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神に祈ることはないかな

噂の孤児院は教会から少し離れたところにある。

長い柵に沿って歩き、緩やかな坂道を登り切った、小高い丘の上に建っている。

「これが孤児院?」

「すっげーきれいだな!」

ベアとベンガルが子供らしく素直な感想を述べる。その意見にはフリーも共感した。

確かに、これまで見てきた孤児院とはくらべものにならないほど綺麗だった。

ボロボロで、ひび割れた壁や割れた窓が当たり前だった他の孤児院に比べ、ここは壁も真白で汚れ一つない。割れた窓など一つもなくて、どこも綺麗に磨かれている。

庭にも遊具が少しあり、まったく手入れのされていない伸びきった草などどこにもない。

「さすが、教会が力を入れているだけのことはある。」

教会を見ていたときのように呆けていると、中にいた人物がこちらに気づき、近寄ってくる。

「こんにちは。」

「こんにちは……。」

にこりと微笑みながら挨拶をしてくる神父のような人物に、子供たちがぎこちないながらも返事をする。

「獣人族の子供たちばっかりとは珍しい。どうしましたか?」

「あたしはフリー。この子たち4人をここに住まわせてあげてほしい。」

「ははぁ、なるほど。私は孤児院の院長兼神父のオーセロットと申します。」

丸い眼鏡をくいっと上げながら、オーセロットはにこやかにフリーたちを見る。

「なにやら訳ありのご様子で。まずは話を伺いましょう。中へどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

開けられた門を、ミミが先陣をきって入っていく。

続く子供たちも、ペコリと軽く頭を下げながら入る。

最後に、フリーが入ったところで門がガシャリと閉じられ、鍵がかけられる。

「どうしましたか?」

じっと自分のことを見ていたフリーが気になったのか、微笑みを絶やすことなく問いかける。

「大したことじゃない。さっきまでかかってなかった鍵を、なんでいまかけたのかなと思っただけ。」

「ああ、さきほどまでかかっていなかったのはどなたかの不手際でしょう。基本的にはかかっていますよ。危ないから、というわけではなく念のためですね。なのでかけ忘れることも多いんですよ。」

