私の剣では誰も守れない
―――お姉ちゃん、お姉ちゃんは守護騎士様になった方がいいよ。
それは、自分が守護騎士になるかどうかまだ迷っていた時のこと。
「だが、私はカルネスの傍を離れるわけには……!」
「もう~まだそんなこと言ってるの?私だってもう子供じゃないんだから、大丈夫だよ」
「だが……」
いまだに決めかねて、うだうだと悩んでいる私の頬を、カルネスのかわいらしい手が包み込む。
「お姉ちゃんは守護騎士様になって。そして、私と、私が大好きな聖都を守って」
ね?と、かわいらしくお願いしてくるカルネスに、私はうなづくしかなかった。
「わかった。私は守護騎士になって、必ずカルネスを守る」
力強くうなづく私に、カルネスはまた笑った。
「も~そこは聖都を守るって言ってよ!」
聖都など、どうでもよかった。
別に聖都じゃなくてもよかった。
カルネスと、妹と共に生きられるなら……。
どこでもよかった。
必ず守ると、約束したのに……。
私の剣では、守れない…………!
時の流れが遅くなったかのように。
ゆっくりと自分は地面に落ちていく。
離れていくカルネスは笑っていた。
あの頃とは違う。
ひどく歪んだ笑顔で。
それでも……
それでも、あれはカルネスだった。
「ツァリ!」
アウルディアの叫びが響き、地面に激突する寸前、光の膜がツァリを衝撃から守り、そのまま膜の中に閉じ込める。
「聖なる使徒を癒せ、フルケア」
本来ならば長い祈りが必要となる神聖魔法による最上位治癒魔法。
詠唱も、祈りも簡易で行ったため完全治癒には至らないが、傷をふさぐことはできる。
だがいくら簡易式とはいえ、元が複雑な術式なためいかに聖女であろうと集中しないと発動させることはできない。
結果、巨大な腕を抑えていた鎖の力が弱まり、腕が自由になる。
「まずいってこりゃ!」
カインが急いで2人の元に走り、光の壁で全員を包みこむ。
「ツァリ、無事ですか?」
「も、申し訳ございまいせん…………」
貫かれたわき腹は、一応塞がっているがそれでもほぼ致命傷。
それを簡易術式のみの簡単な発動で治癒させたのは、ひとえにアウルディアの技量の高さ。日々のたゆまぬ研鑽の賜物。
だが、失われた血は戻らないし、傷の痛みが消えたわけでもない。
なにより、一番の傷が治らない。
「いいえ。無事であったならば、よかったです」
それはアウルディアの本音だった。
生きてさえいれば、まだなんとでもなる。
「とはいえ、状況は全くよくないけどな。とりあえず聖女様、ツァリが回復したなら防御、代わってくれるか?俺は防御魔法が苦手だからそう何発も耐えることができねぇ」
カインの言葉通り、3人を守っている防御魔法はすでに罅割れており、あと一撃でももらったら砕けてしまうだろう。
「わかりました」
すっとアウルディアが膝をつき、祈る。
カインの張っていた防御魔法が白く輝き、腕の攻撃により罅割れていた部分も完全に修復される。
「カインも、すまなかった……やつをしとめるチャンスだったのに」
「反省は後だ。とりあえず現状をどうにかしないといけねぇ。どうだ?やれるか?」
カインの目が真っすぐに自分を見る。
自分を貫いた腕の感触はまだ残っている。
痛みも。みなにかけた迷惑も、不安も、心配もわかっている。
だが……。
あれは魔人だ。
自分を殺そうとした敵だ。
私は、この都を守る守護騎士として奴を討たねばならない。
頭ではわかっている。わかっているが……!
ツァリが握る剣の光が弱くなる。
その様子をじっと見ていたカインは、ふっと息を吐いて立ち上がる。
「聖女様に回復してもらったとはいえ、まだ傷は治ってねぇか」
カインが言う傷とは、肉体の話ではないだろう。
「ま、回復するまで休んどきな。俺だって、そう簡単にやられはしねぇよ」
「まっ……!」
引き留める言葉を最後まで聞かずに、カインは結界の外へと飛び出す。
いくら聖女の結界が強固とはいえ、無敵なわけではない。
巨大な腕に何度も叩かれて、魔人から魔法も打ち込まれて破られるのは時間の問題だ。
くそっ!私は、なにをやっているんだ……!
