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下水道での戦い 再び

早朝。まだ陽ものぼりきっていない時間帯。

まだ誰も起きていない静かなギルドをそっと抜け出し、ツァリと約束した水路へと向かう。

『まだ誰も目覚めていない町っていいよね。普段の様子とは違って』

「人間がいないから歩きやすい」

『フリーはほんとぶれないなぁ』

大通りから横道に逸れて、住宅が立ち並ぶ街並みを、ツァリが示した場所目指して走る。

生活排水が流れる川のような場所にでて、流れに沿って歩いていくと都の下に流れていく水路を見つけた。

『あそこが集合場所だね』

水路の横に飛び降り、鉄柵の前に立つ。一部開く部分があるが、しっかりと鍵がかかっている。

『この先は下水に繋がっているんだね』

「もう下りたくない」

『え~私たちの思い出の場所なのに』

「臭い出会いだったね」

『もう!情緒がないんだから!』

下水で死ぬ寸前のボロボロで動きまわっていたことを思い出す。

あの時のことに情緒もくそもないと思うけどな。

相変わらずリィンはよくわからないことを言う。

「そもそも下水の時はまだ意思疎通できていなかったし、多少違和感がある程度でもう一つ魂が入っているなんて思いもしなかった」

『それはそうだけれども!』

でもさぁそこは2人の出会いってことでいいじゃん……とかまだぶつぶつ言ってくるリィンの言葉を適当に聞き流していると、


「すまない。もう来ていたのか」


不意に水路の上から声をかけられた。

見上げると、よくみる軽鎧姿のツァリがいた。

「大丈夫。あたしもいま来たところ」

『それデートの待ち合わせでいう鉄板のセリフじゃん!私も言ってみたいな~』

デートしたことないのか。前世でも。

『ほっとけ!』

ツァリが飛び降りて、金属音が下水の方へと反響していく。

「おはようフリー。待たせるといけないと思ってはやく来たのだがな。さすがは冒険者だ」

「ツァリこそ。鎧を着ているってことはこのあと門番?」

「そういうことだ。まぁまだ時間はある」

ゆっくり話せる、そういいたいのだろう。

「さっそく本題に行きたいのだが……」


切り出したツァリの言葉が途切れ、驚きの表情を浮かべる。


「どうしたの?」

「なぜ、こんなところに……?」

小さく呟かれたツァリの一言。

どういう意味かを確認する前に、フリーも気が付いた。


誰かが近づいてきている。

この気配は……。


自分もよく知っている気配。だからこそ、フリーも驚いた。


「こんなところでなにしてるの?お二人さん!」


水路の上からひょっこりと顔を覗かせたのは、純白のローブを羽織った冒険者、アルだった。

「それはこっちのセリフだ、アウ……アル」

慌てた様子でツァリが言葉を返す。

「1人なのか?」

「うん、たまたま早く目が覚めてね。散歩していたらツァリの姿が見えたからついてきちゃった」

嘘だ、と2人は思った。

リィンも嘘だ、と思った。

「それで、2人はこんなところでなにをしているの?」

柔和なアルな笑顔。だが、目の奥は笑っていない。なにかを探ろうとしているような、そんな目をしている。

「そうだな。一応知っておいた方がいいだろう。実はな―――」

話すか話さないか迷った末、ツァリが口を開く。

だが、再び邪魔が入る。


カン!


と、突如甲高い音が響いた。

咄嗟にフリーとツァリが剣を抜き構える。

水路の先、暗い下水の奥から足音が聞こえてくる。

それも、1つや2つではない。多数の足音が。

鉄格子の近くにボロボロになったナイフが落ちていた。さきほどの音は、これが鉄格子に当たった音だろう。

「ゴブリン……?」

ボロボロのナイフといえば、王都の下水道で戦ったゴブリンを思い出す。

「いや聖都の下水にゴブリンはいないはずだ。そうだな、アル?」

「ええ。定期的に浄化していますし、ゴブリンなどが住める環境ではありません」

「じゃあ、こいつらはなんなの?」

現れたのは、ゴブリンと同じような背丈の魔物。

暗い中、赤い目が不気味に光る。黒い体に、赤黒い魔力がまるで血管のように全身に通っている。

「わからない……こんな魔物、みたことないぞ」

ツァリも初めてみる魔物のようで、戸惑いが感じられる。

「あたしもはじめて見る。けど……」

どこかで見たことあるような?

