冥迎
「あれ、なんだ?」
フリーたちから遅れてエレスト山にやってきた冒険者たちの1人が気づく。
山頂付近。
真白の雪に覆われた山の一角が、黒い球体に包まれていることに。
まだ山の麓にもたどり着いていないが、目撃した冒険者たちは一様に足を止める。
そして、気が付く。
ここで起きているのは、ただの魔獣の異常発生なんかではない。
あれはもっと凶悪で、自分たちの手には負えないものだと。
脂汗をにじませて。
勇気を振り絞って一歩一歩近づいていく。
距離はまだ相当ある。
だが、あれを一度でも見たのならば、彼らを臆病と罵ることはできないだろう。
この距離にあって感じる魔力の波動。
強者だけが纏う覇気。
体が鉛のように重くなり、息もしづらいほどの重圧。
やがて、麓にすらたどりつけずに全員の足が止まる。
あれに対抗できるのは、AランクいやSランクの冒険者だけだろう。
これ以上近づいたら、自分たち如きでは一瞬で殺されてしまうだろう。
合図があったわけではない。
視線を交わしたわけでもない。
だが、全員が同時に駆けだした。
エレスト山とは正反対の方へ。
自分たちが、意気揚々と歩いてきた方へ。
自分たちは逃げるわけじゃない。
ただ、もっと戦力が必要だ。
CやBランクといった有象無象ではなく、真の戦力が。
そんな名目を掲げて。
冒険者たちは死に物狂いで走る。
その判断は、正しかった。
エレスト山、山頂付近。
闇に覆われたドームの中で、漆黒の獣が二体、ぶつかりあっていた。
激突した衝撃の余波だけで周囲の雪だるまがはじけ飛び、ウルフたちが吹き飛ぶ。
フリーの爪を一本の首が牙で抑えつけ、残りの首の口に魔力が集まる。
「させない!」
―ドン!
リィンが爆裂魔法を放ち、集まって魔力ごと爆散させる。
爆音が木霊し、どこからでまた雪崩が起きる。
直後、ケルベロスの目が怪しく光ったかと思うと、黒い稲妻がフリーとリィンが立っている場所に落ちてくる。
察知していたフリーが再び距離を詰め、鋭い爪に魔力を通し、ケルベロスの皮膚に突き刺す。
あふれ出る紫色の体液。
地面に垂れると、じゅっという音と共に地面が溶ける。
「毒?厄介なやつ」
「接近戦は分が悪いんじゃない?」
「魔法はあまり効いていない。ダークトレントの時と同じ。あいつの力で、魔法に対しての耐性がかなり上がっているんだと思う」
「アルぐらいの光魔法が私にも打てたらな~。」
「あれは光魔法じゃないから、たぶんリィンには無理」
「わかってるよ~」
吐き出される火炎を、猛スピードで飛んでくる黒い球をかわしながら隙をみて攻勢にでるが、いまいち攻めきれない。
「あれ使えないの?はじめて変身したときに冒険者たちを殺したあの魔法みたいなやつ」
見ていたリィンでもなにが起こったのかわからなかった。
気が付いたら冒険者たちが闇に呑まれていたという感じだった、あの魔法。
「あのときの記憶がないからそもそもどんなのかわからない。再現できるのはリィンだけ」
「じゃあ無理だな……。」
ちょっといまの自分では再現できそうにない。
魔法は想像力とはよくいったもので、自分が明確に想像できないものを発動することはできない。
なにがどうなったのかすらよくわからなかった。
本当に、気が付いたら冒険者たちが闇に呑まれていたという感じだったから。
そもそも、あれは本当にただの闇魔法だったのか?
「リィン、考えるのはあとにして。できないものに縋っても仕方がない」
一瞬、思考の海に沈みそうになったが、フリーの言葉ですぐに浮上する。
「そ、そうだね。ごめん!」
集中!
