カルネスの元へ
一糸乱れぬ動きで、白いローブを翻して集団は去っていく。
まるで、連行されるような形で連れていかれたアルを、見えなくなるまで見送った。
「大丈夫だよね、アル」
「さすがに聖女様には手出しできないだろう」
ぽつりとつぶやいたリィンの言葉に、ツァリが返す。
「当たり前だけど、ツァリもアルのことは知っているんだよね?」
「この都の住人ならだれもが知っている。ただ、あえて誰も指摘したりはしない。この都が誰によって守られているか理解しているからな」
「よかった……それなら、私たちは私たちのことをしないとね」
「そうだな。孤児院に行こう」
水路から上り、やや人が増えた町を2人で歩く。
「私が孤児院を疑いだしたのはカルネスのことがきっかけではあるが、前々から少し怪しいなと思っていたんだ」
なんでもない、ごく自然な会話をしているかのように、ツァリが話だす。
「私は仕事柄、人を覚えるのが得意でな。カルネスに会うため、よく孤児院にいっていたのだが子供が頻繁にいなくなっているような気がするんだ」
「頻繁にいなくなる?」
「さりげなく院長に聞いてみたりもしたんだが、どこどこにもらわれたとか教会で仕事をしているとか言われるだけでな。だが、それからその子のことを都で見かけることがなくなった」
ツァリは柔和な笑みを崩さない。あくまでたわいもない会話をしている風に見せている。だが、隣を歩くリィンにはツァリの静かな怒りが伝わっていた。
「院長が、魔人に肩入れして子どもを渡しているって考えているの?」
「さきほどのやつを見て、疑惑はほぼ確信に変わった。少なくとも、院長は絶対になにかを知っている」
「それには同感かな」
住宅地を抜け、大通りにでると遠くから守護騎士が一人、駆けてくる。
走ってくる者に気が付き、ツァリが目を丸くして立ち止まる。
「ツァリ!こんなところにいたのか!探したんだぜ」
息も荒く、早口でまくしたてるようにツァリに迫る守護騎士リオン。
ツァリとよく2人で門番をしている人だった。
「どうしたんだリオン。そんなに慌てて」
「緊急招集がかかったんだよ。この都に大量の魔物が向かっているってな!」
まだ荒い息を整える間もなく、一息に言い切る。
「なんだと!?スタンピートか?なぜ、この都に……!」
「なぜかはしらねーけど、とにかく守護騎士全員に緊急召集がかかっている。お前もすぐに来い!」
「う、うむ、わかった」
ツァリが走りだし、すぐに止まってこちらを振り返る。
「緊急召集がかかった以上、私はいかねばならない。孤児院の方は頼んだぞ、リィン!」
「わかった。こっちは私に任せておいて!」
今度こそ、ツァリは走り去ってしまう。
「なんか、偶然にしては出来すぎな気がする」
『まるで誰かが、あたしたちをバラバラにしようとしているみたい』
「だよねぇ」
リィンの指先に、小さな炎が灯る。
小さく、小さく圧縮された炎の弾が遥か上空へ撃ちだされた。
ちょうど、旋回するように飛んでいた烏のような黒い鳥に当たり小さく爆発する。
「急ごう」
『うん』
孤児院に向かって駆けだすリィン。
その背後に、黒焦げになった鳥がボトリと落ちる。
3本の足をもつ鳥は、サラサラと砂のように崩れて風に流されていく。
都の住人たちが活動しだし、通りには人が多く行き交う。
人々の隙間を縫って走り、リィンは孤児院の前に立つ。
孤児院はまるでリィンを拒むように固く閉ざされている。
息を整え、来客用の鐘を鳴らす。
すこしして、1人の獣人がドアを少しだけ開けてこちらを伺う。
「あ、何度か来た事ある人だ」
こちらを覗いてきた犬人族の少年は、はじめてリィンたちがここに来た時にお茶をもってきてくれた子。
確か、ガルムって呼ばれていたっけ?
