姉は、タケダ先生の研究室で睡眠薬を飲まされた。また、タケモトの従兄弟のタケダゼミの卒業生は薬物依存症で多額の借金を抱えたまんま消息を立った。
タケモトは消息不明になった従兄弟の面影に想いを馳せつつ、色づく紅葉に「荘厳」という花言葉があることを知り、ササキにメッセージを送るのだった。
タケダ教授を暴君ディオニスとすると静かに怒れる漢はやはりヤマナカ助手だろう。
ヤマナカはタケダ教授から出された課題が告示された日、タケモトとササキを学生食堂に呼び出し、提案した。
ヤマナカ助手は言った。
「我々は創立60年となる名門明大文学部、いかなる時も暴力を行使してはならない。しかし、我らはタケダ教授に怨みをもつ同志である。この作戦しか打開策はないのだ」
教授、助教授入れて匿名作家15名が傑作を競い合う作品選。投票はすべてGoogle Formで行われる。
ヤマナカ助教授が提案した作戦名は「連弾」だ。
まず、言葉を事故で失ったとされる「私」を一人称として短編小説を書く役目「序」:ササキ。伏線の数7。
「私」と同じ友人・家庭環境をもち別の時間軸の世界線で物語を展開する。続編を書く役目「破」:タケモト。伏線の数5。
そしてササキ・タケモトの伏線を全て回収し、読者に足りない伏線回収を問う役目「離」。ヤマナカ助手。
これで完璧なはずだった。ササキが書いた無活用ラテン語で書かれた小説を、ある光学物理学者が新型実験機を用いて猫になった彼女を「つつもたせ」から救い、婚活ぼったくりバーのATMをクレーン車が特攻する話。
壮大な話を全て書くのに、講義の終わりまであと45分しかない。
しかし、第一ランナーのササキは助教授にトイレのサインをし、退室してしまう。
タケモトにはこの「文学特講 Ⅰ」で95点を取らないと特待生を逸してしまう。危機的状況だ。
タケダ教授がパソコンを操作し何かをダブルクリックする。
ササキのスマホから音声が出力される。
"You've gotta money from Mr.タケーダ"
「タケダさんから入金が確認されました」
ジュリアス・シーザーを貶めた謀反者。ブルータス。ササキ、お前、ブルータスだったのか。
タケモトとヤマナカ助教授の視線は赤らんでいた。