劣化版と言われていたが、ケルベロスの強さはさきほど戦ったボスウルフよりも格段に強い。
強靭な爪や牙に、全身を覆う剛毛。身体能力を底上げしているであろう紫色の魔力。
溢れる血は猛毒になっており、いくら毒耐性が高い自分たちでも触れたらどうなるかわからない。
獣人化はエネルギーの消耗が激しく、ある程度の時間は持続できるようになったとはいえ、そう長くはもたない。
かといって、焦って攻めたら隙をつかれるだけだろう。
遠距離でリィンが魔法で攻めても効果は薄い。
接近戦でフリーが爪を振るったら強酸性の毒の血が飛び散り、距離を取るしかない。
吐き出される火炎は予備動作もわかりやすく、避けるのはたやすい。
厄介なのは……。
ふいに、黒い閃光が走り、自分たちが一瞬前まで立っていたところに雷が落ちる。
「黒雷が厄介だね。攻撃速度が速すぎる」
「範囲が狭いのだけが救い。あと、連発できない」
「それがわかってもって感じだけどね」
黒雷を交わした勢いのまま突っ込み、再び爪を振るい、至近距離から爆裂魔法を叩きこむ。
そうして地道にダメージを蓄積させていくしかなかったが…………
何度目かの激突時。
焦りから、攻撃が雑になったところを狙われた。
無策に振られた右腕を、ケルベロスの中央の首がしっかりと捕え、噛む。
硬い皮膚を貫き、軽々と突き刺さる牙。
「ぐっ……!」
捕まった……!
「これはまずい……!」
左右の首からの攻撃に備えるため、リィンが魔法を展開させる。
だが、左右の首は動かない。
真ん中の首も、牙を刺しただけでそこからなにかをする気配もない。
「どうしたの?」
突然のケルベロスの奇行に、思わずフリーは話しかけていた。
言葉なんか、通じるはずもないだろう。
当然のように言葉が返ってくることはなく、ただ唸り声だけが聞こえる。
だが、
コ……テ……
コ……テ……
「リィン、なにか言った?」
「言ってないけど、私にも聞こえた」
なにかが聞こえた気がした。
コロシテ……
コロシテ……
そして今度ははっきりと言葉が聞こえる。
三重に重なったような、太く、重い、悲しい声が。
「もしかして、ケルベロス?」
フリーとリィンが、同時にケルベロスを見る。
深い紫色の、六つの瞳と目が合う。
クルシイ……
タスケテ……
コロシテ……
真ん中の首が引き、牙が腕から抜ける。
そのまま数歩後ずさっていくケルベロス。
まるでなにかに抗うように全員を震わせている。
そんなケルベロスの様子を見て、リィンがつぶやく。
「そういえば、あいつ言っていたよね。いろんな種類のウルフを使った、合成魔獣だって」
「無理やり合成させられて、無理がないわけがない」
フリーの静かな呟きにも、怒りが込められているのが伝わる。
同じ狼だからかはわからない。
だが、二人にははっきりと聞こえた。
痛みに苦しみ、死を望むケルベロスの声が。
「このケルベロスも、あの魔人の被害者」
「ますます許せないね、あいつ」
鋭い眼光を、空で高みの見物をしている魔人に向ける。
「どうした、お前たちの力はそんなものではないだろう?もっと力を見せろ。やつらを殺せ。でないと、いつまでたっても苦しいままだぞ」
動きが止まったことを訝しんだのか、魔人の全身から赤黒い魔力が吹きあがり、呼応するようにケルベロスの全身からも魔力が溢れ出す。
―――――!
苦し気な叫びを最後に、それっきりケルベロスから声が聞こえることはなかった。
「うん。わかったよ」
「あなたの想い。あたしたちが受け取った」
だが、2人にははっきりと聞こえた。
ケルベロスの悲痛の叫びが。
暴走した魔力を抑えることができず、とびかかってくるケルベロス。
左右の首がそれぞれ腕を噛み、中央の首に紫色の魔力が集まる。
「怖がらなくてもいい」
「私たちが、ちゃんと送ってあげる」
フリーとリィンの二人には、はっきりと見えていた。
三つの魂がまじりあい、歪な形を成しているケルベロスの魂が。
それを、そっと自分たちの魔力で包みこむ。
「彷徨える魂よ。静かに、冥府へ帰りなさい」
―――冥迎
とらわれていた魂が開放され、冥府へと向かう。
三つの魂、三種のウルフたちが闇に呑まれて消えていった。
「大丈夫よ。あなたたちは、輪廻に戻れる」
アリガトウ……。
感謝の言葉が闇から聞こえてきて、魂が開放されたケルベロスはどしゃりと地面に倒れ伏した。
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