ふがいない自分をいくら叱責しようが、心は闇にとらえられたままだった。
「さて、ツァリのやつにはああいったものの、こりゃちょっときついぜ」
いくら加護の力が籠められるとはいえ、所詮は矢。通常の魔物や魔獣が相手ならば問題ないが、魔人に対しては心もとない。
矢を数本、巨大な腕に向かって放ってはいるが動きが弱まる様子もない。
「なら私がツァリの代わりに前衛を務めましょうか」
歯嚙みするカインの前に出たのは純白の法衣を纏った聖女アウルディア。
「聖女様!?いくらなんでも危険ですって!」
「ふふ、問題ないでしょう?だって私は、ランクCの冒険者ですから」
細身の、軽い片手剣を抜き光を纏わせる。
「っあぁ~まじかよ……!」
やる気満々な聖女様をみてカインは空を仰ぐ。
こうなった聖女は止められない。
それはもう何回も何回も味わったことだ。
はじめてアウルディアが冒険者アルとして依頼に出かけると言い出した時もこうだった。
「ほら、迷っている暇はないでしょ!いくよカイン!」
その口調は、アウルディアが冒険者アルとしてこの都を出ていくときの口調。
「カインは巨人の腕をなんとかしておいて!私は、あの魔人を斬る!」
コポ、と地面から黒い泡がいくつも現れ、宙に浮かぶ。
「作戦会議は終わったのかしら~?あんたたちがのんびり喋っている間に、こっちの準備も整ったけどね~?」
さきほどツァリが行ったように、光の壁を宙に展開し、それを足場として空中を駆ける。
行く手を遮らんとばかりに漂う泡を、片手剣で切り払う。だが、剣が泡に触れた瞬間、泡が爆発して黒い衝撃を放つ。
衝撃で足場が割れ、自身も後方へ吹き飛ばされる。
「アウルディア様……!?」
吹き飛ばされたアルは、宙で回転し、背後に光の壁を作り出して思い切り蹴る。
跳んだ先に、さらに壁を作りさらに蹴る。
「私は大丈夫だから!」
「あ~もう!絶対に無理しないでくれよ!」
巨人の腕は、右手はカインの方へ。左手はいまだ結界を叩き続けている。
「どこの誰の腕かしらねーが、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ!」
カインが弓を構えると、光が集まり巨大な光の弓へと変わる。
「射貫け、神雷!セレスティアル・アロー!」
光魔法と聖女の加護が合わさった聖技。
光で構成された矢が、迫る右腕をやすやすと貫き、結界を叩いている左腕の肘辺りを吹き飛ばす。
「あら、やるじゃない。精々後方支援しかできないと思って油断していたわ。まさか、メフィスト・フェストを破るなんて。でもいまの大技、そう何回も使えるものじゃないでしょ?」
迫るアルに闇魔法をぶつけながら横目でカインを見る。
「よそ見するなんて、そんな余裕あるの?」
その隙をつき、アルが放ったのは光。
暗い夜道で明かりとして使うような生活魔法。
それを、最大出力で放つ。
「うっ……目が……!」
目を焼くほどの光が視界いっぱいに広がり、さすがの魔人も目を眩ませる。
放ったのは確かにただの光。
だが、聖女の、加護の力を持った神聖なる光。
魔に連なるものに対しては、特効がある。
それはいかに魔人とはいえ、例外ではない。
強烈な光が、目を焼くだけではすまず、魔人の全身からブスブスと白い煙が上がる。
「ぐ、ぅぅ…………たかが小娘の光如きで……!」
単純な攻撃魔法だったら防ぐなり、かわすなりして避けられただろう。
だが、アルが放ったのはただの光。
防ぐことも、避けることもできずまともに浴びてしまう。
そして、狙ってやった本人が、この隙を逃すはずがない。
光の壁を蹴り、魔人の上をとり、剣を真下に構える。
「邪悪なるものを切り裂け!月の剣!」
アルが放った剣聖技。
淡い黄色の光の軌跡が、まるで三日月のように輝き、魔人の腕を斬り飛ばした。
「ぐわぁぁぁ!!!」
腕が宙を舞い、魔人カルネスの叫びが轟く。
「痛がるひまなんて与えねぇ!」
追撃で放たれるカインからの光の矢。
「主よ。我が前に立ちふさがる邪悪なるものに裁きを与えよ。ホーリー・スターライト!」
アウルディアの祈りで発動させる神聖魔法。空から降る幾本もの光の筋。
「調子に乗らないでくれる……!」
咄嗟に発動させた防御魔法で自身を包み込み、光を半減させる。
だが、抑えきれなかった光が闇の防御を貫き肉体を焼く。
「この小娘が……!」
ブスブスと周囲に焦げた匂いを漂わせて、聖光を無理やり晴らしながら魔人が闇を凝縮させる。
「お返しよ!ダーク・ジャベリン!」
漆黒に染まる一本の槍が狙うのは、当然聖女アウルディア。
神聖魔法を使った直後なので、咄嗟に防御魔法を展開することもできない。
足元に生み出した光の壁を蹴り、少しでも射線から逃れるが、鋭い魔力の塊がわき腹をえぐり取る。
「聖女様!!」
結界の中からツァリの叫びが耳に響いてきた。
読んでくださりありがとうございます。




