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 いつもお忙しいルシウス様だが、今日は少しだけお時間に余裕があるとのこと。護衛のハーマンに小声で何かを伝えると、ハーマンは珍しい香りの紅茶を持ってきた。国務で訪問した地で見つけた特別な茶葉で淹れた紅茶だと説明してくれた。


 『国務』という単語が記憶を呼び覚ます。ルシウス様が大怪我をされて帰国した時、あの時も確か国務の訪問帰りだったはず。第一王子の突然の暴走に遭われて、重度の火傷を負われた日。どのような目的で、どこを訪問されていたのだろう。


 そもそも、どうして第一王子は急に暴走しだしたのか。第一王子との再会は偶然だったと仰っていたから、国務とはおそらく関係ないはず。わたしが知っているのは暴走し魔王となった後の話だけで、暴走の理由は知らない。


 暴走を阻止することができれば、あの悲劇は避けられるかもしれない。そのためには、なぜ暴走したのかを知る必要がある。


 問題なのは、誰も第一王子の話をしたがらないということだ。わたしの推測では今は第一王子が魔王になる前に戻ってきているはずだが、第一王子は過去に一度暴走しているため、既に触れてはいけない話題なのだ。タイムリープする前のわたしも、第一王子の話題など一度も出したことはなかった。


 しかし、あの悲劇を止められる可能性があるのならやれることはやりたい。ルシウス様はお優しい御方だし、きっとお許しくださるはず。迷っていては時間だけが過ぎ、あの日が来てしまう。あの時の後悔は絶対に繰り返さない。そのために迷いは捨てるんだ。


 心を決めてルシウス様に禁断の話題を出す。


「ルシウス様。実は折り入ってお伺いしたいことがあります。どうかお気を悪くされないで欲しいのですが……」


 ルシウス様はいつもの輝く笑顔でこちらを向き、少し首を傾げながら穏やかに言う。


「急に改まってどうしたんだい、メイベル。僕が君に怒ったことが一度でもあったかい?聞きたいことがあるのなら、何でも言ってごらん」


 やはり聞くならルシウス様しかいない。仰る通り、わたしは一度もルシウス様が怒った姿を見たことがない。緊張で早くなっていた鼓動が、今のお言葉で少し落ち着いた。先ほどよりリラックスしたわたしはあの話題に触れる。


「実はお伺いしたいことというのは、第一王子の……」


 瞬間に空気が凍りつき、周囲の雑音が消える。心臓の音がうるさい。あまりの空気感の変化に、口から出た言葉は途中で途切れた。


 ゴクリ。


 静寂が占領した部屋に、唾液を飲み込んだ音が響くようだった。咄嗟に謝罪の言葉を繋げる。


「ご、ごめんさない」


 ルシウス様は穏やかな口調を崩さず、急なことに驚いて変な空気にしてしまった、と謝罪の言葉を口にした。謝りつつ、中断されてしまった話の続きを促すルシウス様。しかし凍りついた空気に耐えられず、本題を聞けないわたし。


「あ、ええと、大したことではないのです……。ただ建国記念日が近づいてきましたので、今年もいらっしゃらないのか、と思いお聞きしてしまいました」


 わたしのしどろもどろな返答に、心配することは一切ないから気にしないで良いと微笑む。この話はこれ以上続かず、終わりを迎えた。


 国家規模の被害を出したあの暴走は、王家の名誉に大きな傷をつけてしまった。ルシウス様がどのような想いをされたかは計り知れず、許せるはずもない。自分の不用意な発言を反省する。気分を悪くされたであろうルシウス様はそれでも笑顔で話しかけてくれる。


「君と過ごしているといつも時間があっという間に過ぎてしまうね。もう行かなければならない時間だ。僕はしばらく建国記念日の準備で忙しくなってしまうけれど、君が王城に居るときはできるだけ顔を出すようにしよう。見送りはいいから、ゆっくり紅茶を味わっておくれ」


 そう言い残し、ルシウス様は部屋から出ていかれた。一度ソファに戻り腰を下ろす。テーブルの上にある紅茶からは心地の良い香りが漂っている。ゆっくりと口もとに運び、香りを味わいながら飲んでみる。王都にあるどの紅茶とも異なる味わいだが、甘みの中に少し混じる酸味が癖になりそうだ。


「メイベル様」


 わたしを呼んだのは部屋の隅で待機していたハーマンだった。ルシウス様付きの護衛なのに、なぜまだ部屋に残っているのだろう。


「ヒース村のポラリネがちょうど見頃の時期らしいですよ」


 不思議に思っていたところに、突然の話題を振られ、戸惑いながら答える。


「そ、そうなのね。機会があれば行ってみるわ、ありがとう」


 それだけ言うと満足したのか、ハーマンは扉を開け出ていった。


 急になんだったのだろう。ヒース村でポラリネが見頃の時期を迎えている?ヒース村と言えば国の北端に位置する村で、やや寒い地方のためポラリネは咲かないはず。ポラリネは暖かい気候を好む花で、我が国のシンボルとなっている。『誠実に』や『真実を』を花言葉として持っており、王家が国民への誠意を示す意味で建国記念日にポラリネを装飾に使うパレードもあるぐらいだ。


 ヒース村でポラリネが咲かないことは、ハーマンだって知っているはず。もしかすると、ハーマンはわたしに何かを伝えたかったのかしら。何かの暗号……?ヒース村に何かがある?

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