聖女としての最後の務め
二部ラストの、聖女アウルディア視点の話です。
後半、少しだけ修正しました。
静かな教会に足音が響く。
焦っているのか、強めに足音が響き、普段そんな音を響かすことがないので何事かと信徒たちが見る。
そんな、奇異な視線など全く気にせず奥へと進み、教皇がいる部屋の前に立つ。
コン、コン……
控えなノックの音。
だが、ノックに対する返答がない。
おかしいですね……。
いつもならすぐに返答があるのに。
もしかして、いないのか?
そんな疑問が少しだけ頭をよぎったが、すぐに否定する。
これだけの騒ぎだ。
教皇様が知らないわけないし、こんな時にどこかにいくはずがない。
もう一度だけノックをし、それでも返答がないのでそっとドアノブに手をかける。
カチャリ……
鍵はかかっていないのか、すんなりとドアは開く。
「教皇様……?いらっしゃいますか?」
ゆっくりと開くドアの隙間から部屋を覗き。
部屋の両脇にある、天井まで届くほど大きな本棚が見える。
世界の、あらゆる書物が収まっている。
自分もここで何冊の魔導書を読ませてもらったかわからない。
床には青い、魔法陣のようなものがかかれた絨毯が敷かれている。
これは教皇自らが書いた魔法陣で、どのような効果があるかは詳しく聞かされていない。
万が一、外敵が侵入してきた時のために、とは聞かされているが。
ドアが完全に開き、部屋の全貌が目に入る。
両壁に設置されている本棚と、床の青い絨毯。
奥には立派な机が置いてあり、そこに教皇が座っている。
「教皇様……?」
様子がおかしい。
一目でわかった。
そもそも、中にいるのにも関わらず返答がなにもない時点ですでにおかしいのだ。
わずかな警戒心を持って部屋に入り、教皇に一歩ずつ近寄っていく。
そして、部屋の半ばほど来た時。
「捕えよ」
教皇の、しわがれた声がやけにはっきりと耳に届いた。
言葉の意味を理解する前に、絨毯から伸びた光の鎖がアウルディアの全身に絡みついた。
「なっ……!これは、どういうことですか!教皇様!」
悪しきものを捕える神聖魔法『ジャッジメント・チェーン』
その効力は、悪にしか発揮しないはずだがアウルディアの全力をもってしてでも、この戒めから逃れられそうにない。
「しれたことを。聖女アウルディア……お前は、聖女の名を冠しておきながら聖都を裏切ったのだ……」
教皇が立ち上がり、鎖にとらえられた自分の前に立つ。
「教皇、様……!」
その紅い目を見て、アウルディアは理解した。
「まさか……教皇様が……!」
だが、いくら魔人でもこの教会の中に入りこんで教皇を眷属化することなどできるのか?
いくらなんでも不可能だ。
ならば……。
「さすがは教皇様。裏切りものの聖女を捕えましたか」
その時、自分の背後から声が聞こえた。
「やっぱりあなたでしたか、ゲルマー!」
振り向かなくてもわかる。
やってきたのは神官ゲルマ―。
なんとなく、自分が好きになれなかった神官の1人。
「いやまさかドレアム、カルネス、ダルの3人ともがやられるとは思いませんでした。さすがは、聖女様です」
「ゲルマ―……あなたも、魔人なのですか?」
「いいえ。私は魔人ではありません。眷属化すらされていませんよ」
「眷属化すら、されていない……?」
ゲルマ―の返答は意外なものだった。
てっきり、自身が魔人であるか眷属化されているからこその行動だと思っていたからだ。
「だってそうでしょう?魔人やら眷属化やらされていたら、そもそもこの教会に入れないではありませんか」
そうだ。
この教会は加護によって守られている。
それは、聖女である自分と教皇が張った二重の加護。
悪しきものなど入れるはずがない。
「ならばあなたは……信徒のまま、この聖都を裏切った。そういうことですか?」
自身の声が震えているのがわかる。
この体が自由なら、いまにも殴りかかっているだろう。
「おやおや心外ですねぇ。私は裏切ってなどいませんよ。それに……」