フリーがどこで見たのか記憶を探る前に、アルの震える声が聞こえた。

「まさか……魔人……?」

アルの呟きにより、フリーも思い出す。

赤い目、黒い体と特徴が一致している。

「魔人?ドレアムみたいな?」

「特徴が魔人と一致します。でも、小さすぎる……」

「魔人の子供ってこと?」

「そう考えるのが自然ですが……そんなものは聞いたことがありません」

「どちらにせよ、このまま放置はできないでしょ?」

「あぁ、いくら子供とはいえ魔人が都に入りこむなど前代未聞だ。どれほどの力を持っているかもわからん。ここで、倒すしかないだろう」

「助けを呼びにいく暇はなさそうですしね」

覚悟を決めたように、アルも構える。


開戦の火蓋は、魔人の子供が腕力だけで鉄格子を壊したことで落とされた。


 鉄格子を壊した者に、アルが放った光の矢が突き刺さる。

悲鳴を上げて倒れる魔人の子。だが、致命傷には至らぬようですぐに立ち上がってくる。

「物理攻撃の効きは悪そうだけど、ドレアムほどじゃない。これなら倒せる」

フリーが双剣を抜き、魔人の両手両足を切り落とす。

「今日はそっちなんだね、フリー」

動けなくなった魔人の魔石を、正確にアルが狙い撃つ。

「アルこそ。口調がもどっていた」

フリーの戦いを見ていたアルが、意地が悪い笑みを向けてくる。

対してフリーも、さきほど一瞬戻っていた点を指摘してやる。


『え?ちょっとなにいまのやりとり。フリーっていつの間にそんなアルと仲良しになったの?私が寝ていた時にしていた摸擬戦の時?くっそ~なんで私はあの時起きなかったのだ!!』


悔しがるリィンは放っておいて、3人は迫る魔人の子に対処しながら下水の奥へと入っていく。

数はそこまで多いわけではなく、10体程度。だが、1体1体がなかなかしぶとい。

特に、魔人とはいえ子供の姿をしているからなのかツァリの動きが悪い。

「ツァリ大丈夫?」

苦戦するツァリを見かねて、フリーが援護にまわる。

「あ、ああ、すまない。少し気になったことがあってな……」

「なに?」

「フリー、アル、倒さないようにできるだけ拘束することはできるか?」

「10体を拘束はちょっと厳しいかも」

「ならあたしも手伝う。光魔法に鎖でるやつがあったでしょ?」

それはアルへの問いかけに見せかけた、リィンへの問いかけ。

『あ~あれね。OKOK。私だけ出番ないってのも寂しいからね』

「ジャッジメントチェーンのこと?あれって光魔法というか神聖魔法なんだけど……もしかして使えるようになっちゃった?」

「なっちゃった!なんたって私は」

「さすが天才的な魔術師様!」

「私の決め台詞取るのやめてよ……!」

「じゃあいくよ!」

アルが意地悪な笑みを浮かべながらリィンの横に立つ。

「ほんとお調子者なんだから!」

文句を言いつつ、笑い返しながら2人並んで詠唱をはじめる。

「悪しき者たちよ。己の罪と向き合い、裁きの時を待て」

「邪悪なるものを捕えろ!」

とはいえ、両手を組み、祈るような体制で詠唱するアルはいいが、リィンはというといつものようにちょっとかっこいいっぽい台詞をいうだけ。

だがそれでも、2人の魔力が合わさり目がくらむほどの光を放つ。


「ジャッジメント・チェーン!」


2人の言葉に呼応し、光の鎖が幾つも伸びて魔人の子供たちを拘束していく。


「神聖魔法をあんな短い言葉だけで発動させるなんて……本当に天才なのかも」


下級の魔法なら略式の詠唱でも問題なく発動させることができる。

だが、神聖魔法はそもそも習得するのすら難易度の高い魔法。

四元素魔法の上級相当に値するジャッジメント・チェーンをわずかな時間で習得したことにも驚くが、あんな略式の詠唱で発動させるなんてアルでも不可能だ。


「そう褒めるなって!アルも十分すごいよ!」

「く、なんだろう、この言いようのない悔しさは……!」


戒めを解こうと暴れ、叫ぶ魔人の子供たち。

そんな子供たちにツァリが近寄っていく。

暴れる1人の顔を覗き込んで、

「やっぱりだ……」

驚愕に満ちた表情でつぶやく。

「なにがやっぱりなの?なにか心当たりでもあるの?」

「この子は、およそ1年前に行方不明になった子供だ」

「なんですって!?」

アルが叫び、近くの魔人の顔をみる。

目は赤く光り、犬歯も伸び、耳も尖り額からは小さな角のようなものも生えている。だが、それを取り除けば確かに人間の子供のようにも見えた。

「この女の子は半年前に。こっちの男の子も半年ほど前に。わからない子もいるが、確かにこの都から行方不明として捜索されていた子供たちだ」

「よくわかりましたね……私は気づくことができませんでした……」

さきほどの冗談めいた悔しさとは比べものにならないほどの悔恨の思い。

「私は人の特徴を覚えるのが得意なんだ。あの奥にいる子。彼もこの都から2年ほど前に行方不明になった子だが、歩き方が特徴的だったのでよく覚えている。まるでスキップするように歩いていたんだ。そして、その魔人の子供も全く同じ歩き方だった」

「でもちょっと待ってよ。ということは、ここにいる魔人たちは全員、元人間の子供ってこと?!」

「人間だけではないですよ」

アルが示しているのは、1体の魔人だが、頭からは犬の耳のようなものが、そしてお尻からは尻尾のようなものが生えていた。

「獣人の子供も……」

『あの魔人がここで攫ってきた子供たちを使って実験していた?』

ケルベロスを作ったちゃうようなやつだもんね。それぐらいやりそう。


ん…………?


