また明日!
冒険者ギルドを出ると、ぐっと一伸びして大きく深呼吸する。
「はぁ~なんだか疲れたな~」
『エレスト山で多数の魔獣と戦って、魔人を討伐してしっかり休んだわけじゃないから当然』
「それもあるんだけどね、やっぱりこういう報告とか堅苦しいのは苦手だなって」
『いつも通りだったような気がする』
「多少はね、緊張もするでしょ?」
返事がない。
さきほどのリィンの言動を振り返っているのだろう。
『やっぱりいつも通りだったような気がする』
「まぁ、そりゃ、ほら、あれだけどさ……もういいでしょ、別に。この話、そこまで深堀するような話じゃないから!」
無理やり話を打ち切り、軽く駆けだす。
「みんな元気にしてるかな?」
ここ数日、会いにこれなかっただけだが、死闘を繰り広げたせいか無性にミミたちに会いたかった。
『多分、大丈夫だと思うけど……』
歯切れの悪い物言いをするフリー。
「フリーはやっぱり心配?」
『そこまで心配しているわけじゃないけど……なんか不安』
「それを心配してるっていうんだと思うけど……まぁ、実は心配性で優しいフリーちゃんのために急いであげましょう」
と、リィンが意気揚々といった瞬間に主導権を取られた。
『フリーさん?どうして?』
「急ぐならあたしの方が早い」
身体強化を発動させて風のように走る。
『心配性だなぁ、ほんとに』
ものの数秒で孤児院に着き、門を開け、中に入ると相変わらず子供たちの笑い声が聞こえる。
特に変わった様子はない。
「おや、フリーさん。今日はどうしましたか?」
子供たちに囲まれて、一緒に遊んでいた院長がフリーたちの姿に気が付き、声をかけてくる。
「ミミたちに会いにきた。彼女らはいまどこ?」
端的にそれだけ聞くと、院長は首をかしげて、
「冒険者はいま、魔物の群れ討伐の緊急依頼があるのでは?」
と聞いてくる。
「それはもう終わらせてきた」
「それはそれは……!いやはや、若いのに優秀な冒険者ですね。この聖都を守ってくれたこと、感謝いたします」
両手を胸の前で組み、祈りを捧げるように頭を垂れる院長。
「別に聖都を守るためにやったことじゃない。ギルドマスターに脅されただけ」
「脅された、とは人聞きが悪いですね。彼も、聖都を守るために尽力しただけですよ」
頭を上げて、苦笑しながらギルドマスターを擁護する。
「そんなことはどうでもいい。ミミたちは、中にいる?」
訊ねると、院長は首を左右に振って否定する。
「ミミさんたちはいまここにいませんよ」
丸い眼鏡の奥で、細い目で柔和な笑みを浮かべる。
「どこにいったの?」
「ミミさんとキャットさんは教会のお掃除へ。ベアさんとベンガルさんは冒険者になりたいとのことだったので、ギルドへ案内していまは依頼に出ているはずです」
「冒険者に?まさか、群れの討伐依頼?」
「いえいえ。さすがにあの二人はまだ子供ですし、冒険者になりたて。いくらギルドの緊急依頼でも死ぬとわかっているのに送るだすようなことはしません。おそらく、薬草採取などの依頼だと思いますよ」
「そう……ならいいけど」
一緒にいる時から、ベアとベンガルはあたしみたいな冒険者になりたいと言っていた。
強くなって、今度は自分たちがみんなを守るのだと。
冒険者を志すのは、危険は伴うが悪いことではない。幸い、この聖都では獣人の差別もない。実力さえあれば認められるだろう。
ベアとベンガルは戦闘能力の高い獣人だ。焦らず、確実に経験を積んでいけばよい冒険者になれる。
「教会にいったらミミたちには会える?」
「一般の方が入れない、奥の方を掃除してもらっているので残念ながら……」
フリーの無表情な瞳と、院長の笑みが静かにぶつかる。
「わかった。なら、明日改める」
「教会へは泊まり込みでいっているので、明日もまだ戻らないですよ」
「そう。わかった」
フリーは踵を返して孤児院を出る。
門をでた瞬間にどこからか子供が走ってきて鍵をかけた。
「来たときは鍵なんてかけてなかったのに」
『なんか怪しいよね、この孤児院。多分だけど、あの鍵をかけることでなんらかの魔法が発動してる』
「そうなの?」
『多分ね。うまく言葉に言い表せないんだけど、なにか普通の空間じゃないみたいに感じる』
フリーの目には、ごく普通の空間にしか見えない。だが、魔法の扱いにたけたリィンにはまた違った様子に見えるのだろう。
「ますます怪しい」
『でもミミたちは明日も帰らないって言ってたよ?どうする?教会に侵入する?』
「それもいいけど……」
不意にフリーが言葉をとぎる。
『どうしたの?』
「ツァリがいる」
