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ヒース村を出るのがだいぶ遅くなってしまい、馬車の外はもう真っ暗だ。王都へ戻るには人気のない山を通過する必要があり、魔物や獣に襲われないよう馬車を光魔法の結界で守りながらの帰路となった。普段の倍以上の魔力を使ったはずだが、不思議と魔力消費による疲労感は全くない。ヒース村のみんなの笑顔のおかげか、単にわたしの魔力量が異常なだけか。
「ヒース村への訪問はいかがでしたか?」
やや疲労の色が伺えるが、ミーナの表情からは今日一日の充実感が見て取れた。わたしもきっとミーナと同じような表情をしているのだろう。
充実感とともに、今日感じたのは責任感。光魔法を必要としている人がまだこの国にはたくさんいる。王都から離れた場所に住んでいようと、みんなこの国の国民なのだ。今回は急遽思い立っての訪問だったが、正直この一回で終わりたくない気持ちでいっぱいだった。素直に今の気持ちをミーナに伝えてみる。
「今日は本当に学びの多い一日だったわ。この国のためにわたしができること、やらなければならないことがたくさんあるって気付かされたの。それでね、いつも突き合わせてしまって悪いのだけど……まだ放っておけない人が何人かいて……」
「メイベル様、また行きましょう!わたしはどこでも一緒に着いていきます!次に行くときは支援物資も準備して持っていきましょう」
わたしが言い終わるか言い終わらないかのうちに、食い気味な返事が返ってきた。いつもわたしのわがままに付き合ってくてありがとう、ミーナ。
そして、もう一つずっと気になっていることがある。ヒース村で会ったあの男性だ。この国では珍しい黒髪に、青色の瞳。あれは第一王子に間違いないはず。ハーマンは第一王子の居場所を伝えたかったということだろうか……
わたしが小さい頃に第一王子は王城を追放されたため、しっかりとお会いしたのは今日が初めてだった。噂で聞いていた彼は、命を奪うことさえ厭わない冷酷な人物だった。しかしわたしが今日見たのは、おばあさんを心から労り支える男性だった。転んで蹲るわたしに手を差し伸べてくれた彼が、噂に聞いたような人物とは到底思えなかった。あれが本当に魔王なのだろうか……
彼が王城を追われるきっかけとなった最初の暴走。あの事件は第一王妃様、つまり彼の母親の死が原因だった。何か強い衝撃や悲しみをきっかけに暴走してしまうのかもしれない。では、二回目の暴走のきっかけはなんだったのだろうか。
「お嬢様、何か考え事ですか?」
急に黙ってしまったので、ミーナが心配しているようだった。タイムリープ前の魔王の話も、今日の第一王子の話もどう伝えたら良いのか分からない。わたしは結局、少し疲れてしまったと伝えた。
「今日は長旅になりましたからね!ゆっくりお休みください。王都に着いたらお声がけいたしますね」
ミーナにありがとうと言い、そのまま静かに目を閉じた。一人で考えてみても答えはでそうにない。
明日は講義のために王城へ行く予定なので、ハーマンに会えるかもしれない。なぜ急にヒース村の話をしたのか、直接聞いてみよう。
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目を覚ますとカーテンから光が差し込んでいた。昨日のわたしは王都に着いてから、そのまますぐに就寝したようだった。帰りの馬車に揺られる中で急激な睡魔に襲われ、王都に着いた後の記憶がおぼろげだ。
いつも通りミーナの手際の良い仕度で、朝食後すぐに外出の準備は完了した。すぐにでもハーマンに質問しに行きたいところだが、まずは王城で講義を受けるのが先だ。
講義中も、先生のお話に集中しているつもりが、頭の隅にはどうしても第一王子の件がちらついてしまった。それでも無理矢理に頭を切り替え、講義の内容理解に努める。
「さすがメイベル様、いつもその飲み込みの早さに驚かされます。本日の内容も完璧です」
先生にお褒めの言葉を頂き、今日の講義は終了した。いつも分かりやすく教えてくれることで助かっていると伝えると、先生は微笑みながら挨拶をし、部屋から出ていった。
