聖女の力と魔人の力
「大丈夫です。私のことは気にせずに魔人を」
そう答えようと思ったが、声がでない。
代わりに、血が吐き出される。
焼けるような痛み。
飛びそうになる意識をギリギリのところで繋ぎ止めて。
震えて言うことのきかない腕を、えぐられたわき腹に添える。
ぬるっとした生温かい感触。
自分の体はどうなっているのか。
それを考える前に、治癒魔法を発動させる。
意識を失わないようにするだけで精一杯。ただでさえ複雑な術式が必要となる治癒魔法を、完全に発動させるのはいくら聖女でも不可能だった。
それでも。
かろうじてだが血が止まり、傷が多少なりとも治癒できたのはたゆまぬ鍛錬の成果。
何万、何十万と発動させてきた治癒魔法。
積み重なった経験が、無意識下で無詠唱による治癒魔法を発動させた。
内からせり上がってくる不快感を堪えきれず、ごぼっと喉の奥からこみ上げてくる血の塊を吐き捨てた。
妙に赤黒い液体が地面に散って、鉄の匂いが辺りに広がる。
歪む視界の中で、かろうじて自分が吐き出したものを確認する。
血にしては黒すぎる。
これは、呪い……?
呪いが浄化された時、このように黒い塊となり吐き出される場面を何度も見てきた。
まさか自分が呪いを受けるとは思ってもみなかったが、聖女の名は伊達ではない。
その身は、常に呪いに対する耐性を備えている。
さきほどの魔法は呪いの状態異常も付与されていたみたいですね……。
いえ、というよりも魔人の魔力に付与されているといった方が正しいでしょうか。
どのような効果があるのかまではさすがにわからない。
だが、魔人に付与されているような呪いだ。
碌なものではないだろう。
危なかったですね。
あとほんの少し遅れていたら意識が飛び、呪いに蝕まれていたかもしれません。
「アウルディア様、ご無事で?」
カインが駆け寄ってきて、アウルディアの横に立つ。
「だ、大丈夫です……。それよりも、畳みかけましょう」
大丈夫ではないのは、誰の目から見ても明白。
血は止まったが、傷が完全にふさがったわけではないし、焼けるような痛みが残っている。少しでも油断したら気を失ってしまいそうになる。
だがここで弱音を吐くわけにはいかない。
それに、魔人とてさきほどの攻撃をうけてダメージを追っている。
そのダメージがまだ残っている間に、一気に攻め切りたい。
そう思ったからこそ、自身の治癒は最低限に留める。
自身の治癒は、この戦いが終わってからでも間に合うでしょう。
「今はこの魔人を仕留める方が優先です……カイン!私のことは気にせずに……!」
「気持ちはわかりますがね。そういわれても素直にはいって言えないですよ」
カインの目から見ると、聖女がなぜ意識を失っていないか不思議だった。
「ここで、あの魔人を倒し損ねる方が、よほど被害が広がります。最悪、私1人の命で全員が助かるのであればそうすべきです」
聖女アウルディアが震える足で立ち上がり、剣を魔人へと向ける。
純白の法衣が血に染まっていようと、白い光を纏う彼女の姿はまさに聖女。
「わかりましたよ……!ですが、聖女様が死ぬっていうのはなしですよ!」
説得をあきらめたカインも剣を魔人の方へと構える。
いまだに白い煙を上げている魔人も、息が荒い。
「ほんっとめんどくさいわね~あんたたちは……!」
ぼこぼこと斬られた腕の断面が膨れ上がり、膨らんだ闇から腕が生えてくる。
「もういいわ」
だらんと垂らした二本の腕。
その間に、漆黒の球体がぽつんと浮かぶ。
「この場にいるもの全部!全部!闇に飲み込まれちゃえ!!!」
音もなく球体が地表に向けて放たれる。
一見すると、ただの小さな闇の塊。
だが、そこに込められた魔力量を感じ取ったとき。
アウルディアは一瞬、自身の怪我のことなどすべて忘れて、全魔力を込めて光を生み出す。
「あれを、落とさせてはいけません!」
アウルディアの光が、カインの矢が、球体にむけて放たれるも、まるで吸収されるように音もなく消える。
「消え去れ。闇炎」
「え……?」
アウルディアの小さな呟き。
その呟きすらも飲み込むように、闇はゆっくりと膨れ上がり、あらゆる光を奪っていく。
そして―――静寂に満ちた世界に、黒い閃光が爆ぜた。
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