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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
6/33

6#よくある報復劇

「ついてくんなっつってんだろっ」


 後ろを振り向かずにリンカは叫んだ。


 服はもう元のとはいえないが、無地の白シャツと少し大きめの傭兵用の既製服だ。

 あのドレス……スカートよりはマシだから、腰を使用人のひとりにもらった大き目の布を引き裂いてベルト代わりにしている。

 裾は当然ながら引き摺るので大きく三、四つ折りこんで。


 邪魔な鬘を外した後は、心から清々した。

 首を通りぬける涼しい風で、もうすぐ秋が近づいてくるのだとわかる。


 このあたりにくる冬や夏は短く、春や秋の季節は長い。

 熱すぎず、寒すぎず、常春とも思える気候だが、それでも秋の気配というものは感じるのだ。

 人によっては水の匂いや、月の色、草木の成長や、光の角度、風の温度で。


「どうして?」

「俺はひとりでも平気だってのっ」


 強く言い捨てても、ついて来るのはやはりこの男、ディルファウスト王子だ。

 なんの因果か妙に気にいられてしまっているのだ。

 見た目はただの世間知らずの優男。

 しかしその実、かなりの高位魔法使いで、そのうえ高額賞金首のお尋ね者で、遠い遠い西の大国の第一王位継承者で。

 などと、もつ異名さえも多すぎて、ここではもう語る気になれない。


「平気だ大丈夫だといいますけどね、わかってますか?