「そう。」

興味を失ったのか、フリーが少し速足で進み子供たちに追いつく。

『疑ってるの?いい人っぽいけど。』

誰であれ、初対面の人間を信じることはできない。用心はしておくべき。

『ま、そうだよね。』

相手からしてもそう。子供とはいえ、初対面の獣人族の子供たちをこんなに無警戒が招きいれるのは本来ありえない。

『安心して、いざとなったら私がきゅっとしてどかーんしちゃうから。』

いざっていうときはないにこしたことはないけど、いざというときはよろしく。

『お、おぉ、冗談でいったのによろしくされちゃった。』

軽い冗談を交えたやりとりをしている間も、フリーは周囲の気配を探る。

特に怪しいところはない、か。気配も子供たちが大半だし。

案内されるがままに奥へと進み、やがて一際大きな扉の前で立ち止まる。

「ここが院長室です。話は、ここで聞きましょう。あ、ガルム、ちょうどよいところへ。お茶を5つ入れてもってきてくれるかな?」

院長がちょうど通りかかった犬人族の子供に声をかける。

「わかった。すぐにもっていくよ。」

頼まれた子供は嫌な顔一つせずに、笑顔でどこかへ去っていく。

「では、どうぞ。」

部屋の中は質素なもので、真ん中に大きなテーブルが一つあり、奥には仕事用のこじんまりとした机があり、壁の棚には何かしらの書類や本が収められている。

「院長室と偉そうなことを言ってますが、ただの会議室のようなものでね。適当に座ってくれて大丈夫ですよ。」

促されて、ミミたちが恐る恐るといった様子で椅子に座る。

「見たところ、兎人族のあなたが一番年長のようですが、リーダーは彼女ですか?」

彼女ですか?とフリーを示しながら院長がミミに確認を取る。

年長なのは確かにミミだが、リーダーというか中心にいるのがフリーだということは安易に読み取れるようだ。

「は、はい。そうです。それと、私はミミです。よろしくお願いします。」

ミミが自己紹介をし、続くようにキャット、ベア、ベンガルもそれぞれ名乗っていく。

「なるほどなるほど。」

全員の自己紹介が終わり、席についたところでさきほどの犬人族の少年ガルムが全員分のお茶をもってくる。

「やぁありがとうガルム。良いタイミングだったよ。」

「でしょ?褒めて褒めて!」

頭を撫でられて、ちぎれんばかりの勢いで尻尾を振る。

「これからこの子たちとちょっとお話するから、君はみんなと遊んでおいで。」

「うん!」

ガルムは部屋の子供たちに笑みを向けて、そのまま退出していった。

「さて、じゃあ話を聞こうかな。そうだね、まずは、君たちはなぜ子供たちだけで行動しているんだい?」

「この子たちは全員、奴隷商にさらわれた。偶然その現場に出くわしたから助けて、ここまできた。この都は、獣人族でも差別されないと聞いたから。」

淡々と、かつ簡潔に答えるフリー。

「まぁ、予想通りだね。一応法律では獣人族でも許可なく奴隷にしてはいけないと言われてはいるが……悲しいことに人さらいは一向になくならない。」

「それはあなたたち人間が買うから。買い手がいるなら売り手もなくならない。」

「耳が痛いね。」

棘のあるフリーの言葉に、悲し気な顔をして首を横に振る。

「フリー君といったね。君も従属の首輪をされているようだが、君は違うのかい?」

「あたしはずっと前に死んだと思われて捨てられた。契約もその時に破棄されている。」

「それは……。」

ずっと微笑んでいた院長の表情が曇る。死んだと思われて、捨てられたその背景が理解できたのだろう。

「君のことはわかった。なら、ほかの子供たちは?助けたといったがそれはどうやって助けたんだい?もしや、奴隷商を……。」

「私たちが輸送されているときにトライホーンが現れて、奴隷商たちは私たちを囮にして逃げたんです。取り残されて、餌になるだけだった私たちを助けてくれたのがフリーさんです。契約は、おそらくその時死んだと思われたから破棄したのでしょう。」

フリーが奴隷商を殺した、と疑われてはたまらないと思ったのか、普段あまりしゃべることのないミミが声を上げる。

「心配しなくても大丈夫だよ。もし殺していたとしても相手は犯罪者だ。もちろん、褒められたことではないが、因果応報というやつだよ。」

それにしても、と院長が両腕を机につき、溜息をつく。

「こんな子供たちがそんな過酷な運命を強いられるなんてね。神様も無常なものだ。」

「あたしたちは別に神に助けを求めるつもりはない。それよりも、この子たちはここに住める?」

「ああ、もちろんだとも。私たちは、過酷な運命に抗う子供たちを拒否したりなんてしないよ!」

勢いよく立ち上がり、両手を広げながら芝居がかった口調で院長が叫ぶ。

「ここは教皇様が治め、聖女様が守る神の都。人間だろうが獣人だろうが、万人を受け入れる。そして私たちもそんな教皇様の意思を汲む信徒。ここの孤児院は君たちみたいな子が大勢いる。きっと、すぐになじむと思うよ。」

