団員再会
「あれ、クリス閣下!?」
「クリス閣下、お帰りなさい!」
クリスティーナは晴れない気持ちを少しでも解消したくて、足を向けたのは自身のテリトリー。
ヴィクトール帝国軍指令本部の戦空艇団第三師団区域だ。
クリスティーナの姿を見た団員たちが声をかけ、すぐさま駆け寄ってくる。
そんな姿を見ると自然と笑顔が浮かんだ。
「うわーん、クリス閣下ぁ!」
離れた場所から突撃してきたモニカが、他の団員を押しのけクリスティーナにぎゅっと抱きついた。
「閣下ぁ、閣下―!」
「モニカ、心配かけたわね」
「そうですよ、心配しましたよ! 討伐作戦で怪我をしたって聞いて! だけどすぐに帰って来なくて」
グズグズしながら顔を上げたモニカは、涙と鼻水でぐちょぐちょの顔になっていた。
「おいおい、モニカ。閣下に汚ねぇ鼻水つけんな」
呆れた表情で近づいてきたマルスが声をかけると、ばっと勢いよく離れた。
「はっ、私としたことが。推しを穢すなんて許されないわ!」
「そうそう。離れとけ、離れとけ。クリス閣下、おかえり。無事で良かったよ」
「マルス、迷惑をかけたわね」
「閣下の迷惑ならいくらでもかまわねぇよ。俺たちのボスは閣下しかいねぇだから」
「そうですよ!」
いつも通りの二人のやり取りは、クリスティーナに帰って来たと感慨を抱かせるには十分だった。
思わず笑みが零れた時に視線を感じた。気配を辿ると、目を見開いた副官のエドワードがいた。
「クリス閣下、いつ戻ってきたんだよ!?」
「エドワード。さっき戻ってきたところよ」
近づいてきたエドワードがほっとした表情を浮かべた。
クリスティーナは思わず眉尻を下げた。
「長く第三師団を空けてしまって、ごめんなさい。あなたには負担をかけてしまったわ」
「何言ってんだよ。オレは閣下の副官だ。第三師団を守るなんて当たり前のことだろ。閣下こそ、討伐作戦で怪我は? なかなか帝都に戻らないから心配した」
「もうすっかり治ったわ。その後は別の長期任務に就くことになったから、帝都にはすぐに帰れなかったのよ」
「そうだったんだ。病み上がりの閣下に、総師団長も酷なことをさせるよな」
「わたくしに対してはいつものことよ。頑張ってくれたエドワードには、お休みをたっぷりあげなくちゃね」
「いらねーよ、そんな休み」
「エドワード?」
珍しく強い口調に、クリスティーナは目を瞠った。
「閣下がいない間の報告がたくさん溜まってるんだ。休んでいるヒマなんてねーよ。それに副官としてオレは常に閣下の傍にいないと」
にっこりと笑ったエドワードが一歩距離を詰め、クリスティーナは反射的に後ろへ下がった。
「……エドワード、近いわ」
「そう? 副官に許してる距離だろ?」
副官、という言葉に引っかかる。
同じ副官であるシキを意識しているのだろうか。
クリスティーナにとって彼は婚約者の立場もあり、エドワードとは違う。
(……でも、それももう終わりね)
「エドワード、離れてください! 私の許可なく閣下に近づくなんて、いつから偉くなったんですか!?」
モニカが再び突撃してきて二人の間に割り込んだ。
鼻息荒くエドワードに突っかかるモニカに、マルスは再び呆れた。
「いやモニカより偉いし、そもそもお前の許可もいらんだろ」
「ひどい、マルスさん!」
「そんなことよりも。エドワード、閣下に報告することがあったんじゃねぇの?」
「報告?」
モニカの後ろでクリスティーナが首を傾げた。
「そうだった。閣下、戻ってきたタイミングが良かったよ。実は魔導士団第二隊から、合同演習の申し込みがあったんだ」
「魔導士団第二隊ですって?」
「そうなんだ。ジェレミー殿下がこっちにわざわざ来て、合同演習をしようって話を持ってきたんだ」
(ジェレミーお兄様が直々に来たの? わたくしが不在の時に。タイミングが良すぎるわね)
クリスティーナは内心で訝しんだが、微笑みを崩すことはない。
何か仕掛けてくるつもりなのかもしれないが、もう一人の兄の性格上、読み切れない。
「殿下の話では、ワイバーンの群れが作った新たな巣を発見したらしいんだ」
「またワイバーンの群れね」
「そうなんだ。魔導士団第二隊で対処できるらしいけど、どうせならナウシエト遺跡での討伐に成功したうちと演習を兼ねて共に討伐したいって」
「ジェレミーお兄様がそんなことを言うなんて珍しいわね」
「それは第三師団が魔力なしと言われる師団だから?」
「そうね」
魔力保有量の有無、その強弱が問われる軍において、魔力なしと言われる第三師団は下に見られがちだ。特に魔導士団はそれが顕著だ。
それに、創設時から存在する魔導士団からみれば、次代の皇帝の後ろ盾がある新設の戦空艇団は、気に入らない存在だろう。
「でも、せっかくだから合同演習を受けると返事をしたから」
「え?」
クリスティーナの片眉がぴくりと上がった。
「殿下からその場で返事を求められたし、副官とはいえ、その時点では師団長代理だったしな」
「それはわかるけれど、わたくしが戻ってきてからでも良かったのではないの?」
「身分差のあるオレに断ることなんてできねーよ。公爵令息じゃないんだし」
そうなのだろうとは思う。エドワードの言い分は最もだ。
でもなぜだろう、肩をすくめてそっと溜息を吐く姿に引っかかりを覚える。
「もう返事をしたのなら仕方がないわね。合同演習に向けて準備をしていきましょう」
「了解、閣下」
「了解です!」
エドワードだけでなく、モニカやマルス、その他の団員もクリスティーナに応えた。
第二皇子派が何を考えているのか分からない以上、あえて飛び込み状況を探るのがいいだろう。
それに、とクリスティーナは思う。
自分には軍人としての任務が、第三師団が大切だ。
結婚する気なんてない。戦空艇と一緒に朽ちるのだから。
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