VS魔人ドレアム
フリーとリィンの冥迎により、ケルベロスの魂が冥府へ送られるのを見届けて。
魔人ドレアムは、にやりと口を歪ませる。
「素晴らしい……双頭の狼、オルトロス。それは冥府への案内人。お前たちが、そうなのか?」
感心したような呟きと共に降りてきて、地面に立つ。
「ウルフたちの群れを操っていたのもお前?」
フリーが鋭い言葉と殺気をドレアムに向ける。
「いかにも。下等な魔獣など、俺に使役されていた方がよほど幸せだっただろう」
「ふざけるな」
フリーの強い憤りを、リィンは感じていた。
自分が奴隷だった時のことを思い出しているのだろう。
「冥府の獣よ。お前も、俺が使役してやる」
ドレアムの内に秘められていた闇の力が開放される。
ケルベロスよりも、圧倒的な魔の気配。
常人ならば、その重圧だけで意識を刈り取られるだろう。
だが、フリーの眼光はぶれることなくドレアムの姿を捉え続ける。
「お前なんかに使役されたりしない。次はあなたの番」
フリーが双剣を抜き、獰猛に唸る。
「今の状態で勝てるか?もう覚醒する力も残っていないのだろう?」
ドレアムの指摘通り、フリーたちはいつの間にか元の獣人の姿に戻っている。
冥迎の代償か、魔力も体力も心元ない。しかも、今回は二人で放ったため二人とも消耗している。
そんなことは、わざわざ指摘されなくてもわかっていた。
だからといって、ここで魔人に背を向けて撤退するなどという選択肢はない。
「そんなの関係ない」
『お前は、私たちがぶっ倒す!』
そう答えるとわかっていたと言わんばかりに嗤う魔人。
「やれるものなら、やってみろ」
フリーも、リィンも決してドレアムから視線を逸らしたりしていない。
意識を別のものに向けたりもしていない。
だがそれでも、一瞬ドレアムの姿がブレて、気が付いた時には勢いよく蹴り飛ばされていた。
突然の衝撃。
なにが起こったのかわからなかった。
ただ、気が付けば横に吹き飛ばされていた。
おそらく、わき腹を蹴り飛ばされたのだろう。
さらに、上から両足で踏みつけられて強制的に地面にたたき落される。
地面が陥没し、フリーはその中心にめり込む。
「うっ……!」
フリーの表情が苦痛で歪む。
『フリー!!』
「女の子を足蹴にするなんて!」
リィンを中心に、氷の棘が何本も生える。
「双頭狼になったときからわかっていたが、お前の中には二つの魂、二つの人格が入っているようだな。実に、おもしろい」
魔人が放った黒い火が、瞬く間に氷の棘を溶かしていく。
「そんなちっぽけな火で!?」
「ちっぽけとは失礼だな。神聖魔術に対抗して我々が編み出した、邪悪魔術。安直だが、わかりやすいだろう?」
くっくと笑う魔人の眼前に、爆炎が迫る。
「あっそ!自慢話している間に逝け!エクスプロージョン!!」
黒い火ごと爆炎が飲みこみ、周囲に熱波が広がる。
「残念ながら、その程度の爆発では俺を冥府に送ることなどできん」
爆炎を晴らし伸びてきた魔人の腕が、リィンのわき腹を貫く。
「っ……!女の子を足蹴にしたりお腹貫いたり、ほんと魔人ってやつは!」
「俺はどちらかというか紳士だ。ただ、お前たちを女の子扱いしていないだけでな」
「ほんっと失礼なやつだなお前は!」
双剣が閃き、刺さっていた腕を切り飛ばす。
飛んだ腕は空中で黒い靄となり消えていき、魔人の切り口からはまた新しい腕が生えてくる。
『アルが言っていたけど、魔人に物理攻撃は効かないって……』
「再生には魔力を使っているはず。無駄じゃないと思う」
地面を蹴り、再び切り落としてやろうと双剣を振るうも、硬質化した腕によって防がれてしまう。
「別に痛みはないが、何度も腕を切り落とされるのは不愉快だからな」
『はい、ダウトー!本当に意味ないなら防ぐ必要ないもんね!』
「再生できなくなくなるまで切り刻んでやる」
双剣をしまい、背中のティラノブレードを抜く。
「剣の顎、解放。」
ブレードティラノの牙を模した刃が、硬質化された腕を切り落とし、大きく胸を切り裂く。
「ぐっ……!」
はじめてドレアムが、苦悶の表情を見せる。
『効いた!やっぱり効かないことなんてないんじゃない!』
「ティラノブレードにはあたしの魔力を流している。多分、直接的な物理攻撃はほとんど効かないけど、魔力を帯びた武器ならダメージを与えられる」
黒い煙と共に、ドレアムの胸の傷が再生されていく。
「紳士に接してやっていれば、調子に乗りやがって……!」
「どこが紳士。お前はただのくそやろう。」
もう一閃、と踏み込もうとしたが突如放たれたドレアムの魔力によって阻まれる。
息苦しさすらも覚える、黒い魔力。
「お前たちは貴重な観察対象だったが、もういい。この俺を愚弄したことを後悔しながら死ね!」
瞬きすらもせずに見ていた魔人の姿が、突如消えた。
強烈な衝撃と共に空中へ放り出される。
遅れてやってくる、息ができなくなるほどの激痛。
なに……一瞬で……!