ゲルマ―が動けない自分の前に立ち、嫌な笑みを浮かべる。
「裏切りものはあなたでしょう?聖女アウルディア様」
「ふざけないで!いつ私がこの聖都を裏切ったというの!」
「加護を切り、多数の魔獣を呼びよせ、さらにはこの聖都内にも魔人や魔獣の侵入を許した。これが裏切りでないならなんだというのですか?」
「私は加護を切ってなんかない!」
「いいえ、切ったんですよ聖女様。あなたが聖都を裏切り、加護を切り、この聖都を窮地に陥れた。そういう筋書きなのです」
「あなたは、なにを言っているの?」
そんな筋書き、誰が信じるというのだ。
確かに力劣らずの部分はあった。
だが、自分はまがい成りにもずっとこの聖都を守ってきた。
民からも、信徒からの信頼も厚い。
「そんな話、信じるはずがないわ。教皇様を操り、言葉で惑わそうとしているのかもしれないけど、聖都の民はそんなに愚かじゃない。必ず、なにかおかしいことに気が付く」
「そうでしょうとも。あなた様は聖女として、ずーっとこの聖都を守ってきた。民からの信頼も厚い。ですが、信頼が厚ければ厚いほど、裏切られた絶望感、怒り、憎しみは増大するというもの」
ゲルマ―の言葉の意味を理解できない。
一体、こいつは、いや、こいつらはなにを企んでいるの……?
「さぁいきましょう!聖女様。あなたの、最後の舞台へ……!」
まるで歌うように高らかに宣言して、ゲルマ―はアウルディアを拘束している鎖を持ち、外へと連れ出す。
まるで連行されているみたいね……。でも、こんなやつのいうことなんて誰も信じない。この鎖さえとけたら教皇様を元に戻して、ゲルマーたちを排除する。
だが、アウルディアの想像は裏切られる。
自分が思ってもみなかった最悪な方向へと。
教会の外。
そこには、多くの民が詰め寄っていた。
民たちに訴えようと、民衆を見た時アウルディアの全身に怖気が走った。
詰め寄っていた民衆はみな一様に無表情で、ぶつぶつと何事かを繰り返している。
明らかに、正常ではない。
「ゲルマ―!あなた、聖都のみんなになにをしたの!?」
焦りの感情そのままをゲルマ―にぶつけると、ゲルマ―も集まっていた民衆たちを見渡し、喜色に満ちた表情に変わる。
「ふふ、ふはは!ふははははははは!!!!!」
ゲルマ―の高笑いが響く。
「素晴らしい!さすがは魔人ども!まさかこれほどの効果を発揮させるとは!」
自分の横に立ち、腕を広げて醜悪に嗤うゲルマ―。
異様な空気が教会を、いや聖都全体を覆っている。
「教えてあげましょうか、聖女様!あの魔人どもは呪いをかけていたんですよ!」
「呪い……?」
「ええ、長い年月をかけて、この聖都全体を魔法陣で覆い、じわじわと呪いをかけていた。それは、聖女の祝福を反転させる効果をもつ悪しき魔法陣!」
まるで自分が作り出したかのように意気揚々とゲルマ―は続ける。
「きっかけは魔人の死。自身が死ぬことで、すべての魔力を、生命力を魔法陣に注ぎ込み発動させた!わかるでしょう?聖女様。いまこの聖都を覆っているものの正体が!」
紫の霧のようなものがうっすらと聖都全体を覆っている。
そこから強い憎悪を感じる。
「祝福の効果を反転させ、いまこの聖都にいる民衆すべては聖女様に対する強い怒り、憎悪の感情に支配されています……」
たしかに感じる。
自分に向けられる強い殺気を。憎悪を。
さきほどからぶつぶつと呟かれている言葉を読み取ったとき、心臓をぎゅっと握りしめられたかのような感覚に陥った。
「殺せ……殺せ……」
「裏切りものの聖女に、死を……」
呪詛のように繰り返しつぶやかれる言葉。
「一体、なんのためにこんなことを……!」
「いいでしょう……死にゆく聖女様のために教えてあげますよ。これは、あのお方に捧げるためのもの」
「あのお方……?」
「この世界すべての憎悪を集めている方への供物。あらゆる強い怒りや憎悪、怨嗟の感情があの方の力となる……」
世界のすべての憎悪を集めている……?
