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あれから数日が過ぎ、今日は二度目のヒース村へ来訪する日だ。今日までに何度か王城に行く機会はあったが、ルシウス様はお忙しく会うことは叶わなかった。ルシウス様にお会いできない、つまりハーマンにも会えず、あの話の続きもできずにいた。
だが、ハーマンの真意を聞けずとも、わたしのやることは決まっている。第一王子の二度目の暴走を阻止するのだ。そのために彼の暴走のきっかけを調べないといけない。支援物資を荷台に詰め込んだわたしとミーナは、護衛と共に王都を発った。
前回は初めての来訪だったこともあり事前に村へ通達を出していたが、今回は二度目になるので特段事前に通達は行っていなかった。しかし、村に到着すると、突然の来訪にも関わらず多くの人が出迎えてくれた。
村の広場に仮設スペースを作り、光魔法で治癒を行っていく。前回の治癒だけでは治しきれず二度目の治癒を行った人、わたしの訪問以後に怪我や病気を新たに患ってしまった人など順々に対応していった。広場に来てくれた人は一通り診終えたが、おばあさんと第一王子の姿が見えない。第一王子に会いたい気持ちはもちろんあるが、それとは別におばあさんの容態が気になる。おばあさんの腰痛は何度か治癒を重ねる必要があるから、もう一度光魔法をかけたいのに。
近くにいる人におばあさんの居場所を尋ねてみる。確か、第一王子が『マーシャ』と呼んでいたはずだ。
「あの、すみません。マーシャというおばあさんがどこにいらっしゃるか知りませんか?」
「マーシャかい?マーシャなら、今日も村はずれの塔にいると思うよ」
親切なおじさんが微笑みながら答えてくれた。でも、塔にいるとはどういうことなのだろう。『今日も』ということは毎日その塔に通っているのだろうか。わたしが不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、おじさんが付け足す。
「あ、あぁ……でも、あそこは村から少し距離があるし、わざわざ聖女様がいくような場所じゃない。誰かにマーシャを呼んでこさせよう!」
「いいえ!そんなお気遣い頂かなくて大丈夫ですよ。まだ時間も早いですし自分で行ってみます。ちなみに、マーシャと一緒に黒髪の男性もいらっしゃるかしら?」
第一王子の話題を出した途端、分かりやすいくらいに周囲に緊張がはしった。
「マーシャの治癒をした時に、遠目だったけど黒髪の男性が一緒にいたのを見かけたので……」
少しの沈黙が訪れる。先ほどまで活気に溢れていた広場が、今は目を閉じたら誰もいないのではないかと思わせる静けさだ。
おじさんが、少し躊躇いながら言葉を紡ぐ。
「そ、そうだったか……悪いことは言わん。あまり近寄らない方が良い」
想像もしていなかった回答にわたしは驚きを隠せなかった。理由を詳しく聞こうとしたが、それを遮るようにおじさんは突然元気に言い放った。
「なんだか辛気臭い雰囲気になったな!マーシャを呼んで来るから少しここで待っててくれ!」
そう言って、おじさんは逃げるかのように広場からさっさと出ていった。呆気にとられ立ち尽くすわたしに、先ほどまでおじさんと話していたおばさんが少し気まずそうに声をかけてくれた。
「ごめんなさいね。あの人も悪気があるわけじゃないのよ……」
申し訳無さそうに視線を逸らすおばさんを見て、何か事情があるように思えた。無理強いはしないが話せる範囲で話して欲しいとお願いすると、おばさんは周りの視線を気にしながら小声で話し始めた。
「わたしはね、実はこの国の出身じゃないのよ。あの人に嫁いだ時にこの村に来たの。だから正直詳しい話は知らないのだけど、噂で聞いた話だと、彼……人殺しらしいのよ」
周りの雰囲気は相変わらずで、活気は消え去りみんなこちらの様子を伺っているようだった。この様子から察するに、おばさんの話はこの村では周知の事実なのだろう。