わたしが講義を受けている間は、基本的にミーナも護衛も部屋の外で待機している。先生が出ていった今、一時的に部屋の中はわたし一人だ。この後はルシウス様とのお約束があったはず。紅茶の準備でもしているのか、ミーナはまだ部屋に入ってこない。束の間の休憩に一息つく。
コンコンーー
ドアをノックする音とともに現れたのはハーマンだった。
「ルシウス様が少し遅れるとのことです。申し訳ないのですが、もうしばらくお待ちください」
まだ姿を見せないミーナ。偶然にも部屋にはハーマンとわたしの二人だけになり、昨日からずっと考えていた疑問を聞くチャンスが訪れた。
「ポラリネの花、とても綺麗だったわ」
「見られたのなら良かったです」
わたしの言葉に少し驚いた表情を見せたハーマンだったが、すぐ冷静な顔に戻り淡々と返事をされた。我慢できずわたしは核心に触れる。
「やっぱり、あの御方は……」
「どうかあの御方をお救いください」
わたしを遮るようなタイミングでハーマンが静かに、しかし力強く言う。
やはり……!わたしが会ったあの黒髪の男性は第一王子だったのだ。もっと聞きたいことがある。どうにか二回目の暴走の理由を突き止めなければならない……!身を乗り出しながら次の質問を投げかけようとしたその時。
コンコンーー
再び響くノック音に、二人同時に扉の方を振り返る。
「メイベル、待たせて悪かったね。今日も君に会えて嬉しいよ」
少し遅れてきたルシウス様が、いつもの輝く笑顔で入口に立っていた。ハーマンは何事もなかったかのようにさっと入口の方へ向かい、ルシウス様に一礼すると壁際に移動した。
出しかけた言葉は口の中で行き場をなくし、静かに飲み込まれた。
入口からこちらに向かってくるルシウス様。しかしいつもの笑顔が急に曇る。
「メイベル……目の下に隈ができているね。無理してないかい?」
こちらに歩いてきた勢いのまま、眉間にシワを寄せ、私の目元を覗き込むルシウス様。ルシウス様とわたしの間の空間がほぼなくなり、綺麗なお顔がこちらを見つめている。
「ルルルル……ルシウス様……!近すぎます……!」
改めて近くで見ると、本当に美しすぎるお顔だ。こんな距離で見つめられたら、心臓がいくつあってももたない。必死に近すぎると訴えているのに、ルシウス様は全然離れてくれる様子がない。むしろ、さっきより笑顔になっている気すらする。
「メイベルはやっぱりかわいいね」
変わらぬ近距離で、ニコッと笑いながらとんでもないことを仰る。もうそろそろ心臓の限界が見えてきたとき、今日三度目のノックがなった。
コンコンーー
「紅茶をお持ちしました!」
ミーナ……!今日聞いたノックの中で一番素敵なノックだったわ!ナイスタイミングで入ってきてくれたミーナに感謝しつつ、ルシウス様を見る。いつの間にか先ほどの場所にルシウス様のお顔はなく、いつも通りの距離に戻っていた。
「残念、人が来ちゃったね」
いたずらっ子みたいな表情を見せるルシウス様。さっきまでハーマンも部屋にいましたし、ご自分のお顔がどれだけ綺麗かも自覚していないし、ルシウス様は心臓に悪すぎる……
わたしが王城に来るということで、少しの合間時間にティータイムを設定してくれたルシウス様だったが、お忙しい方なのでそう長くはお話していられず、紅茶を一杯飲み終える頃にお仕事に戻っていかれた。
ルシウス様とのお約束を終え、もう王城での予定はないのでミーナとわたしも部屋を出て、そのまま帰路についた。帰り道はミーナとガールズトークで盛り上がった。
「もう!ルシウス様ったら、今日も意地悪だったんだから」
わたしがそう言うと、ミーナはニヤニヤしながら仲良しそうで何よりです、なんて言う。ミーナ曰く、あんなに才色兼備でかつユーモアまでお持ちの方はそういないらしい。
「お二人の楽しそうな姿を拝見し、将来も安泰だなと日々思っております」
ミーナはまるで自分の幸せかのように笑顔で言う。
そうね、将来。わたしはルシウス様と良い国を築いていく。良い国になれば、ミーナはもちろん、国民みんなが幸せに暮らせる場所になる。
でも、そのために……わたしは会いに行かなくちゃ。