そんな話は聞いたことがない。
その方が、魔人という種を作り出した張本人ということ……?
「言ったでしょう?聖女様……。信頼は厚ければ厚いほど、裏切られた時に強い恨みへと変わる、と。その強い感情こそが必要なのですよ」
ゲルマ―がアウルディアの方をみる。
その表情は、歓喜に染まっているようにも、狂気に染まっているようにも見える。
「その点、この聖都は非常に便利でした。聖女様というわかりやすい信頼の対象がいましたからね。いや苦労しましたよ。教会に潜んで、魔人を手引きし、長い年数をかけてゆっくり着実に準備してきましたからね……」
そこでゲルマーが言葉を切り、孤児院があった方へ顔を向ける。
「計画が成る直前で、まさかあのようなイレギュラーが現れるとは思いもよりませんでしたが……二頭を持つ狼人族ですか……彼女らの存在は確かに気になるところですが、まぁそれは終わってからゆっくりと調べましょう」
ゲルマ―が民衆の方へ歩み寄っていき、全員に聞こえるように声を張り上げる。
「さぁ聖都のみなさん!聖都を守る聖女でありながら、この聖都を裏切ったものに罰を与えましょう!!」
この一言をきっかけに、集まっていた民衆たちの目に光が宿る。
魔人たちと同じ、紅い目の光が。
強い怒りが、怨嗟が、憎悪の叫びが波のように押し寄せてくる。
荒れ狂う感情の波。
そのすべてが、アウルディアの小さな体に向けられている。
「恐ろしいものですね、人間というのは。今まで守っておいてもらいながら簡単に裏切る」
「そう仕向けたのはあなたでしょう?聖都の民は、なにも悪くありません」
ガン、と投げつけられた石が頭に当たり、血が流れる。
傷は徐々に増えていき、痛みも増す。
だが、それでもアウルディアはゲルマ―から目を離さない。
強い光を保ったまま、ゲルマ―を睨み続ける。
「気に入りませんね、その瞳。絶望に染まらない光が」
「当然でしょう?あなたたちみたいな姑息な魔人に、私が絶望するはずがない。あなたは必ず倒される」
ゲルマ―の顔から笑みが消える。
「やれやれ、ここで素直に絶望していればすんなり殺してあげたというのに……」
ゲルマ―の手に、黒い炎が宿る。
「絶望に、その身を焦がすといい……」
放たれた小さな黒い炎。
それが、自分の服に付着して燃え広がる。
民衆から歓声のようなものが上がり、さらにあちこちから同じような黒い炎が飛んでくる。
集まった人々の怒りの感情をもって作り出された憎悪の炎。
一度燃えたら、対象が燃え尽きるまで決して消えぬことがない。
加護の力が込められている聖服が、すぐに焼け崩れ、アウルディアの白い肌を黒く焦がしていく。
身の焼ける嫌な臭いがする。
すぐに全身が燃えるようなことはない。
じわじわと、少しずつ自身の身体を焼いていく黒い炎。
「苦しいでしょう……痛いでしょう……恨みなさい。呪いなさい。自身が命をかけて守ったもののに殺せる絶望を、身をもって味わうのです」
ゲルマ―の声が、民衆の声が遠くに聞こえる。
絶対に、叫びも苦悶の表情を見せたりしない。
身体が反射的に悲鳴を上げそうになる。
声にならない苦痛を、それでもなお押し殺して。
アウルディアは笑顔を見せる。
自身が闇に呑み込まれないように。
フリーとリィンが心配しないように。
私は大丈夫。
私は、聖女アウルディアはこんな魔人の思惑通りになったりしない。
黒い炎が全身を包み込み、もはやなにも見ることができない。
それでもただ祈った。
フリーとリィンに加護がありますように、と。