「関わったら不幸になるって、みんなそう言ってるわ……」
おばさんはそう言うと、そそくさとどこかへ行ってしまった。この件には関わりたくないという意思表示でもするように、気づくと賑わっていたはずの広場は閑散としていた。残されたわたしとミーナは一度視線を合わせたが、お互い話すべき話題が見当たらずマーシャを呼びに行ってくれたおじさんを大人しく待つことにした。
数分間か数十分間か、重たい沈黙のせいで時間感覚が鈍りだした頃、広場に来客が現れた。
この場の空気とは対象的な軽やかな足音と共に登場したオレンジ頭の男の子は、一直線にわたしの方へと走ってきた。広場の雰囲気など一切気にしていないのか、それとも気づいてさえいないのか、満面の笑みでこちらを見ている。
「あなたがばあちゃんの腰痛治してくれた人すか!俺、ピーターって言います!あれから、ばあちゃんびっくりするくらい元気で!本当にあざーす!!」
あまりに勢いのあるお礼に驚いたが、この場の雰囲気を一瞬で変えてくれたことはありがたかった。彼の元気な声につられて、わたしもいつものように会話することができた。
「とんでもないわ!それにまだ完治した訳じゃないのよ?まだ無理は禁物なんだから」
広場を一瞬で明るく染め上げた彼のエネルギーは止まらない。わたしの手を両手で掴み激しすぎる握手をする。すごい勢いで上下する腕は、このままでは取れてしまいそうだ。
「いやいやいや!全然十分す!あざっす!まじであざっす!!」
そろそろわたしの腕と別れを告げる時が迫ってきたところで、もうひとりの来客が現れた。
「何しているんだい!やめなさい!」
オレンジ頭をパシッと叩きながら登場したのはマーシャだった。確かに彼の言う通り、先日会った時よりもだいぶ顔色が良く見えるし、一人での歩行も問題なくできている。
マーシャが登場したことで始まった二人のやり取りはまるで漫才でも見ているようで、わたしもミーナも笑いを堪えずにはいられなかった。二人の漫才を見ていると、二人の仲の良さが見て取れた。
笑い出したわたしたちを見て、マーシャが困ったような楽しんでいるような顔で言う。
「まったくもう。落ち着きのない孫でごめんなさいね」
「とんでもないです。それより、おばあさんの体調が回復したみたいで良かったです。今日も、もう少し治癒させていただきますね!」
元気に会話するマーシャを見るとだいぶ体調が良くなったことは事実のようだが、まだ完治はしていないはず。症状が改善しているうちに、治癒を重ねて完治に近づけたい。腰のあたりに手をかざし光魔法を込める。魔法が発動してる周辺がぼんやりと白く光る。
「すげーーっ!光ってる!本当に光魔法なんすね!すごい!すごいっす!」
光魔法を初めて見たのか、ピーターのテンションは最高潮を迎えていた。登場シーンからエネルギー全開だったが、今はそれを優に超える声量で叫んでいる。間近で見つめられながらハイテンションで『すごい』を連呼するピーターに少し集中が削がれる。
気を遣ってくれたのか、マーシャが近くに立っていた護衛の一人に話しかける。
「すまないんだが、ちょっと孫を外に連れてってくれないかい」
護衛は頷くと、ピーターを外に連れ出してくれた。ちょうどいいので、今のうちに持ってきた物資の荷解きをやって来てほしいと他の護衛たちに依頼した。
今なら第一王子のことを聞けるかもしれない。
「あの……おばあさん…」
先ほどの村の人たちの態度が脳裏をよぎり、何と切り出すべきか迷う。しかし、おばあさんはわたしが言い終わる前に全てを察してくれているようだった。
「坊ちゃんでしたら、この前の草原におりますよ。お嬢さんに会った日から毎日です」
「毎日…?」
「ええ。文字通り毎日、夕方になるとあの草原に行って夕日を見つめておるんですよ。久々の再会が相当嬉しかったんでしょうねえ」
再会……??
