魔人との邂逅
魔人ドレアムがなにをしているかわからないが、そのせいで山に住む魔獣や魔物たちが狂暴化してしまっているのは間違いないだろう。
『氷龍のフラグは立たなかったけど、魔人のフラグはしっかり立っていたんだね』
「もともと、こういう過酷な地は魔素が充満しやすくて、強力な魔獣が生まれやすい。だからこそ、氷龍はこの山に結界を張ることで守っていた」
『なんでいなくなっちゃったんだろうね』
「人間に愛想でも尽かしたんじゃない?」
『ない、とも言いきれないのが悲しいなぁ』
「魔素がたまりやすいから、魔人にとって住みやすい環境になっている」
『またトレントの時みたいに自分の力を与えているのかな?』
「確実にやってる。魔の気配が強すぎる」
下級クラスの魔獣、魔物が出せる気配を超えている。
息苦しさすらも感じるほどの気配。
気づけば、四方八方を狼型の魔獣に取り囲まれていた。
『トレントの時と同じだ……』
「きっと、ボスがいる」
何十、いや何百にもなるスノーウルフやウルフに混じって、一際黒いウルフもいる。
普通のウルフにしては体毛が濃すぎる上に、二回り以上大きく気配も強い。
それがまるでウルフの群れを率いるボスのように何体か現れた。
「なにウルフか知らないけど、あたしの前に立ち塞がるなら容赦しない」
ざわりと、フリーの髪が逆立ち、全身が漆黒の体毛に覆われる。
体長が2メートルほどになり、爪が巨大化し鋭く光る。
紅い4つの瞳が怯えるウルフの群れを映す。
二頭をもつ漆黒の狼人が、全身に力を漲らせて、空に向かって吠える。
力が、魔力が、円形に広がっていき、覇気を浴びた下級のウルフたちはそれだけで意識を失う。
だが、いまは意識を失った方が幸せかもしれない。
双頭の狼人という異形にして畏怖の化け物に立ち向かわなくてすんだのだから。
運悪く、意識が残ってしまったウルフたちを睥睨し、
「時間が惜しい」
「速攻で終わらせちゃうよ!」
二つの口から、ウルフたちにとって死刑宣告と同様の宣言がなされた。
フリーの爪が光るたび、雪山に赤い血が飛び散る。
リィンから火球が放たれるたび、爆炎が広がり炭と化す。
雪山に、黒い影が動くたびに鮮血が、爆炎が舞い赤く彩る。
数百はいたウルフの群れは、ただ一方的に惨殺、爆殺されていくのみ。
力の差は歴然。
それでもウルフたちは果敢に立ち向かってくる。
逃げてもおかしくない状況なのに立ち向かってくるという行動に、フリーが違和感を覚える。
「操られているだけだったら、本能で逃げてもおかしくない」
「ってことは?」
「もっと強大ななにかに命令されている」
立ち向かっても死。逃げても死。
瞳に、恐怖を色濃く宿し、決死の覚悟で挑んでくるウルフたち。
「なんかこうも決死の思いで立ち向かってくると倒しにくいね」
「そうでもない。敵は敵。立ち向かってくるなら迎え撃つまで」
「ほんとクールだよね……」
引き裂き、爆殺し、群れを突き進んでいく2人。
だが、どれだけ倒しても倒しても、遠吠えが聞こえるわけでもないのにどこからともなく集まってくる。
「なんか、黒い鎖みたいなものが見える」
不意に、リィンがぽつりとつぶやく。
「黒い鎖?」
「そう。まるで首輪みたいにウルフたちに着けられている。で、その鎖が山頂に方に伸びてる」
「なるほど。あたしにつけられている従属の首輪みたいなものか」
リィンが、フリー側の首についている首輪を確認する。
「あ~いわれてみれば近いかも」
「多分、魔獣専用のやつ。見たことないから、魔人が作り出した」
「フリーに見えないってことか、魔法関係のやつか」
「壊せそう?」
「説明しにくいけど、物体があるわけじゃなくて、魔力が鎖の形っぽくなっているだけだから、多分無理。従者を倒せば消えるとは思うけど」
「じゃあなるべく殺さないようにする」
「もう散々ぶっ殺してますけど……」
「リィンが言うの遅いから」
「人のせいにしないでくれますかぁ!?そもそも私、決死の思いで立ち向かってくると倒しにくいねって言いましたよね!?」
「その後も結局爆殺していたから同罪」
「それについては否定できない」
それからは、ウルフの群れは相手にせず、ひたすら山頂を目指す。
ただのウルフやスノーウルフなどは多少強化されていようがフリーたちの足止めにすらならない。
相手になるのは、群れを率いているボス。
黒い強風を起こし、雪を舞い上がらせてフリーたちの視界をふさぐと同時に鋭い風の刃が固い毛で守られた体をわずかに傷つける。
「あなたたちを解放したいだけなの。通してくれない?」