そして、この聖都の民みんなも元に戻って、またいつもの穏やかな生活に戻れますように、と。
「み、みんなの怒りや……憎悪は……私がすべて受け止める……お前の、思惑通りになんてなってやるものか…………」
喉が焼かれ、それは声にもならない声。
「まさか、なぜまだ生きている!」
はじめてゲルマ―が焦ったような声をあげる。
それが聞けただけでも報われる。そんな思いすら抱く。
憎しみの炎は、使えば使うほど憎しみがなくなっていく。
アウルディアは発動させていた。
誰にも気づかれように、弱い弱い治癒魔法を。
わずかに自身の治療ができる程度。
それでも、黒い炎に抗っていた。
人々の怒りをすべて受け止めるつもりで。
意識が途切れそうになるほどの激痛。
肉が焼かれ、内臓も焼かれていく。
身体の内側が燃えている。
もはや痛みという痛みはない。
常人にはとても耐えることができない、永遠にも思えるような苦痛。
それでもアウルディアはあきらめない。
魔人がなにを狙っているのかわからない。
だが、ここに集まった感情をすべて受け止めきったら、きっとゲルマ―の野望は阻止できる。
私は、聖女アウルディア。
聖都を、みんなを守る……!
それが、聖女としての、私の最後の務め…………!
「こ、こんなバカなことが……!」
ゲルマ―は目の前で起こっていることが理解できなかった。
本来、一瞬で消し炭になるはずの黒炎に包まれてなお聖女が死なない。
何分時間が経っただろうか。
信じられないものを見る目で、ゲルマ―がもはやほとんど原型のとどめていない聖女を見る。
そんなゲルマ―の前で、聖女が笑った。
いや、顔は見えないから実際に笑ったかどうかわからない。
だが、確実にこの聖女は笑ったと理解した。
そのことに恐怖し、思わず一歩よろめく。
圧倒的優位な立場から一転、後退してしまったことに激しい怒りを感じて黒い炎に包まれながらも笑っている聖女を蹴り飛ばす。
「お前には耐えがたい苦痛を与えてやろうと思ったがもう終わりだ!もういい!とっとと死ね!!」
認めたくない自身の中の焦り。
それを振り切るように、ゲルマ―が黒い槍を生み出し、聖女に向けて突き出す。
だが、その槍が聖女を貫く前に、自身に大きな衝撃がきて後方へ吹き飛ばされる。
な、なにが……!
声を出そうとしたが声がでない。
かわりに、大量の血を吐き地面に倒れる。
その時、自分の腹部から生えるものをみた。
これは…………騎士の、剣、か…………
かすむ目でゲルマ―が見たのは、民衆を押しのけて最前列に立ち、剣を投げ放った姿のツァリの姿。
「申し訳ありません……アウルディア様…………!」
ツァリのかすれた声がゲルマ―の耳にも届き、そのまま闇に閉ざされた。
それで、いいのです……。
ゲルマ―が倒されたことで、もう邪魔するものは誰もいない。
死なないギリギリのところで治癒魔法を発動させていたが、それもいよいよ限界がくる。
でも、ツァリに伝えないといけないことはすべて伝えたし、もう……いいよね……?
治癒魔法が途切れ、アウルディアはついに意識を手放した。
黒い炎はあっという間に燃え上がり、アウルディアの体を包みこんでしまう。
肉体も、骨も、すべてを焼き尽くしてようやく黒い炎が消えた時。
そこには、わずかな炭と黒い燃えた石の地面しかなかった。
リィン「ゲルマ―って誰だっけ?」
アル「ほら、3人で下水道で魔人の子と戦ったじゃない。あの時、私を迎えにきた神官」
リィン「あぁ、あの胡散臭そうだったやつ!」
アル「胡散臭いとは私もずっと思ってたんだけどね……」