「おはよう。朝早くからごめんね。ミミたちに会いたいんだけど、会えるかな?」
ガルム少年がでてきて、門の鍵をはずしてくれたので中に入る。
「ミミたち?ミミとキャットはいま教会の方にお仕事いってるから会えないよ。ベアとベンガルは冒険者になったからいまは冒険者ギルドの方にいると思う」
ん~、と口元に指をあてて思い出すように教えてくれた。
「そっか。残念だな。教えてくれてありがとね」
この様子だと、ガルム君はなにも知らないっぽいね。そもそもこの孤児院が魔人とつながりがある証拠なんて一切ないんだよね……。
『ツァリの話を聞いている感じ、無関係ではない。証拠なんてなくてもあっても同じこと』
だよねぇ。
「ミミちゃんたちいないけど、どうするの?院長先生に会っていく?」
「もう1人、会いたい人がいるの。ガルム君は、カルネスっていう子知ってる?」
「カルネス?もちろん知っているよ。でも、あの子は病気だからずっと部屋にいる。ここにきて数日、顔をみたぐらいかなぁ?」
「そうなんだ……部屋の場所だけでも教えてくれるかな?あの子のお姉ちゃんから伝言をもってきたの」
「話すだけなら問題ないと思うよ。ただ、まだ早いから起きてないかもしれないけど」
「いいよそれでも。案内してくれる?」
「わかった」
どんな話をしても、ガルム君に変わった様子は見られない。戸惑うことも、訝しむ様子もなく案内してくれる。
「病気の子ってほかにもいるの?」
「ああ、ほかの子にうつらないように違うところにいるんだ」
一度孤児院の中に入るが、そのまま通りぬけて裏庭のような場所にでる。さらに奥へいくと、まるで隠されているようにひっそりともう一つの建物があった。
「こっち。俺たちは病棟って呼んでるんだ」
メインとなる孤児院よりもだいぶこじんまりしており、部屋は4つしかない。
最低限、建物の形をしているというだけで、なにも知らなければ倉庫にすら見える。
灯りも最小限。
夜だとほとんどなにも見えないかもしれない。
孤児院のように花が飾ってあることも、子供たちの絵が飾ってあることもない。
無機質な場所。
それが、この建物に入ったリィンの感想だった。
「この部屋だよ」
奥のドアの前でガルムが止まる。
ドアに貼ってあるプレートを見ると、確かにカルネスと書かれていた。
「ありがとう、ガルム君」
「ああ、じゃあ俺はこれで」
案内してくれたガルム君にお礼を言い、改めてリィンはドアの前に立つ。
寝ているところを邪魔するのは悪いので、コンコンとノックは控えめに。
「お姉ちゃん?」
返事はあった。
ドア越しな上に、病床に臥せっているからか、非常に小さな声だが確かに返事がある。
「カルネスちゃん?はじめまして、私はリィン。お姉さんのツァリから様子をみてきてほしいって言われてきたの」
「お姉ちゃんから?お姉ちゃんはどうしたの?」
「都の近くに魔物が現れたから、その討伐に向かったよ」
「そうなんだ。お姉ちゃんはすごく優秀な守護騎士なんだよ!」
「知ってるよ。ねぇ、中に入ってもいいかな?ここだと少し話づらくて」
「ダメだよ。私、病気だもん。うつしちゃうよ」
「大丈夫。私、風邪とかひいてもすぐに治せちゃうから」
「そうなんだ。でもね、どっちにしろ無理だよ。だって、鍵がかかってるし」
「中から開けられないの?」
「うん。ここのドアは特別性で、外側にしか鍵穴がないの」
まるで監禁されているみたいだなとリィンは思った。
どうしても出てほしくない理由があるのか。それとも、入ってほしくない理由があるのか。
『壊すだけなら簡単』
それは最終手段ってことで。
「ねぇ、カルネスちゃん。カルネスちゃんの病気ってなんなの?」
「詳しくは知らない。でも、私の病気はみんなにうつるからこの部屋から出られないの」
「お医者さんに診てもらったことはないの?」
「ないよ。いつも院長先生が教会の人を連れてくるの」
教会の人、ねぇ。
「教会の人になにをしてもらっているの?」
「お祈りだよ。お祈りしてもらったら治るんだって」
医学もあるし、魔法による治療もある中で、お祈りって……。いや、もしかしたら魔法的ななにかがあるのかもしれないけど。
「それで、よくなってきているの?」
「うん。だいぶよくなったよ」
「じゃあ、このドア開けてもいい?」
「ダメだよ。私、病気だもん。うつしちゃうよ」
まるでレコーダーを流しているかのような、同じ口調で、同じセリフが聞こえてきて、ぞくりと総毛立つ。
さきほどからしている会話も、抑揚がほとんどなく、感情がまったく伝わってこない。
お姉ちゃんは?と聞いた時も。
お姉ちゃんはすごいと言った時も。
感情の起伏が全く感じられない。
極めつけに、さきほどの言葉。
「やっぱり、なにかおかしい……!」
フリー、実力行使でいこう。
「任せて」
身体強化を発動させ、ドアを力まかせにぶち壊す。
ドアが外れ、中に一歩踏み込もうとして……。
「なに、これ……?」
フリーは中に入るのを一瞬躊躇した。
部屋の中は真っ黒に塗られ、時折不気味な赤い文字が浮かび上がる。
『これって、魔法陣?この部屋になにかを召喚しようとしてる?』
「違う。おそらく、召喚した後」
フリーが向ける剣の先。
そこには、ベッドの上に座るなにかがあった。
黒い粘土で無理やり人型を作ったかのような、歪な人形。
口であろう場所が、わずかにパクパクと動き、
「あ~いけないんだ~!この部屋に入ったら、病気がうつるんだよ」
かわいらしい少女の声だけが、不気味に響く。
『カルネスちゃんの声、だよねきっと。あれは、なに?』
「わからない……。わからないけど、あれは命を、冒涜している……!」
あまり感情を表にだすことがないフリーでも、あれをみて怒りを露わにしている。
『本物のカルネスちゃんは……?』
「きっと、考えない方がいい」
フリーが周囲を警戒しながら部屋の中に入り、一歩ずつ黒い粘土のような物体に近づく。
「私がカルネスだよ。お姉ちゃんは、守護騎士をしているの。すごく強いんだよ」
黒い粘土が一回り大きくなり、ベッドの上に立ち上がる。
「私、病気だもん。うつしちゃうよ」
フリーはなにも答えず、剣を構える。
「病気が……病気……びょ、びょびょビョビョビョビョ――――――!!!!」
黒い粘土が声のような、叫び声のようなものを発しながら太い腕のようなものを形成する。
「質量が大きいスライムみたいなもの」
『スライムだったらフリー相性悪いんじゃない?』
「相性は悪いけど……」
振り下ろされた太い腕は、フリーをつぶす前に切り裂かれ床に落ちる。
「これには絶対に負けない」
『だねぇ』
読んでくださりありがとうございます。