 貴方はまだ子供で、」


 足元の石をつい蹴ってしまい、それは近くの壁に乾いた音を立てる。


「おん」

「うるっせーよ。

 ついてくんなら、黙ってろ!」


 叫ぶように言葉を遮るとへにゃりと相好を崩し、王子はリンカの隣に立つ。

 そうすると、見上げるような身長で、眩しかった陽光が遮断され、視界がわずかに暗くなった。


 夏の終りの残光は容赦なかったが、軽装のリンカには大したことはない。

 もともとは他の地域に住んでいたとはいえ、ここで一年以上も暮らしているのだ。


 それでも、常春のような気候に慣れてきていたこともあって、強い陽射しは瞳を焼くほどの熱を持っている。

 涼しい風で緩和されているとはいえ、暑いものは暑い。


 まさかわかっていてそっちに立ったんじゃないだろうし、と見上げる表情からは窺い知れない。

 なんでこの男はこんなに機嫌良く歩いてんだか。


「この町では男で通してんだ。

 じゃねーと仕事も減るからな。

 だから、黙っといてくれ」


 小声で釘をさすと、笑いながら答えを返される。


「でも直に通じなくなりますよ?」

「あんたがばらさなきゃいいだけの話だ」


 他に知っているとすれば世話になってる女将ぐらいだが、彼女の口の堅さは信頼している。

 だから、王子一人だけ俺は見張っていればいい。


「でも、リンカに直接言わないだけで気がついてる人もいるんじゃないですか?」


 歩いているだけで集まる視線さえも不快だってのに、その上、まだいうか。


「黙ってろって言っただろ」


 意識して思いっきり低い声で言ってやると、王子は貼りついた笑顔を返して、前に視線を戻した。


 そのまま、俺の視界を遮るように前に立つ。

 風が強く翻り、深い見慣れてしまった森の色のマントが視界いっぱいに広がると、王子の持つ特有の気品ある匂いが香ってくる。


 少し下がろうとすると、その足が止まったので、俺も止まらざるを得ない。


「……オイ」


 邪魔だと云いかけた声を、抑えこむ。

 先ほどまでの朗らかだった空気が、研ぎ澄まされた刃の鋭利さを潜ませてからだ。


 それを放つのは、王子か。

 それとも行く手を遮る不躾な愚か者か。


「どこに行っておられたのですか、殿下。

 探しましたよ」


 聞き覚えのある粘着質なまとわりつく声があたりに響き渡る。

 しかし、丁寧な言葉でありながら、声音は決して敬意など持ってはいない。

 そんなことは俺だってわかった。


 相手を見下す時の、あのイヤな声。

 言い聞かせるというよりも、抑えつけるようなそんな空気は俺が最も嫌うもの。


 刺々しくなりそうなその場所で、場違いとしか思えない言葉が零れる。

 もちろん、王子の口から。


「それはスミマセンね~。

 ちょっと近くまで散歩に行ってました~」


 ちょっと近くまで、姫を取り返しに行ったわけでなく、散歩かよ。

 聞いたところだとずいぶん大掛かりな魔法使ったクセに、それでも散歩というか。


 最初に会った時と変わらない長閑さは、戦意を喪失させるか増幅させるかの二つの効果しかないだろう。

 この場合は当然、後者。


「ほぅ。

 おひとりで?」

「だって~皆さん、なんだかお忙しそうでしたし~」


 のんびりと答える様子に相手がイライラしつつあるのがわかる。


「危険ですよ。

 いくらこんな平和で小さい町とはいえ、仮にも貴方の御身は」

「狙われているのですから、でしょうか?」


 先じて遮る王子に、一瞬相手が息を飲んでいるのがわかる。


 こっそり、王子のマントの影から覗き見ると、やはり見たことのある剣術士どもだ。

 俺の時と同じように、大柄な男を筆頭に後ろに二人が控えている。

 後ろの二人は今にも剣を抜きそうに剥き出しの殺気を放っている。


 対する王子は、また猫を何匹かかぶっているようだ。


 彼らの側から俺の姿は見えないのを幸いに、今度はしっかりをその顔と姿を観察する。

 が、やはりいつも絡んでやられるヤツらと大して違いも見つけられない。


 覚えているのは、その鎧につけられた大仰な紋章。

 王子やシャルダン、カークや姫の服にもそんな紋章があったりしたが、こいつらがつけているのを見ると、到底同じように見えない。

 城ではあんなに威厳をもっていたそれが、ただの安物のオモチャに成り下がっている。


 羽根のような花弁のような渦巻く風のような、不思議な文様。

 光が剣術使いどもの鎧の丁度その部分に照りかえり、白く見えなくなるのに瞳を細める。


「そんなことわかってますよ~。

 だから、護衛をお願いしたんじゃないですか~」


 王子は巧妙に空気までもがらりと変化させ、いっそ見事であるが、王族ってのはそこまでの術を身につけなければならないことがそれほどあるんだろうか。


「それなのにここに来てから、皆さんずいぶんな怪我をなさったというので心配したんですよ。

 このまま本国へ無事に帰れるのかな~って」


 とぼけたように続けつづける様子にさらに殺気が増す。

 煽って何をする気だ、王子。


「もちろん」

「それで、僕なりに考えたんですけどっ」


 相手の言葉を遮って、王子が妙に意気込んだ調子で続ける。

 相手の詰まる様子がわかって、俺も笑う。

 こういうやつを叩きのめすんなら、いくらだって手を貸してやるけどな。


「あなたたちを倒したって人に護衛を頼もうと思いまして!」


 完全に風向きが変わった。


「殿下」


 これ以上もないくらいに疲れきり、呆れかえり、穏やかに見せかけていた空気を殺気に切り替えているのがわかり、野次馬しはじめていた町の人間たちは一歩下がった。


「して、その人は見つかりましたか?」


 俺を見つけてかけよってこようとするチビっ子を手で追いやり、その動作に気がついた近くの女性らが引きとめてくれる。

 万が一でも近づいてこられちゃ、たぶんこれから邪魔になる。


「ええ」


 王子のマントを抜けると、正面から風が吹きつけてきて、視界がはっきりとクリアになった。

 こめかみのあたりを通りぬける風が心地好い勝利を予感させる。


「あなたがたの説明してくださった人とはずいぶん違いましたけどね」


 肩に力強く置かれる手もこの時ばかりは許せる。

 目に見えて、彼等が鼻白む。

 それほどの日数も経ていないし、俺に叩きのめされたことは記憶に新しいはずだ。

 当然、力の差ってやつも。


「また会ったな。

 おっさんら、こないだの怪我はもういいのか?」


 王子がおやっと不思議そうに声を出す。

 まさか俺が乗り気になるとは思っていなかったからだろう。


「殿下、そんな子供と我らは言いましたかな?」


 正面に立つ男はまだかろうじて平静を保とうとしているが、殺気を抑えても抑えきれてないそんな声じゃ、あまり意味はない。


「へぇ~どんなやつにやられたって言ったんだ?」

「そうですね~。

 リンカとは正反対な容姿を言ってましたよ~」

「具体的に言っていいけど?」


 ふふふ、と楽しそうな笑いが聞こえる。


「2メートルはありそうな長身で~筋肉質で~毛深くて~野生の熊のように獰猛な、男。

 と」


 最後の一語に強く力が込められていた気がするけど、それは後で追求するとして。


「まーねー。

 まさかぁ身長一四〇センチもないよーなぁどっこにでもいそうな孤児のガキにぃ三人そろってぇやられたとはいえねぇわな!」


 周囲の野次馬に笑いが沸き起こる。

 小さな村での日常といえど、見ていた人間はここに半数以上いる。


「証人なら、めいっぱいいるぜ?

 剣術士のおっさんたち?」


 こんな小さな町で嘘なんかついたって、すぐにバレるに決まっているのに、ずいぶんとみえみえの嘘をついたもんだ。


「なんだと貴様ァ!」

「剣術士?

 剣術使いといってませんでしたか~?」


 剣を抜いて切りかかってきた男を二人ともが左右に避けると、男は群集につっこんでいく。


「この程度で?