喚く子供たちの声に紛れて、奥から別の気配が近づいてくる。

「え、この気配ってもしかして……!」

「どうしましたか?リィン」

「知ってる気配が近づいてくる……」

違ってほしいと願う。

たまたま同じ気配なだけだって。

そして、たまたま同じ種族の獣人なんだって。


そう、願いたかった。


だが、リィンはもう知っている。

この世界が、優しくないことを。


現れた、新たな魔人の子供たちを見てリィンは静かに問いかける。


「ねぇ、アル。この魔人たちをもとに戻す方法ってあると思う?」

「いまの私の力では抑えることが精いっぱいです。ですが、必ず戻す方法を見つけてみせます」

問われたアルは、真剣な表情で決意をにじませた声色ではっきりと答えてくれる。

「ありがとう、アル」


リィンの足元が光輝き、前を向く。


その瞳に映るのは―――


「ごめんね、ベア、ベンガル」


リィンの願い虚しく、奥から現れたのは熊人族のベアと虎人族のベンガルだった。


「ジャッジメント・チェーン!」

伸びた光の鎖がベアとベンガルを拘束する。

鎖を引き千切ろうと暴れ、叫ぶ2人を悲し気に見つめる。

すっかり変わり果ててしまった2人の姿に、次第に怒りが沸き上がってくる。

「孤児院だ。あの院長は絶対になにか知っている」

『問答無用でぶっ殺そう』

「まだあそこにはミミとキャットがいるはず……」

教会の掃除だとかなんとか言っていたが、今日こそは本人たちに会うまで帰らない。

「私も共にいこう。そうなると、カルネスの安否が心配だ」

ツァリの硬い声色に、本来の目的を思い出す。

「そういえばもともとその話をしにきたんだよね。妹さんはどうしているの?」

「会わせてもらえないんだ。病気になったらしくてな。うつるとだめだからと。ドア越しに声を聞かせてもらうだけだ」

「それ、怪しいね」

「ああ、こんなものを見せられてなおそこにカルネスがいると思えるほど私は楽観的ではない」

「お二人はすぐに孤児院に行ってください。私は、教会に、教皇に話を聞きにいきます。これだけの事態です。あの人がなにも知らないわけがありません」

光りの鎖を操作し、子供たちを一か所に集めるとアルがそこに結界を張る。

「少しだけ待っててね。2人とも」

暴れるベアとベンガルに声をかけて、3人は下水を出る。


暗い下水道にいたせいで時間がわからなかったが、もうすっかり陽が昇っていた。

一瞬目がくらみ、目を細める。


「こんなところにいましたか。探しましたよ、聖女様」


その時、頭上から突然声をかけられた。

まぶしさに慣れ、周囲を見てみると、水路の上にまるで取り囲むように白いローブを着た集団が立っている。

中央にいる、敬称こそつけているものの全く敬う様子を見せない男が言葉を発したのだろう。


「神官ゲルマ―……」


アルが、苦虫をかみつぶしたような表情で小さくつぶやく。あまり快く思っている相手ではないのだろう。

「祈りの時間はとっくにすぎていますよ。さぁ、我々と共に教会へ行きましょう」

「そうね。祈りの時間が過ぎてしまったことは謝罪するわ。一緒に行きましょう。私も、教皇に聞きたいことがある」

すっとアルが歩みでて、リィンの横で声をひそめる。

「ごめんね、リィン。だましていて。私の本当の名前はアウルディア。この都では聖女をやっているわ。冒険者じゃなかったの」

「いやそれについてはなんとなく気づいていたから大丈夫だよ。というか、私のこと知っているんだね。フリーに聞いたの?」

「そう。前に摸擬戦やったときに聞いた。ふふ、実はその前から気づいていたけどね」

「え、そうだったんだ。まぁ私からしたらアルが何者でも関係ないよ。一緒に冒険いくのたのしかったし、この騒動が終わったらまた行こうよ」

少し先を歩いていたアルが立ち止まり、リィンの方に振り向く。

「うん!たった1回だけだけど、私も楽しかったしまた行こうね!」

まるで、泣きそうになっているのをこらえて無理やり笑っているような。


そんな笑顔だった。

読んでくださりありがとうございます。


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