一輪の花
聖都クラウディアの外。
聖壁のさらに向こう側に降ろされ、結界が割れる。
2人は走り出すこともせずに、ただ立ち尽くす。
そこにあるのは、なにも変わらない聖都の姿。
ただ、目に見えて加護の力が失われている。
「アル…………」
リィンが力なくつぶやく。
「なにが、起こっていたんだろうね、あの都で」
「わからない……あたしたちは、あの都の住人じゃないし、アルのこともそこまで知っているわけじゃない」
ただ、とフリーが空を見上げる。
「あの都は狙われていた。魔人に。そして、聖女であるアルのことが邪魔だった。…………あなたは、知っているんでしょう?」
雲一つない晴れた空。
青空の中に一点だけ、黒い球体があった。
光すらも飲み込んでいるような、漆黒の球体が。
「いつまでのぞき見しているつもり?」
フリーが、怒りの感情を隠そうともせずに殺気と共に言葉を放つ。
漆黒の球体が降りてきて、ズルリと溶けるように現れた一体の魔人。
だがその姿は人間と酷似しており、あからさまな角や羽根などがない。
音もなく地面に降り立つと、周辺の草が一切に枯れていく。
生命力を奪っている……。
こいつは、ドレアムやダルみたいな魔人じゃない。
フリーの直感が告げる。
こいつは、魔人なんかじゃない。
もっと別の、ナニかだ……。
「まさか、本当に生き残るとは思わなかった」
現れたモノが口を開く。
言葉だけで、膝をついてしまいそうな威圧感。
「今度はあなたが相手?」
リィン側の腕に、紫色の炎が集う。
「血気盛んなやつだ。狼人よりもよほど狼人らしい」
リィンから放たれた爆炎は、爆発することもなく消えていく。
「わかっているだろう。いまのお前たちでは俺には勝てん」
「だからなに?」
フリーが纏う空気が変質していき、赤黒い魔力が立ち昇り空を染めていく。
「あなたが何者かは知らないけど、聖都にいた魔人の仲間でしょ。なにが目的でこんなことを、アルを殺したのか吐いてもらうから」
「やれやれ……本当に血気盛んなやつらだ。お喋りをする気はないが、一つだけ訂正しておこう。俺は、魔人ではない」
確かに、魔人の特徴でもあった角や羽根などはないし、一見すると人間にしか見えない。
紅い瞳を除けば。
「確かに、これまであった魔人とは異質な感じはする。でも、魔力の質とか魔人に似ている」
「逆だ。魔人が俺たちに似ているんだ。あぁ、だがさっきも言ったが別にお前らとお喋りする気はない。俺はただの案内人だからな」
「案内人?」
「そうだ。この世界は、お前たちみたいなものは住みにくいだろう?だから、俺たちの世界に来ないかというお誘いだ」
「断る」
「断る!」
迷いなく、2人の言葉が重なる。
「悪いが、選択肢はない」
言い終わると同時に、フリーとリィンは心臓を刺し貫かれていた。
長く、鋭く変貌した爪に。
2人は気が付けない。
なにが起こったのかもわからずに、闇に包まれて消え去った。
残された赤黒い魔力も大気中に霧散していく。
青空が戻り、枯れた大地だけが残る。
「上からの命令だからな、俺も逆らえんのだよ。お前を、殺せと」
―――ありがとう。これでやっと捕まえられるわ。
ふわりと風にのって届く花の香りのような声が聞こえ、男の姿が闇へと溶けて消える。
残ったのは、まるで地獄のように枯れ果てた大地。
そこに、ぽつんと一輪の花が咲く。
紫色の蕾をつけた、小さな花が。
いらっしゃい、フリー、リィン。
歓迎するわ。
聖都クラウディア編
完結です。
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