フリーの視線の先には、いつもの鎧姿ではなく一般人と同じ服装をしたツァリがぼんやりと孤児院を見上げ立っていた。
『本当だ。なにしてるんだろ』
ツァリの方に歩いていくと、向こうもこちらに気づいて少し驚いた顔をする。
「奇遇だな、こんなところで。孤児院になにか用事でもあるのか?」
「それはあたしのセリフでもあるけど。都に来た時一緒につれていた獣人の子供たち覚えてる?」
「あぁ、覚えているとも。なるほど、そういうことか。その子たちの様子を見に来たんだな」
「そう。ツァリは?」
「私も似たようなものだ。ここには私の妹が預けられている。もっとも、本当の妹というわけではなく妹のような存在というだけだがな」
「なんで妹だけ孤児院に?」
「私も妹―カルネスというのだが、私たちは2人とも両親を亡くしていてな。ずっと2人で過ごしてきたのだが、私が守護騎士になったとき騎士寮に住まないといけなくなってな。カルネスを1人にするわけにはいかないから、孤児院を頼ったんだ」
そう笑って答えるツァリは、少し寂し気に見えた。
「ツァリの方が寂しいの?」
「いや、そういうわけではない。だがな……」
ツァリがどこか言いづらそうに口を開けたり閉じたりしている。
「この孤児院に預けていることが心配?」
フリーが聞くと、ツァリがはじかれたようにこちらを見る。
「まさか、君たちも……?」
フリーはなにも答えなかったが、無言を肯定と受け取ったのかツァリが神妙な顔をして距離を詰める。
「君たちはいまどこに泊まっている?」
「ギルドの宿泊施設を利用している」
「明日の朝、部屋にいってもいいか?内密で話がしたい」
「内密なら、違う場所の方がいいと思う」
「なぜだ?」
「あたしは、ここのギルドマスターのことも信用していない」
「それは……いや、わかった」
信用していないと言い切ったフリーに、なにかを言おうとして口を閉ざす。
ギルドマスターを擁護しようとして、やめたのか、信用できない理由に心当たりがあるのか。
「ならば、この都の端に下水へ通じている水路がある。そこで会おう。あそこなら、そう人はこないはずだ。」
指でこの都の地図を形どり、水路の場所を示す。
「わかった。朝早い方がいい?」
「そうだな。日の出より少し前がいいだろう。」
「ん」
「じゃあ、またな!明日はミミちゃんたちに会えるといいな!」
ツァリは無駄に元気な声でそう言い、手を振って去っていく。
それはおそらく、塀の向こう側で聞き耳を立てている誰かに聞かせるためだろう。
たまたまそこに立っていて、声が聞こえたから立っていたのか。
それとも……。
『ツァリさんも疑っているんだ、この孤児院。にしてもまた下水か。私たちってとことん下水に縁があるよね』
「そんな縁いらない。とりあえず、今日はもう戻ろう」
『だね。明日はミミたちに会えるといいな』
「明日は冒険者ギルドでも聞いてみる。ベアとベンガルはまだ低ランク。早々長期の依頼は受けられない」
『あのギルドマスターが素直に教えてくれるかな~?』
「無理やりにでも聞き出す。」
『物騒だけど……場合によったら仕方ないかな。』
もうすっかり陽も落ち、薄暗くなった都。
仄かに光る、孤児院の屋根から1羽の烏が飛び立つ。
――――カァ
鳥の鳴き声が聞こえた気がして、フリーが空を見上げる。
『どうしたの?』
「…………なんでもない」
再び歩き出す狼人族の少女の姿が鏡に映し出される。
「やれやれ、この娘は始末しておきたかったのですが……ドレアムは使えませんね。まぁいいでしょう。この私が自ら赴きましょう。ついでに、そろそろあの目ざわりな聖女を……」
すっ、と手を動かすと呼応するように一冊の本が浮かび上がり勝手に開かれる。
中には文字など書いておらず、1個の魔石が収められていた。
「フリー、そしてツァリ。あなたたちは少々、知りすぎたようです。」
魔石を取り出し、軽く握りしめると魔人ドレアムが放っていたのと同じ黒の魔力が溢れ出す。
濃密な魔の気配が一気に部屋の中に充満していく。
その中心で、男が魔石を握りしめたまま両手を大きく広げて歓喜の声を叫ぶ。
「人々の絶望が!恐怖が!怒りが!憎しみが!」
叫ぶたびにあふれ出る黒の魔力。
そのすべてが一瞬で男の身体に吸い込まれて消えていく。
「あの方の力となる……」
かみしめるように。
恍惚な表情で呟く男の瞳から、赤い涙が流れる。
「もうすぐだ……もうすぐで、我らの悲願が叶う……!」
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