報連相は大事だよ!
駆け下りるというより、もはや落ちているに近い感じでフリーは山の斜面を駆けていく。
景色が流れ、斜面を蹴り、あるいは木の幹を蹴りどんどん駆け下りておく。
『フリーなんだか速くなってない?』
「なってる。身体強化の強化率とかがまた上がった」
『ケルベロスの魔石も、魔人の魔石も食べたわけじゃないのにね』
ゲームでよくある、強敵を倒してレベルアップみたいな都合のいいシステムがないのはわかっている。
単純に、強敵と戦った経験からか、それとも別の要因があるのか。
「考えてもわからないことを考えても仕方がない。とりあえず、いまは早く戻ってミミたちの様子を見に行く」
『そうだね』
あっという間に下山し、一度だけ立ち止まり、山頂を仰ぎ見る。
『あのウルフたち、元気に暮らしていけるといいね』
「きっと大丈夫」
フリーは静かに呟き、再び走りだす。
振り返ることは、もうなかった。
斜面も、雪もなくなったことで格段に走りやすくなり、来た時の半分ぐらいの時間で聖都に戻ってくることができた。
「お!嬢ちゃん!無事だったのか!」
いつもいる門番の男の人が、フリーの姿を確認すると笑顔で駆け寄ってくる。
「遅いから心配したんだぜ」
「遅い?」
結構はやく終わらせたつもりだったんだけど、これでも遅いってこと?
そんなフリーの疑問は、全くの的外れだったことをすぐに知ることとなる。
「嬢ちゃんたちの後に続いて向かった冒険者の団体がいたんだけどな。そいつらはもうすぐに戻ってきたんだよ。あれは、俺たちの手に負えないとかなんとかいって。いまギルドマスターと共に、周囲の町から援軍を呼ぶかどうかっていう話をしていると思うぞ」
「手に負えない?」
もしかして、自分たちが戦っていた魔人以外にも魔人がいたのだろうか。山頂はドレアムの気配が強すぎて全く気付かなかった。
「ああ、麓から山頂の方を見ただけみたいだが、黒い靄みたいなものに覆われていて、何千と離れているのに魔の気配が強すぎて近づけなかったみたいだ」
「山頂……」
自分たちがいたのも山頂、のはずだ。だとしたらその冒険者たちが言っているのは……。
「嬢ちゃんたちはどの辺りにいたんだ?山頂にいた魔物の情報を持っているなら、ギルドに急いだほうがいいぞ」
「あたしたちは山頂にいた。そこにいたのは魔人ドレアム。この前、アルとトレントの討伐依頼に出向いた時に遭遇した魔人と同じ。そいつ以外に気配はなかったから、多分その冒険者たちが言っているのと同一個体だと思う」
いつものように、表情を全く変えずに淡々と話すフリー。
言葉の意味がすぐに理解できなかったのか、門番の男たちは顔を見合わせる。
「山頂にいたのは……」
「魔人、ドレアム……」
やがてフリーの言葉が理解できた門番は、みるみる蒼白になっていく。
「魔人の目撃情報があったから警戒を強めるっていう話は、たしかに教皇様からあったが……」
「そんなやつが霊峰とも言われているエレスト山の山頂に?」
神妙な顔つきでぼそぼそと話合う門番2人。
「かつていた氷龍の加護が無くなったからか?ともかく、そんなところに魔人がいたらなにをしでかすかわかったもんじゃない!」
「俺たちは教皇様に伝えてくるから、嬢ちゃんは急いでギルドマスターにその情報を伝えてくるんだ!」
そう言い放つと、フリーの返事を待たずに、顔見知りじゃない方の男性が走っていってしまう。
「これは大変なことになるぞ……。ん?どうした嬢ちゃん。行かないのか?」
じっとこちらを見て、動かないフリーをいぶかしんだ門番がたずねる。
「魔人ドレアムはあたしたちが討伐したから心配ない」
フリーのたった一言に、門番の男はさきほどよりもずっと長く動きを止め、
「あ~……まぁなんだ。それも含めて報告しにいってくれ」
どうやら考えるのを放棄したようだ。
フリーが歩いていくのを見送り、男はやれやれと息を吐く。
「魔人を倒したってのは本当だったら……とんでもねぇ嬢ちゃんだな……」
ここですぐばれるような嘘をつくとも思えねぇし、本当なんだろうけど。
「それにしても……あたし、たち?」
嬢ちゃんはソロの冒険者だったはずだが……エレスト山で共闘した冒険者でもいるのか?
聖都に入ったフリーは、そのまま孤児院に向かうつもりでいたが、報連相はちゃんとすべきというリィンのよくわからない主張をうけて冒険者ギルドへと向かう。
『代わる?私が話そうか?』
リィンの提案に少しだけ考え、
『じゃあお願い』
あっさりと代わった。
「そうなるよね」
苦笑しながらギルドのドアを開けて中に入る。
途端に突き刺さる視線、視線、視線……。
「おいおいいくら私が美少女天才魔術師様といえど、みんな見過ぎじゃない?」
そんな数多突き刺さる視線などモノともせずにリィンは一歩一歩奥へと進んでいく。
ピリついている、どころの騒ぎではない。もはや殺気すらも感じられる中を、まるで散歩を楽しむが如き気楽さで歩く。
下位の冒険者たちは気づかない。
入ってきたのが、噂は聞けどランクはそこまで高くない獣人の女とわかるとすぐに視線を逸らす。
中位、上位の冒険者たちは入ってきたのが獣人の女とわかってもなお警戒を緩めることがない。
本当にこの間きた狼人族と同じか?