『フリー!』
「息をする暇も与えん」
四方八方から襲ってくる黒い魔力弾。
まるで宙を舞う木の葉のように嬲られる。
「落ちろ」
上に移動したドレアムが両手を組み、フリーの背中に破壊の力と共にたたきつける。
リィンが一瞬はやく防御魔法を展開したので、直撃は免れたが地面にたたき落される。
さらに、上空から勢いをつけて魔人が踏みつけてきて再び地面にめり込むリィン。
防御魔法が砕かれて、骨が折れる嫌な音がする。
いったぁ……!思えば、こんな痛み体験するの久しぶりかも……。
ばれない程度に弱い回復魔法で、わずかに痛みを軽減させる。
『リィン、なんで代わったの?』
フリーにばっかり、痛い思いはさせられないでしょ。
「しぶとい。さすがは獣人族だ。だが、これでとどめだ。」
地面から黒い鎖が出現し、リィンの両手両足を縛る。
「最後は女の子を縛り付けるの?ほんと、良い趣味してるよ」
「ほざけ」
魔人が吐き捨て、宙へと飛び上がる。
『フリー、抜けられそう?』
「ダメ。身体強化がうまく発動できない」
『鎖に魔力が吸われている?』
「そんな感じがする」
『絶体絶命か。やばいね』
リィンが魔法を発動させようとしても、うまく発動させることができない。
確かに、魔力が吸われているような感覚がある。
「どれだけもがこうが無駄なことだ。なかなかに楽しめたが、いい加減に死ね」
空高く飛んでいたドレアムが、一気に急降下していく。
全身に闇を纏い、落ちてくる様はまるで黒い弾丸。
『これは、ちょっとどうしようもない』
「そうだね。奇跡的に生き残ることを信じよっか」
そんな奇跡が起きないことは、自分たちが一番よくわかっている。
最後に話す時間すらもない。
ただ、来るべき衝撃に備える。
―――だが、そんな衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
それどころか、突如フリーを縛っていた戒めが解かれた。
「なんで?」
咄嗟に体を動かし、鎖から離れて、突っ込んできているはずのドレアムを見る。
『あら?』
そこには、自分たちに当たる少し前のところで氷漬けになり、動きが止まっているドレアムの姿があった。
「誰が……?」
だが、それも一瞬。
ドレアムの動きを止めた氷が砕かれて憤怒の形相をしたドレアムが出てくる。
「鬱陶しいやつめ……!」
怒りに満ちる魔人の目は、自分たちではなく別のところを見ている。
「あれって……?」
視線の先にあったのは小さな雪だるま。
大きめの胴体の上に、三つの頭が乗った、少し変わった形の雪だるま。
「ケルベロスの魔石から生まれた?」
『でも周辺の雪は解けちゃったからないよ?』
遠くに残っていた雪を少しずつ少しずつ集めてなんとか意思を持つところまで大きくなった雪だるま。
―――死んだ恨みとかが残っている。
前に、フリーが言っていたことが思い出される。
あの魔石は、ケルベロスの魔石。
そこに残っている恨みとは。
自分たちを実験動物として扱い、合成し、苦しめた魔人への強い恨み。
その恨みの強さは、魔人の動きすらも止めるほどの強い力と成る。
「ただの実験体の分際で、死んだあとも俺に楯突くか」
ドレアムの右手に黒い炎が生まれる。
「粉々に砕け散れ!この駄犬が!!」
振り下ろされる悪意に満ちた右手。
ちいさな雪だるまなんて一瞬で溶かせる熱量を帯びた炎。
だが、その拳は雪だるまに触れることなく弾かれる。
「これは……!」
淡く、白く輝く光の壁。
ちいさな雪だるまを囲むちいさな壁が、確かにドレアムの拳から雪だるまを守った。
「まさか、神聖魔法……!馬鹿な、なぜ神聖魔法を扱える!」
「それは私が、天☆才的な魔法使い様だからだよ!」
自分でもなぜ使えるのかなんてわからない。
でも、あの小さな雪だるまを。
実験動物として扱われ、苦しみの中で救いを求めていたケルベロスを。
あの子を守りたい。
ただその強い願いが起こした奇跡。
「そんな都合の良い奇跡があってたまるか!」
憤怒の形相で、再び黒い弾丸となり突っ込んでくるドレアム。
だがその突撃は、リィンの生み出した光の壁に遮られ、動きが止まったところに光の鎖が伸びてドレアムの四肢を捕える。
「くっ、ばかな!この俺が……!!」
力任せに鎖をちぎろうとしても、まったく力が入らない。
さきほどフリーたちを捕らえた鎖とは真逆の性質。
神聖な力を秘めた鎖は、悪しきものを捕えて離さない。
「見えるよ、あなたの穢れきった魂が」
醜く、歪な黒い魂が、確かにリィンの目に映る。
「冥府に落ちて、救われぬ永劫の罰を受けよ!アンフェール・ジャッジメント!」
リィンの手より放たれた紫色の矢が、魔人ドレアムの魂を正確に貫いた。
「ぐあああああああ!!!!馬鹿な……!神聖魔法に、魂に干渉させるなど……そんなことができるのは―――――!」
嘆きの叫びさえもかき消して。
魔人ドレアムは紫の粒子となり消えていく。
残されたのは、頭が三つある小さな雪だるま。
「ありがとう、ケルベロス。これは、あなたのおかげでもぎ取れた勝利」
役目は果たした、と言わんばかりに雪が解け、紫色の魔石がころんと転がる。
両手でそっと拾い上げ、リィンも傍に転がった
前回の投稿から期間が空いてしまい申し訳ありません。
読んでくださってありがとうございます。