『なんか……教皇=神様みたいだね。』

うん。でも、この子たちが安全に、平和に暮らせるのなら別に構わない。

「ところで、君はどうするんだい?君さえよかったら、君もここで暮らしてくれて構わないよ?」

「あたしはいい。冒険者だし、せっかく自由になれたからもっといろんな世界を見てみたい。」

「なるほど、それは実に素晴らしいことだね。」

腕をおろし、眼鏡の奥で目を細めて微笑む。

「でも、冒険者は過酷だからね。辛くなったらいつでもおいで。」

「ありがと。この子たちも気になるし、たまには立ち寄る。」

「うん、ぜひそうしてくれたまえ。」

あとは子供たちがこの孤児院で暮らしていくためにどうするという話になったので、フリーは部屋を出る。

院長室の前には、子供たちが数人集まっていた。

「なにをしているの?」

さきほどお茶をもってきてくれたガルム少年がいたので、彼に話かけてみる。

「新しい友達が増えるのかなって!」

「お姉ちゃんもここに住むの?」

「あたしは違う。中にいる4人がここに住む予定。」

「そっかー!やったね!」

フリーの言葉を聞き、嬉しそうに去っていく子供たち。

『ほほえましいねぇ。』

「そうだね。」

『フリーもここに住んだらいいのに。冒険したい、なんて私じゃないんだから別に思ってないでしょう?』

「悪くないとは思うけど……。」

『やっぱりなにかひっかかるの?』

「まぁそうかな。」

『野生の勘ってやつか。』

「野生ではないけど。あと、冒険したいっていうのも嘘じゃない。リィンとあちこち冒険するのもおもしろそうと思っている。」

『……!?いつもいつも辛辣なことばっかり言ってくるフリーちゃんがデレた!』

「そういうところはちょっとうっとおしいけど。」

『もう~素直じゃないんだから!このツンデレちゃんめ!』

「うざ」

言わなきゃよかった、と後悔しつつ、フリーは孤児院を後にする。

門を出たところで振り返ると、子供の一人が門に鍵をかけて走り去っていった。

『んじゃ私たちはどうする?』

「せっかく来たし、都をみて回る。」

『おー!いいねぇ!ありがとうフリー!フリーのことだからすぐに宿にいこうっていうかなって思ってた!』

「あたしが寝たらリィンが勝手に出かけるでしょ?結局同じこと。」

『まぁそうなんだけど。やっぱり見て回るなら2人の方がいいじゃない?』

「実質1人」

『も~!1人で無言で見て回るより、2人でいろいろと喋りながら見た方が楽しいでしょ?』

「別に」

『ツンの割合、もう少し減らしてくれてもいいんだよ?』

「別にデレたつもりはない」

教会の前までもどってきて、この都のシンボルとなっている教会を見上げる。

『ほんと立派な教会だよね』

「そうだね」

フリーの返事はそっけなく、そのまま背を向けてしまう。

獣人族は神に祈ることはないと前に聞いた覚えがある。

祈っても、救われないことがわかっているのだ。

祈るだけで救われるのならば、獣人が迫害されるようなことはなかった。

どれだけ祈っても救いを与えない神に、憤りすら感じている節がある。

それがわかっているから、リィンはなにも言わない。

教会の前の大通りがメインストリートで、さきほど通ったときはスルーしてきたが様々な店が建ち、露店も並んでいる。

聖都と呼ばれるだけあって、これまで訪れたどんな町よりも大きく活気に満ちている。

『獣人もいるけど、やっぱり人間の方が多い』

というフリーの声を、リィンは自分の内側から響くように聞いた。

「え!?フリーいつのまに!?」

『人間が多いのはやっぱり苦手』

「そっか。じゃあ、ここは私がしっかりとガイドしてあげるね!」

『自分もはじめてのくせに……』

調子づくリィンにフリーの言葉は聞こえない。

勢いよく駆けだして、人の間を縫って走り、様々な店を見て回る。

見たこともないような装飾品、様々な色の果物、なんの肉かはわからないが、おいしそうな串焼きなど目に入った店の前でいちいち立ち止まる。

「嬢ちゃん、この都ははじめてか?」

「この都はいいぜ。人も獣人も差別なくみんなが仲良く暮らせている」

「こんなに平和なのは、全部教皇様と聖女様のおかげだね」

「特に聖女様は都の守りを維持するために毎日祈り続けているらしいのよ。まだ若いのに立派だと思わない?」

などなど。明らかにはじめてな様子のリィンに、露店の店員や客としていた人がいろいろと教えてくれる。

特に、教皇と聖女について。

2人がどれだけ立派な人で、都の住人から慕われているかこの短い間で十分にわかった。

「なんかもうお腹いっぱいって感じ」

『まだなにも食べてないけど』

「そういう意味じゃなくて。教皇と聖女の話はもういいかなって」

口をひらけばみんな教皇様が~だの聖女様が~だの。

「さすがにもういいって。すごい人なのはわかったけど、私には関係ないし。」

ただ串焼きを買いたかっただけなのに、聖女様の武勇伝を聞かされそうになったので逃げてきたのだ。そのせいで食べ損ねて機嫌も悪い。

「お!冒険者ギルド発見~。一応顔出しておかないとね。」

冒険者ギルドと書かれた看板を見つけ、建物を見上げる。

「……おっきいね」

『前の2倍、いや3倍ぐらいありそう』

前の町にあったギルドは2階だてだったが、ここのギルドは5階ぐらいある。

「なんでこんなに大きいんだろ?人が多いからとか?」

『関係なさそうだけど』

「入ったらわかるか」

白い扉を開き、覗き込んでみると外と同じぐらいにぎわっている。

「争いはなくても依頼はやっぱり多いんだね」

前の町とは違い、獣人の冒険者も多いのでリィンが入ってきてもさほど注目されずにいた。

いや、少しされているかな……。でもこれは、好奇の目って感じだね。

嫌な視線ではない。ただ、まだまだ見た目は少女なリィンが冒険者ギルドに入ってきてから珍しいのだろう。

どれどれ、どんな依頼があるのかな?