言葉が通じているのか、いないのかはわからないが、リィンの言葉でボスウルフの動きが少し鈍る。
だが、その直後に、鎖を伝い流された魔力がボスウルフを突き動かす。
ボスが動いたことで、周囲で様子を伺っているウルフたちも立ち向かうしかなくなる。
「やっぱり操られているだけなのかな」
「可哀そうだとは思うけど、ここで攻めあぐねて消耗したら魔人を倒せなくなる」
「そうだね。解放するためにも、ちゃちゃっと終わらさないとね」
言葉こそ淡々としているが、フリーの心情はリィンにも痛いぐらい伝わってきた。
奴隷として鎖に繋がれていた自分を重ねているのだろう。
なんだかんだ、フリーも優しいところあるからな~。
攻めあぐねて消耗したくないと言っておきながら、さきほどとは違い一撃で仕留めるようなことをしていない。
脚を切り、機動力を奪うことに専念している。
当然、そのせいで余計な傷は増える。
不慣れな獣人化ということもあり、力加減だって大変なはずだ。
「リィン、くだらないこと考えてないで手伝って」
喋ってはないが、共有しているのだ。お互いの思考はだいたい筒抜けだ。
「わかってますよ。素直じゃないな~フリーは」
リィンが魔法で足止めしている間にフリーが脚を切る。
―――やはり、ウルフ程度では多少力を与えたところで足止めにもならんか。
群れを抜け、駆けあがっていると魔力に乗って声が届く。
「今度は逃がさない」
「ウルフたちを苛めた罪、しっかり償ってもらうから!」
―――いいだろう。俺が直々に相手をしてやる。
最後に立ちふさがった黒いウルフ3体をまとめて闇へと飲み込み、山頂へたどり着く。
「さすがだな」
魔力に乗った声ではない。
直接耳に届く声。
咄嗟に、リィンが声のした方に向かって爆裂魔法を打ち込む。
「相変わらず、判断が早い」
さらにフリーが距離を詰め、鋭い爪で切り裂く。
だが、火球は闇に呑まれ、切り裂いた感触もない。
「無駄なことをするな」
自分たちのすぐ横から現れたのは、やはり、魔人ドレアム。
「血気盛んなやつらだ。それにしても、おかしい狼人族だと思っていたが、そこまでおかしいやつらだったとはな」
フリーとリィンの姿を見てドレアムがおかしそうに笑う。
確かに切り裂いたはずだが、感触はなかったし、傷一つ負っている様子もない。
幻影か、魔法か。
どちらにせよ、この程度で傷つけられるぐらいなら、アルもあそこまで取り乱したりはしないか。
「つまんない話に付き合うつもりはない」
「あなたがウルフたちを操っている黒幕でしょ?とっとと倒させてもらうよ!」
フリーの爪を、
リィンの魔法を、
受け止めたのはドレアムではなく一体の魔獣。
「せっかちなやつらだ」
空中に現れた魔法陣から顔だけ出しているのは、まるでウルフ。
その口が、フリーの爪を受け止めてリィンの魔法を飲み込んだ。
「こいつは……!」
顔を蹴り、少し距離をとって立つ。
魔法陣から出てきたのは、紫がかった黒の体毛を持つ、体長5メートルはありそうな巨大なウルフ。
いや、これはもうウルフと呼ぶことはできない。
「ケルベロス……!?」
リィンの驚愕に満ちた呟き。
魔法陣から現れたウルフには、首が三つあった。
紫色の瞳と、禍々しい牙が生えた首が、三つ。
「リィン、知っているの?」
「いや、同じやつかはわからないけど……地獄の番犬とか門番とか言われているファンタジーではおなじみのボス敵だよ」
その姿は、まさしくケルベロスと呼ぶにふさわしい見た目をしていた。
「よく知っているな。そう、こいつは冥府の門番、ケルベロス」
「あれ、微妙に違う……。地獄じゃなくて冥府なんだ」
「どっちも似たようなもの」
地面に降り立ったケルベロスは、三つの首すべてで一斉に咆哮する。
周囲に紫色の濃い魔力が充満し、白い雪が黒く染まる。
「とはいえ、本物ではなく劣化版だがな」
「劣化版?」
「シャドウウルフやハイダークウルフに俺の魔力を与えて生み出した合成魔獣だ。本物には遠く及ばんが、こいつもそれなりの力を持っているぞ?」
くっくと笑うドレアム。
「さぁ、果たしてお前たちは生き残ることができるかな?」
「楽勝」
「こいつをぶっ飛ばしたら次はあなたの番だから!」
ケルベロスが唸り、フリーが爪を光らせてリィンが周囲に火球を生み出す。
「かかってこい、冥府の番犬!」
二人の声が重なり、両者の爪と牙が、激突する。
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