夜空に輝く一番星
走りだして数時間ほどで、周囲の景色が徐々に変化していく。
緑が多かった草原が荒地へと変わり、気温もどんどん下がっていく。
『おー!雪が降ってきた!』
ついには雪まで降り出したことで、リィンのテンションが上がる。
走っているのはフリーなので、リィンの感覚でいうと新幹線にのって景色を眺めている感じに近い。
『こんな急に変化するもんなんだね。さすが異世界』
「リィンはわかりにくいと思うけど結構飛ばしてる。だから、この変化は普通」
事実、フリーははやくたどりつくために身体強化魔法を全力で発動させている。
『それでも十分急だと思いますけど……異世界の普通はわかりにくいなぁ』
「リィンの普通もあたしからしたらわかりにくいから似たようなもの」
『それもそっか』
結局、徒歩だと三日はかかると言われた距離を、フリーはわずか半日ほどで走破した。
周囲の景色はすっかり雪景色へと変わっている。
「トライホーンの魔石を取り込んでから身体強化の強化率、持続時間が上がっている」
『さすが重竜種。死にかけただけのことはあるね』
「いまはもう前みたいにいかない」
ただ、さすがに今日はもうさすがに疲労が濃い。
このまま登っていくのは無茶だろう。
『遠目からでもでっかいなぁと思っていたけど、近くでみたらほんとでかいね』
「感想がまるで子供」
『しょ、しょうがないでしょ!それ以外に言葉がでてこないんだから!』
照れ隠しから、叫ぶリィンを無視してフリーが改めてエレスト山を見上げる。
「かつて、ここには氷の龍がすんでいた」
『氷の龍!?すごい!一気にファンタジー感でてきた!』
「でもいまはいない」
『なんだいないのか。なんでなの?』
「詳しいことは誰も知らない。でも、討伐されたという話を聞いたこともないから、天に帰ったのだろうと伝えられている」
『天に、ねぇ』
雪を降らす曇天に覆われた空を見上げる。
『山の麓に村とかないの?そういう伝承が残っているような』
「エレスト山は過酷な環境にあるし、出現する魔獣も上級が多い。こんなところに村をつくるのは自殺行為」
『それはそうか。……ん?ということは今日はここで野宿ってこと?』
「そうなる」
ちらほらと雪が舞い、陽が落ちていく。
『過去一過酷な野宿じゃない?』
「下水道よりまし」
『あ~……それは、まぁ、そうか……』
あれよりひどい環境はそうないだろう。
だからといって、じゃあ雪山野宿でも大丈夫か、とはなかなかならないが。
「じゃあ、あたしは休むからあとよろしく」
といった瞬間に体の主導権がリィンへ代わる。
「強いなぁ。しかもさっきの氷龍の話はなんだったのか」
『なんとなく思い出しだしたから言っただけ。特に意味はない』
「そういうの、フラグっていうんだよ。きっと山頂で待っているのはその氷龍だね。私たちが偶然、封印を解いちゃう感じ」
『これまで何人もの冒険者がエレスト山を探索している。封印の痕跡とかそういうのが見つかった話はない』
「だ~か~ら~!私たちが偶然!なんかこう、不思議な力に導かれて封印を解いちゃう、みたいな感じなの!」
『確かに魂が同居している時点で不思議な力は持っている』
「でしょでしょ?」
『でもそれと氷龍の話は全くの別物』
「もぅ~!ファンタジーの王道展開だよ!」
『やっぱりリィンの普通はよくわからない』
その後、ファンタジーの王道展開がどんなに素晴らしいかを説くリィンだったが、フリーには全く相手にされずに終わった。
「これだからリアルファンタジーは……」
『わかったからそろそろテントだして。陽が落ち切る前にテントを設置したいし、雪も強まってきた』
「はいはいわかりましたよ~……って、そういえばこんなに雪ふっているのに全然寒くないね!獣人だからってこと?」
『いまさら?』
リィンに代わり、すでに結構な時間が経っている。陽は沈みそうだし、雪はちらほら振るだけだったのが、いまではしっかり降っている。
「でも私たちって人型の時は別に毛深いわけじゃないよね?なんで寒さ防げるの?」
『…………おやすみ』
「答えられないからって逃げないでよ!」
本当にもう会話をする気がないのか、それからなにを問いかけてもフリーからの返信はない。
「まったく……」
魔法袋からテントを取り出し、念のため防寒具も出しておく。