新しくきた町で、ギルドに入りその町ではどんな依頼があり、どのような魔物がいるのかを確認する。

これぞ、一流の冒険者ムーブ。

『リィンの珍行動』

ええい!いいところなのに邪魔をするんじゃないよ!

いい気分に若干水を差されたが、気を取り直して依頼書を見る。

「あれ、案外少ないんだね」

中にいる冒険者たちの数に対して依頼書の枚数が少ない。

これだと取りあいになっちゃいそうな気がするけど……。

「ここにいる冒険者たちはほとんどがただの観光だからな。別にこの都で依頼を受けるつもりはねぇのさ」

リィンのつぶやきを拾った冒険者が親切に答えてくれた。

「なるほど。そういうことか。」

依頼の内容も、討伐依頼は少なく雑用のようなものが多い。

「討伐依頼は……残っていたらそのうち受けるとして、今日のところは宿を探そうか」

『それがいい。中から見ているだけだけど、人間の多いところは疲れる』

依頼書から目を離し、ギルドの出入り口の方を見る。

「嬢ちゃんこれから宿を探すのか?」

すると、さきほどの冒険者が再び声をかけてくれた。

「うん、そのつもりだけど」

「やめとけやめとけ。この都で宿なんてそうはとれねぇ。嬢ちゃんも冒険者だろ?だったら、このギルドに泊まらせてもらえばいい」

「え?そんなことできるの?床で雑魚寝とか?」

「ちげぇよ。このギルドの3階から上は冒険者用の部屋があるんだ。多分、まだ空きがあるんじゃねぇか?」

リィンの返事を待たずして、男が受付にいき短い言葉を交わして戻ってきた。

「やっぱりまだ空いているぜ。嬢ちゃんさえ嫌じゃなかったらここに泊まらせてもらいな」

「野宿じゃなかったら場所なんてどこでも大丈夫だよ」

「はっは!そうだな。俺たち冒険者は雨風さえしのげれたらなんでもいい。嬢ちゃんまだ小さいのにしっかりと冒険者やっているな!頑張れよ!」

バシバシと肩を叩いて男が大股で歩き去っていく。

「親切、なのかな……?」

思ったよりもしっかりと叩かれて、少しだけ肩が痛い。

「3階から上が宿泊施設になっているからこんなに高かったんだね」

『宿をとらなくていいのは助かる』

肩をさすりながら改めて、さきほどの男が話していた受付嬢に話を聞いてみる。

依頼を受けるのが条件だが、ちゃんと部屋を借りることができた。

「よかったよかった。これで宿の心配はしなくても大丈夫だね」

『お金の節約にもなるから助かる』

「その分おいしいもの食べられるね!」

さっそく今日のご飯を買うためにギルドの外へ出ると、なにやら騒がしい。

人々が教会の方に走っていた。

「なに?」

「これから聖女様の祈りの時間が始まるんだ。嬢ちゃんも、はじめてなら一回ぐらい見に行ってみたらどうだ?」

今度は別の男が親切に答えてくれる。

この都は親切な人が多いのかな。

教えてくれた男も、ギルド内にいた冒険者のほとんどが教会の方へと歩いていく。

『リィンはいかないの?そういうの好きそうなのに』

「今はそれよりも食い気かな。いまなら並ばずに買えそうだし」

『それはそれでリィンらしい』

「でしょ?」

それに私も、神に祈ることはないしね。

都の住人たちが聖女に気をとられている隙に屋台でさきほど買いそびれた串焼きを大量に購入し、受付嬢が案内してくれた部屋で食べる。

部屋は4階にあり、窓もついているのでそこから教会の様子がよく見える。

多数の人と共に祈りをささげているであろう聖女の姿がある。

白いローブを身にまとい、淡い、白い光を発している。

「おぉ~聖女っぽい」

『ぽいじゃなくて本当の聖女』

「イメージ通りの聖女ってことだよ」

光の粒子が空へと上がり、雨のように降ってくる。

「聖女様の祈り、か」

窓を開け、振ってくる光の粒子をそっと手に乗せると、スゥーっと粒子はリィンの中に入って消えてしまう。

「特になにも変わったことはないか」

『なにを期待していたの?』

「聖女様の加護っていうぐらいだから、なにか特別な力でもあるのかなと思って。魔を祓う効果ぐらいはありそうだけど」

パタンと窓を閉じ、串焼きに専念する。

窓の外では、光の雨が降り続ける。

それは、聖女が祈っている間中降り続いていた。

読んでくださりありがとうございます。


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