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感じる痛み、苦しさがもたらす熱。
「さま……うさま..….」
――痛い
――熱い
「……お嬢様!……メイベルお嬢様!」
辺り一面を覆いつくしていた暗闇がすっと消え視界に光が戻る。強すぎる光で目が痛いほどだ。痛い……痛むのは胸だ。刺された胸が熱い。
――刺された。
咄嗟に胸を強く押さえる。
止まっていた頭が動きだす。わたし……刺された。胸を刺されてそれから。
「お、お嬢様……?いきなり起き上がるからびっくりしたじゃないですか」
声の主の方を振り返る。光に慣れてきた目が映し出す世界、見慣れたわたしの自室だ。声の主は驚いた顔でこちらを見つめているミーナだった。いつも通りキャラメル色のくせっ毛をお団子に束ねている。三つ年上のミーナは小さい頃からずっと一緒に育ってきた。立場としては主人と侍女となるわたしたちだが、姉妹か友人と言った方が近しい関係性だ。ゆっくりと働きだした脳でミーナに尋ねる。
あの後どうなったのか。
みんなは無事なのか。
魔王を倒すことができたのか。
自分の声が思ったより上擦り震えていた。きょとんとした顔でこちらを見ているミーナに、焦燥から答えを急かしたくなってしまう。
「答えて!みんなはどこにいるの……!」
ミーナの肩を前後に揺らし叫ぶよう問いかける。
「お、お、お嬢様。そんなに強く揺らさないでください。何を仰っているのか全然分からないです……!」
求めている答えが返ってこないもどかしさから、矢継ぎ早に質問を投げ続ける。
わたしはどうやって自室まで戻ってきたのか。
なぜ胸を貫かれて生きているのか。
様々投げかけた質問に対するミーナの回答は想定外のものだった。
「お嬢様刺されたんですか……?」
何を今さら言っているのか。とんちんかんなことを言うミーナに胸元の傷を見せつける。
が、そこに傷跡は無かった。強く押さえつけていたことで付いた赤み以外、異常が見当たらない。胸元に残る感覚、自分の内側から噴き出す熱を思い出す。こんなにはっきりと覚えているというのに、どういうことか傷が見当たらない。
何が起きているのか理解できず助けを求めるようにミーナを見ると、ミーナは心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
見つめ合ったミーナにも違和感を覚える。何かがいつもと違う、おかしい。違和感の正体は服装だった。ミーナが腕の見える服を着ているのだ。グラスを割ったときに残ってしまった傷跡を隠すため、ミーナは長い袖の服しか着ない。
普段は見えないミーナの腕に視線を移す。そこにあるはずの傷は、またしても見つかることはなかった。消えた傷跡について尋ねてみても、ミーナは眉間に皺を寄せるだけだった。
話が噛み合わない、違和感が絶えない、何かがおかしい。思考がまとまらず、次に紡ぐべき言葉が見つからない。沈黙しているわたしへミーナが追い打ちをかける。
「まだ寝ぼけているのですか?今日はルシウス様とのご予定があるのですから、早く目を覚ましてくださいね!」
思考は未だに追いついていなかったが、聞き逃せないワードがあった。
『ルシウス様』
わたしの婚約者であり、この国の王子。銀髪と端正な顔立ちから少し冷ややかな印象を受けるが、とても気さくでいつも楽しいお話を聞かせてくださる。笑顔が輝く素敵な御方だ。そして、わたしを気遣ってくれる本当にお優しい方でもある。
ルシウス様とも小さい頃からの付き合いだが、そうはいってもこの国の王子様であらせられる御方なのだ。その御方と予定があるという話は、そのまま聞き流すわけにはいかなかった。
ミーナに予定の詳細を聞くと、今日はルシウス様と建国記念日に向けて打ち合わせをする日らしい。
「婚約者様と二人でドレス選びなんて、なんだかロマンティックですよね」
さっきまでの不安そうな顔はどこかへ消え、今は夢見心地な顔で斜め上を見上げている。わたしとルシウス様の正装姿でも思い浮かべているに違いない。元気になったミーナは、わたしの様子がおかしいのは体調が優れないせいだと思ったらしく朝ごはんを持ってくると言い残し、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
ミーナが出ていった扉を見つめる。
――傷跡のないミーナ
――消えた魔王の存在
――建国記念日