しかも陽が沈み切る前に設置したとか言っていたけど、設置するの私じゃないか。別にいいけど、ここに来るまで私なにもしていないし。
テントを設営し、防寒具を手に取る。
ギルドで言われたから持ってきたけど、この分だと特にいらないかな。
あ、でも山頂付近はもっと寒いだろうし、さすがに使うか。
枯れ木を集め、魔法で火をつけてたき火を起こす。
「は~やれやれ」
拾ってきた太い丸太の上に座り、なんとなく空を見上げる。
すっかり陽は落ち、一番星が輝いている。
「こっちの世界にも一番星ってあるんだね。案外、あの星が地球だったりして」
ガラにもなくそんなロマンチックなことをつぶやく。
そういえな、こっちの世界に来てからまともに夜空を見上げたことってなかったかも。
日本でも夜空見上げたことってそんなになかった気がするから、星座もわからないし、どれだけ違うとかも全くわからないけど。
「なんか綺麗な気がする」
空を遮るものはなにもない。
星の瞬きと、しんしんと降る雪。
たき火の爆ぜる音。
狂暴な魔獣が多く棲むと言われているエレスト山の麓で。
静かで、落ち着いた時間が流れる。
『そういえば』
そんな静寂な時を打ち破る内なる声。
「うぉ!びっくりした!起きていたの?フリー」
『独り言がうるさくて起きた』
「嘘だよ。そんなにうるさくないって知ってるもん。で、どうしたの?」
『リィンって地球ってところにいたんでしょ?』
「うん、そうだよ」
『地球ではどんな生活していて、なんで死んだの?』
「お、おお……急にぶっこんでくるじゃん」
これまで何度か地球の話をしたことはあったが、死んだ理由を聞かれたのは初めてだ。
「なになに?私に興味ないふりしちゃって、本当は興味津々だった?」
『アルそっくりだね』
「ごめんなさい……」
うっとおしい、とまではいかないが……ぐいぐい来られるとどう感じるかぐらいはわかったので素直に謝る。
フリーからの言葉が途切れたので、パチパチと爆ぜるたき火を眺める。
そうだねぇ。
地球にいた頃のことか。
一瞬、いろいろな情景が思い浮かび……
「う~ん、とねぇ……実は私も地球にいたときのことってあんまり覚えていないんだよね。漫画とかゲーム、アニメが好きだったのは覚えているけど」
自分がどのような人生を送っていたのか。
それは思い出せない。
それとも、思い出さないだけなのか。
『まんがとかげーむってよくリィンがいっているやつ?』
「そうそう。地球ってさ、こことは違って魔法なんかなくて、魔物も魔獣もいないの」
『平和な世界』
「そうだね。少なくとも、私が住んでいた日本っていう国は平和だったよ。そんな国で流行っていたのが漫画とかゲームとか、ファンタジーの世界。え~っと、どう説明したらいいかな?ここでは普通にあるけど、魔法を使って魔王を倒しにいくみたいな話を読んだり見たりって感じかな」
『魔法とかないのにどうやって?』
「それはほら、想像だよ。火を起こせたらいいなとか、水を出せたらいいなとかそんな感じ」
『せっかく平和な国なのに、争い事が好きなの?』
「いや、別に争い事が好きなわけではないけど……わかんないや。なんでだろうね」
『じゃあ、リィンはなんで好きだったの?』
「好きっていうか、憧れかな。こう、強い魔法を使って悪い魔王を倒すヒーロー、みたいなさ」
『リィンは悪いやつを倒したかった?それが、死んだ理由?』
フリーの疑問が自分の中で響き、遠い記憶が一瞬だけ蘇る。
少しだけ、リィンの言葉が途切れてたき火の爆ぜる小さな音だけが聞こえる。
「死んだ理由は、忘れちゃったな」
いろいろな記憶も、感情にも蓋をして。
リィンはつぶやくように答える。
『ふぅん』
だが返ってきたのはたった一言だけ。
「自分から聞いておいて興味なさそうな反応するのやめてくれます!?」
『実際、そこまで興味ない。なんとなく聞いただけ』
「ひでぇやつだ!」
リィンから怒りの感情が伝わってくる。
自分の本当の感情をごまかすように。
リィンが思い出さないようにしている記憶も、ついた嘘も。
フリーは別段興味ない。
ただ、少しだけリィンのことを知りたいと思った。
そんな夜だった。
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