「こうしちゃいられません。もうわたしの治癒は大丈夫ですから!今のうちに裏口から出ていきなさい!見つかったらうるさいからね」
「あ、でも……」
斜め後ろで控えていたミーナの方を振り向く。
「メイベル様、行ってきてください!わたしには何がなんだか分かりませんが、きっと大事なことなのですよね。護衛たちも外で荷解き中ですし、今なら大丈夫です」
微笑みで見送ってくれるミーナ。
「ありがとうミーナ!わたし行ってくる!」
裏口を出てすぐ林に突っ込み、そのまま一直線に同じ道を走り抜ける。この前と同じ道を走っているのに、この前とは全然違う感情だ。不思議と高揚感がある。光の差し込むこの綺麗な緑の中を走る気持ち良さからか。魔王を止めるための糸口を見つけたからか。それとも、この先に彼がいるからか。
林の中を進んだ先は木々が開け、草原が広がっていた。おばあさんの言った通り、彼は草原の真ん中で空を見上げ立ち尽くしていた。
夕日の光を受けた彼の表情は見ていられないくらい切なく、こちらの胸が締め付けられるようだ。
ーー放っておけない。
そう思ったわたしの足はどんどんとスピードを増していった。
わたしの足音に気づいた彼はこちらを振り返ったが、時すでに遅し。前回とは違い、全速力で走ってきたわたしから逃げる余裕はなかった。予想外だったのは、わたしのスピードが思ったより出ていたこと。
目測を誤り、勢いそのまま彼に突っ込んでしまった。反射的にぎゅっと目を閉じ、これから迎えるであろう地面から打撃に心の準備をする。
しかし、想定していた痛みがやってくることはなかった。
ゆっくりと目を開けると、目の前に彼がいた。全力で突進したわたしと、そのわたしを何とか支えようとした彼。結果的に、彼を思い切り押し倒したような形になってしまった。
倒れた勢いであの顔面を覆っていた前髪が全て上がり、顔がよく見えるようになっていた。
「やっぱり……第一王子……!」
「……!帰れ!!」
彼は覆いかぶさるわたしを押しのけると、すぐに前髪を元に戻し、顔が見えないように必死に覆い尽くす。小さくしゃがみ込み、髪で顔を隠すその様子は、何かに怯えて隠れる動物の仕草のように見えた。
これが、あの魔王だというの……?怯えているように見えるこの第一王子が、あの恐ろしい魔王になるなんて信じられない……
信じられないが、このままではあの悲劇が起きるのだ。
今のわたしにできることは、第一王子を知ることだ。何がきっかけで彼が二度目の暴走にいたってしまったのか、それを突き止めなければ。
「ねえ。わたし、あなたのことが知りたいの。あなたのこと教えて??」
そう言って、今度はわたしが第一王子に手を差し伸べる。この前、蹲るわたしに手を差し出してくれた時と立場が逆転していた。
髪をくしゃくしゃする手が止まり、驚きと困惑の表情でこちらを見つめる第一王子。止まった手がこちらに伸ばされたように見えたが、すぐにそれは引っ込み強く握られた拳は彼に方へ戻っていった。
「もう!じれったい……!!」
こちらに伸ばされかけた手から、わたしへの拒絶がないことは分かった。何か別の理由で、わたしの手をとることを躊躇したのだろう。だが、そんなことは関係ない。彼が嫌がっていないのであれば、もう待っている理由はなかった。
わたしは両手を伸ばし、引っ込んで行った拳を包み込む。
「はい!これでこれから友達ね!!お互い少しづつで良いから知り合っていくの!分かった!?」
じれったくなったわたしは、少し無理矢理ではあるが握手に持ち込んだ。第一王子は驚きの表情で握り合う手を見つめていたが、わたしの勢いに負けたのか申し出を受け入れてくれたようだった。
少しの間の後、わたしと視線を合わせると、少しだけ微笑んだように見えた。前髪の隙間からしか見えないが、その温かい眼差しにトクンと胸が脈打った。心臓のあたりがじんわりと温かい。そういえば、この前会った時も同じように胸のあたりが……
「今日はもう遅いから帰れ」
ぶっきらぼうな第一王子の言葉に、わたしは従うつもりはない。これから彼のことを知れるというのに、今から帰るなんて嫌だ。
遅くなると危ないと言う彼。
結界を張れば問題ないと言い返すわたし。
彼からは言葉の代わりに、じとっとした視線が返された。その圧に押し負けたわたし。
「わ、分かったわよ!今日は帰ります。次会った時は質問攻めだから、覚悟しておきなさいよ!」
「あぁ。分かった。楽しみにしている」
そう言う彼は、今までに見せたことのない穏やかな笑顔だった。初めて見る彼の表情に頬が熱くなるのを感じた。
走ってきた林を二人で広場の方へと戻る。広場の近くまで送ってくれるという申し出を断る理由はなかった。
わたしが飛び出してきた裏口には、ミーナ、マーシャ、ピーターの三人が立っていた。
「あらあら。ちゃんとお話できたようで良かったですね、坊ちゃん」
「坊ちゃん、すごい嬉しそうっす!!」
にこにこ笑顔のマーシャとピーターを見つめる第一王子の視線は、余計なことを話すなとでも言いたげだ。
「メイベル様、おかえりなさい!無事にお戻りになられて良かったです。夕日も落ちてしまいましたし、そろそろ帰りましょう!」
「ただいま、ミーナ。ええ、今日はもう帰りましょうか!」
近いうちにまた来ると言い残し、わたしたちは王都への帰路についた。
タイムリープして以来、謎ばかりの霧の中で時間だけが過ぎていく感覚に焦りを覚えていたが、今日はあの悲劇を止めるための第一歩を遂に踏み出せたような気がする。帰路の馬車で、わたしは充実感のなか眠りについた。