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「お嬢様、大丈夫ですか?」


 ミーナの声がわたしを現実に引き戻した。記憶を辿っているうちに、考え込みすぎてしまっていたようだ。朝から様子のおかしいわたしを見て心配しているミーナ。今日のスケジュールを変更するかと尋ねられたが、ルシウス様との約束をキャンセルするわけにはいかないので予定通りで問題ないと伝えた。


 目を覚ましてから頭が混乱しているが、しっかりしないとミーナや周りのみんなに心配をかけてしまう。ひとまず今日のスケジュールに集中しよう。頭の中を一度空にし、ルシウス様との打ち合わせのことを考える。


 気持ちを切り替えていると、ドアをノックする小気味よい音が部屋に響いた。ルシウス様がお待ちになっていると、遣いの者が知らせに来たのだった。


 脳内整理をしている間にミーナが手際良く仕度を進めてくれたため、気づくとメイクも髪型も綺麗に仕上がっていた。わたしの身の回りのことを任せたらミーナの右に出る者はいないだろう。長年一緒に過ごし、わたしの好みを完全に理解してくれている。鏡に映る自分の姿を見る。メイクの色合いも髪型のセットもわたしの好みに沿いつつ、季節感や流行りも取り入れてくれている。今日のメイクは薄ピンク基調でまとめたふんわりとした感じの印象だ。


「お仕度ばっちりです!ルシウス様がお待ちですし、行きましょう!」


 ミーナの言葉に軽く頷き、立ち上がる。こんな風におめかしするのはなんだか久しぶりで明るい気分になる。一方で気がかりなのが噛み合わない会話だ。消えた魔王の存在。傷跡のないミーナ。まだ何が起きているのか理解できていないが、ルシウス様にご迷惑をおかけしないようにしないといけない。


 呼びに来てくれた遣いの者に連れられ、ルシウス様の待つお部屋に到着した。遣いの者が、中のルシウス様にわたしの到着を告げる。ソファで待っていたであろうルシウス様は立ち上がり、わざわざ入り口で出迎えをしてくれた。


「おはようメイベル。今日もとても素敵だ」


 輝く笑顔で挨拶をしつつ、わたしをスマートに部屋の中へエスコートしてくれる。


 ルシウス様との婚約は、わたしたちが幼い頃に陛下によって決められた。幼かったわたしはその意味をしっかりとは理解できず、これからルシウス様と国を守っていくんだと漠然と思っていた。


 成人してからは貴族の催す夜会やパーティーに招かれることが増えた。もちろんルシウス様と一緒に会場に入るわけだが、彼の美貌は毎夜参加者たちを騒がせた。


 彼の透き通るような銀髪は夜の月明かりを受けて神秘的に輝き、すっと伸びた背筋とくっきりとした目鼻立ちは絵本に登場する王子様そのものだ。しかもそんな外見からのイメージと対照的に、実際に話してみると気さくで笑顔が素敵な御方。彼の美貌に一目で釘付けになった女性たちは、ギャップとも言えるコミュニケーション能力でルシウス様に完全に魅了されていた。


 国のために王子としての責務を果たす責任感。世の女性を魅了する美貌と笑顔。すべてを兼ね揃えたルシウス様を婚約者に持つわたしはとても恵まれている。


「僕なりにドレスを見繕ってみたんだ。一緒に見てくれるかい?あまり多すぎると選ぶのも大変だと思うから、君に似合いそうなものに絞ってみたつもりなんだが、それでもまだ五十着くらいあるんだ」


 少し困ったような笑顔を見せるルシウス様。事前にドレスを見繕って下さったなんて、本当に気遣いのできる優しい御方だ。わたしのために時間を割いてくれたことに改めてお礼を伝え、二人でドレスの展示されているスペースに移動する。


 五十着以上のドレスは色合いごとに並べられグラデーションを作り、取りつけられた装飾品たちが光を反射しキラキラと輝いている。部屋の隅から隅までカラフルに埋め尽くした様はまるで大きな一枚の壁紙のようだ。一着一着のドレスに目を向けるとどれも上品な色合いで、あしらわれている装飾品も大きすぎず洗練されたデザインだ。ドレスを順に眺めていくと好みのものばかりで、ルシウス様がわたしのために見繕ってくれたという言葉を思い出させた。


 だが、なぜかどのドレスも既視感がある。以前に見たことがあるような気がしてならない。わざわざ建国記念日に向けて新しくあつらえたと考えると違和感があった。流行りを意識し作られているのか、細かい部分は違うものの似た系統のドレスが多く並んでいる。肩のラインが少し見えるような胸元の開いたデザイン。色はやや原色に近い濃い色合いのもの。合わせて羽織るベールはシルクのように滑らかな、だがやや透明感のある生地。


 端から順に眺めていると、一着のドレスに目が留まった。深いワインレッドで、細身の作りにスリットが入っているのが特徴的だ。このドレスがわたしの目を引いたのは、そのデザイン性からくるものだけではなかった。確かに他に並ぶドレスと比較し、わたしはこのドレスがとても気に入った。そして五十着の中からこの一着に決めたのだ。過去に。


 ドレスの前に立ちじっくりと確認してみる。間違いなくこのドレスはわたしが選んだものだ。一度試着し、仕立て屋に裾周りのお直しを依頼したが、結局、その後の魔王騒ぎのせいで建国記念日自体が中止になり完成したドレスに腕を通すことはなかった。


 噛み合わなかった会話、節々に感じる違和感。点と点が繋がり、いま線となった。わたしは過去にタイムリープした。そう仮定するとすべて合点がいく。魔王の現れる前に遡ったとすると、ミーナが魔王を知らなかったことも、左腕に傷跡がないことも説明がつく。


 記憶を手繰り寄せる。確か、わたしがこのドレスを選んでから数か月後。そう、三か月後くらいだったはず。魔王との戦争が始まったのは。


 もし魔王が襲ってくる前の時間に戻れたのだとすると、これはチャンスなのではないか。この三か月の間に魔王を止めることができれば、あの結末を変えられるかもしれない。ワインレッドのドレスの前に立ち尽くしたまま、わたしの脳はフル回転していた。


 ふと冷たい何かがおでこに触れた。驚いて顔を上げると、ルシウス様が目の前に立っていた。冷たい感触の正体はルシウス様の手で、わたしのおでこにあてられている。普段見ることのない近距離で目が合い、心臓が飛び跳ねる。ルシウス様の手がより冷たくなったように感じるのは、わたしの顔が熱を帯びたせいだろうか。


「大丈夫かい、メイベル。心ここにあらずのように見えたけど、体調が悪かったりするかな?もしそうなら、遠慮なく言ってくれて構わないよ」

「あ、だだ、大丈夫です……!ご心配をおかけし申し訳ございません」


 心臓がうるさく、まともに会話ができそうにないのでお辞儀をするような形で一歩後ろに下がり、ルシウス様との間にいつもの距離を取り戻す。素敵なドレスばかりで一つに決めることができるか悩んでいたとお伝えすると、ルシウス様は目の前にあるワインレッドのドレスへ視線をやった。


「ここにあるどのドレスでも、君が着たら女神のように美しく輝くだろう。その中でも、このワインレッドのドレスは君の白い肌によく映える。もし君が気に入っているのなら、このドレスにしようか」


 ルシウス様がここまで仰ってくださるのに反対する理由はない。そもそもわたしもこのドレスが一番お気に入りだったのだ。結局タイムリープする前と同じドレスを選び、裾直しの依頼をして打ち合わせは終了した。

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