纏っている気配が強すぎる。
まるでA級の魔獣と相対しているかのような気配に、静かにどよめきが広がっていく。
冒険者でごった返していたが、まるでリィンに道を譲るように冒険者たちが横に避けていく。
なんか、逆に居心地悪いね……。
『必要以上にかかわらなくていいからあたしとしてはありがたい』
フリーからしたらそうなるか。
怯える受付嬢の前まで足を止めることなくたどりつき。
「ギ、ギルドマスターを呼んできます!」
まるで逃げるように受付嬢は走っていってしまった。
まだなんの用件かも伝えていないのに……。
警戒や好機の視線に晒されながら待つこと数分。
さきほどの受付嬢が戻ってきてギルドマスターの部屋に行ってほしいと告げられる。
おとなしく部屋に向かい、ノックをしてから部屋に中に入る。
はじめの町の、ギルドマスターの部屋は汚かったが、ここはきちんと整頓されている。
少なくともソファーや机の上に書類が散乱しているようなことはなく、ちゃんと座る場所がある。
奥のデスクで、険しい表情をしていた禿頭のギルドマスターが立ち上がる。
「来たか。まぁ、座れ」
勧められるがままにソファーに腰を下ろす。
「なにやらエミールが血相を変えて駆けこんできてな。何事かと身構えたが……」
座るリィンの向かいに立ち、見下ろしてくるギルドマスター。
身長も180近くありそうだし、ガタイもいいので威圧感がすごい。
「確かに何事かはあったようだが、そう悪い話でもなさそうだな」
「わかるの?」
「長く冒険者たちを見ていればな。そんな気配を放っておきながら、ここまで落ち着いているやつはそう見ないが」
ふっと苦笑をこぼし、ようやくギルドマスターの険が取れる。
「先行してエレスト山に向かっていたそうだな。先に戻った冒険者たちからは、あれは無理だという報告を受けたが、さてどうなった?」
どかっと向かいのソファーに腰を落とし、訊ねる。
「エレスト山にいたのは魔人ドレアム。多分教皇様から通達があったんじゃない?魔人がでたよって」
「あぁ、やはりそうか。教皇様からも聞いている。魔人の出現報告あり、警戒と調査を願いたいとな」
それで?と目で先を促してくるので、リィンは続きを話す。
「苦戦はしたけど、魔人ドレアムは倒した。残念ながら魔石もなにも残っていないから、証拠をだせって言われたら困るけど。ただ、魔人の影響で狂暴化していた魔獣たちもいなくなったし、魔の気配も消えたはずだから調査してもらったらすぐにわかる」
「魔人を倒したのか……?たった1人で?」
「苦戦はしたし、ちょっと死にかけたけどなんとかね」
実際には二人だし、ケルベロスの助力もあったから、勝ったのは運がよかっただけとも言える。
「にわかには信じがたいが……すぐばれるような嘘をつくとは思えん。さすがに調査隊を送ることにはなるが……もし嘘だったら資格剥奪どころではないペナルティがあるが、信じていいのか?」
「まぁ、その反応が普通だと思うよ。あ、でも魔獣がいなくなったわけじゃないから、多少腕のたつ冒険者の方がいいよ」
「それはわかっている。それと、魔人のソロ討伐の報酬については前例がないから少し時間がかかるかもしれん。悪いが、その間聖都にいてもらうことになる」
「私たちも孤児院に子供たちを預けているから、そんなすぐに次の町に向かったりしないし大丈夫だよ。それにしても、報酬の話をするってことは、ギルドマスター自身は嘘だって疑ってないってこと?」
「さっきも言ったが、すぐにばれるような嘘はつかんだろう」
はぁ、とため息を零して立ち上がる。
「時間を取らせて悪かったな。疲れているだろう。もう休んでいいぞ」
「うん、ありがと」
終わったのなら長居する必要はない。
リィンも立ち上がり、部屋から出ようとドアノブに手をかけたところで、
「リィン、この聖都を魔人の脅威から救ってくれたこと、感謝する」
背後からお礼の言葉が飛んできた。
人間が獣人に礼を言うなんて、と驚くフリーの心境を強く感じながら、
「いいってことよ!」
振り返り、リィンは笑顔で言葉を返して、部屋を出た。
蔑まれることの方が多い獣人族が、ひいてはフリーが、認められたのがうれしくてでた自然な笑み。
人間に不信感をもっている獣人族が多い中で、あそこまで屈託のない笑みを浮かべることができる存在などそういない。
そのことにギルドマスターは少し驚き、リィンが出て行ったドアを見つめ続けていたが、やがて口元を少しだけ歪ませ、
「本当に、感謝しているぞリィン。魔人を倒してくれて……その力、もっと聖都のために使ってもらおうか……」
そう、小さく呟いた。
読んでくださりありがとうございます。




