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そして、ソルハト村へ出発する日がやってきた。
身支度を整え庭に出ると、すでに荷物が詰め込まれた馬車が並んで待機していた。普段の倍くらいの馬車と三倍くらいの護衛を前に、長く王都を離れる実感が湧いてくる。先に庭に出ていたお父様とお母様は、わたしの準備が終わるのを待ってくれていたようだ。
「まったくあなたは。こんなに護衛を準備して!本当に心配性なんだから」
お母様の言葉に、これくらいは当たり前だとばかりの顔をするお父様。それを見て、やれやれと微笑むお母様。
「お父様、お母様。お待たせいたしました」
「来たか、メイベル。何度も言ったことだが、二人とも気を付けて行くんだぞ。休みの日には絶対に行く」
「はいはい。分かりました」
お母様はくすくすと笑っている。二人のやり取りを見ていると、微笑ましい気分になる。
「それでは、そろそろ向かいましょうか」
そう言い馬車の方を振り返るお母様。きっとお母様には見えていないが、お父様は捨てられた子犬のような顔になっていた。そんなお父様に最後の挨拶をし馬車に乗り込もうとしたその時。門から公爵家のものではない馬車が入ってきた。
少しづつ近づいてくる馬車に記された紋章は王家のもの。両親、使用人、護衛、もちろんわたしも含めたこの場の全員が、予期せぬ光景に驚いた。しかし、王家の紋章を前に呆然と突っ立っていることは許されない。すぐに気を引き締め、馬車の中にいらっしゃる方を迎える体勢を整える。この家にいる全ての者に、公爵家の地位に恥じぬ行いが求められるのだ。
馬車が目の前に止まり、衛兵が扉を開ける。中から降りてきたのは、心のどこかで予想していた通りルシウス様だった。家の者全員がルシウス様に向かい頭を下げる。
「突然来てしまいすまないね。楽にしてくれ」
ルシウス様のお言葉は頭を上げて良いという合図だ。皆に合わせわたしも頭を上げたが、前世の記憶が脳内にちらつき、ルシウス様のお顔をまともに見ることができない。
しかし、もちろんルシウス様のお目当てはわたしだ。前まで来たルシウス様が口を開く。
「メイベル、体調は大丈夫かい?知らせを聞いて飛んできたんだ。突然のことで驚いたけど、君の体調が何よりも大事だからね。それに良い機会かとも思っているんだ。申し訳ないけど、結婚後は今ほど自由に遠くへ行かせてあげられないからね。会える機会が減ってしまうのは寂しいが、王都を離れて、一度ゆっくり過ごしておいで」
ルシウス様……いつもの輝く笑顔と優しいお言葉だ。そう、いつも通り。だけど、頭に響くあの笑い声と最後に聞いた言葉……
返事もできないわたしを見かねたルシウス様が言葉を続ける。
「メイベル……?顔が真っ青だ。本当に体調が良くないんだね。引き留めてしまい悪かった。それじゃ僕は行くよ。メイベルたちも気をつけて」
ルシウス様はその言葉を最後に馬車へと乗り込み、王城へと戻っていかれた。その後を続くように、わたしたちの馬車も門をくぐり、ソルハト村へと向かった。
道中の馬車の中、お母様と他愛もない会話をする。最近の出来事や、お父様との面白話、ソルハト村での楽しみなことなど女子トークを繰り広げた。そんな中、お母様からルシウス様の話が出る。
「さっきは突然のことでびっくりしたわね。お忙しいのにわざわざ駆けつけてくれるなんて、本当にルシウス様に愛されているわね」
「そう、ですね」
愛……なのだろうか。わたしたちは世に言う政略結婚ではあるが、関係は良好だと思う。しかし、そこにお母様の言う『愛』があるのか、わたしには分からない。今はあの悪夢や王城での出来事のせいで疑心暗鬼になってしまっている自分がいる。しかし、それを除いたとしても分からない。そもそも『愛』とは何なのだろう。
「お母様。愛とはいったい何なのでしょう」
「そうねえ、とても難しい質問ね。『愛』とは何なのか、その答えはきっと人それぞれなんだと思うの。あなたも『愛』を感じる瞬間がいつか来るわ」
『愛』を感じる瞬間……
「うーん……分かるようで分からないわ、お母様。お母様はいつ『愛』を感じられたの?」
お母様は微笑みながら一度考え込む。幸せな記憶を遡っているようだ。そして、ふふふと、幸せを噛みしめるように笑いながら、お父様との思い出話を聞かせてくれた。
お父様は若い頃からいつも仏頂面で、思っていることを口に出さない人だったらしい。二人の結婚が決められ、初めて両家揃っての挨拶が行われた日。お祖父様に紹介されたお父様は定型文の挨拶以外まったく口を開かず、第一印象は何ともつまらない人となった。
でもある日のデート中、公園を散歩していると、走り回っていた男の子がお父様にぶつかってしまった。ぶつかったと言ってもちょっと当たってしまっただけで、そんなに痛そうではなかったらしい。でも次の瞬間、男の子は大号泣。お父様のお顔を見て泣き出してしまったのだ。
その子を見たお父様は、変わらぬ仏頂面。男の子の前にしゃがみこんだかと思ったら、そのまま持ち上げて、高い高いをするお父様。すると不思議なもので、大号泣だった男の子がきゃっきゃっと笑い始めたのだ。お父様の顔を見ると、先ほどと変わらない仏頂面なのに、どこか優しい表情のように見えたらしい。
「あの瞬間、お父様との将来が見えたの。ずっと添い遂げたいと思ったのよねえ」
顔を少し赤らめながら昔話をしてくれたお母様。かわいらしいと思う反面、羨ましいとも思ってしまった。わたしもいつか『愛』を理解できる瞬間が来るのだろうか、そんな事を思いつつ窓の外に目をやる。
流れる景色はヒース村に向かう道だった。詳しい地理関係までは把握していないが、王都から見て二つの村は同じ方角にある。途中まではヒース村と同じ道で向かうようだ。
ヒース村。第一王子。魔王。連想ゲームのように思考が広がる。今は魔王の誕生を阻止することがなにより優先だ。これからは王都にいる時よりもヒース村へ格段に行きやすくなる。ルシウス様の件もあるが、わたしが今やるべきことは、第一王子の暴走のきっかけを突き止め、そして止めること。
まずは相手を知って、原因になりそうなことを考えてみよう。あの日のルシウス様の国務についても調べてみて、それ自体を止められないかも探ってみよう。
これからの方針は決まった。あとは行動するだけだ。