 クラスターってーと、あれだろ。

 ユズグライド流剣術の」


 切りかかってくるもう一人を安々と避けながら、呑気に王子と話して煽る。

 俺と王子は避けるだけで、鈍色の光を放つ三人の剣術士は無様なものだ。

 だんだんと囲む輪は広がりつつあるものの、笑い声は絶えない。


「よく知ってますね~」

「まーね。

 知り合いにそれを使うやつがいたんだ」

「名前は伺っても?」


 聞かれてもここでは答えるわけにはいかない。

 こんなに人の多い場所で言える名前じゃない。

 それが気がつかれないように、加えて牽制の意味も含めて言い返す。


「聞かねえ方が身のためよ?」

「それじゃ後で教えてくださいね~」

「いや、だからさ~」


 しかし、遠回しな言い方は通じないらしい。


「ちょこまかと逃げやがって!」

「いや、俺はそんなに動いてないっスよ?」


 どういってもかわされる剣に、相手も焦りを覚えている。

 三人ともが多い汗を拭いつつだが、俺はこれぐらいじゃ準備運動ぐらいにしかならない。

 なにしろ、自分でいうとおりに片足を軸にしているから動きようもない。

 動くまでもない。


「あ~勝った方に護衛してもらうってことでいかがでしょう?」


 負けた方が王子から逃げられる。

 いいな、それ。


「手を抜いたら、リンカの秘密バラしますよ~」


 仰け反るように振られた白刃を避けて、両足を蹴り上げつつバック転をすると、一人が腹を抑えて唸る。

 続いて突いてきた刃も避けて、手を切らないように気をつけつつ、横蹴をすると、軽く吹っ飛んでゆく。


「ずりぃよ、お……ディル」

「そうですかね~。

 あなたはどう思いますか、隊長さん?」


 急に話を振られても迷惑だろうに。


「……殿下……まさか……いや、そんははずは……」


 軽く頭を振って、隊長は俺と王子を交互に見やる。

 位置的にはどちらへ向かっても距離は一緒だが、果たしてどちらに行く気だろう。

 順当ならリンカの方へ、王子の話が真実なら王子の方へ行きそうなものである。

 注意深く、彼の足元を見つめる。


 あの時とは違って俺を警戒しているからだろう。

 構えはしっかりとしたものである。

 これなら、剣術使いというのも認めてやらなくもない。


「彼は一応、うちの騎士団じゃかなりの腕ですから気をつけてくださ」


 王子が言い終わらないうちに、巨体が動く。

 だが、一瞬の足の動きに俺が気がつかないわけがない。


 ちょうど間めがけて、鋭い蹴りを放った。


「――あ!」


 大切な事を見落としていたと気がついた時には遅かった。


 あんなに見てきたのに、どうして今の今まで忘れていたのだろう。

 それは相手も同じらしい。

 目の前に王子に剣を振りかざしつつも驚きを隠せない表情がある。


 そして、王子の実に楽しそうな、嬉しそうな笑顔。

 小さく周囲に聞こえないように、その誰かが作り上げたような形の良過ぎる口唇が動く。

 そして、他の一切がまったく聞こえなくなる。


「――風の葉 日の葉 我が前の障害を払え――」


 運悪く、その言葉が放たれた時にはすでに、俺は隊長に触れられる位置にまで到達していた。


 小さな竜巻ほどの衝撃が起きて、風に吹き飛ばされる身体を小さくし、どこに行っても受け身が取れるように構える。

 その辺は日頃の成果である。

 壁に打ちつけられたものの、大した怪我は負わずにすぐさま立ちあがろうとする。

 が、膝に力が入らない。


「すっごい風ですね~」


 静まり返ったこの場に、能天気に声が響き渡る。

 砂埃であたりはうすく土色にそまる煙に覆われている。

 目をこらすうちに徐々にそれも晴れ、平然としている王子が輪の中心に立っている。

 手で乱れた髪を軽く整え、眼前の埃を手で仰ぐ姿が妙に絵になる。


 この辺り一帯に竜巻は起きない。

 だからこそ、全員が全員、唖然と俺たちを見つめていた。


 倒れて動けなくなっている隊長。

 同じく座り込んだままの俺、そして、ほとんど全部の視線は王子にあった。


 小さなこの宿場町に来てから、今だ噂の渦中にいる人物がここにいて、しかも俺と行動を共にしたうえで、この騒ぎ。


「この場合、勝負は僕の勝ちですよね?」


 辺りを見まわして、王子が微笑むと歓声と嬌声があがった。


「いいぞー兄ちゃん!」

「素敵ー!」

「今のって、今のって」


 叩きのめす事に異存はない。

 だが、立場も察して欲しいものである。


「魔法ですよっねっ?」


 ほぅら、バレてる。

 俺の前に出来てゆく人垣に苦笑しつつ、態勢を直して、ぶつけたばかりの壁に寄りかかった。


 魔法使いといえば、特殊な職業どころか、そうそう滅多にお目にかかれるもんじゃない。

 先にいったように、素質が必要なのだ。

 才能とか素質とかってやつは、どこにでも転がっているわけでなく、あったとしても気がつかずに終るか、気がついたとしても使い方を間違えれば自滅もありうるのだ。

 それを簡単にこんな小さな喧嘩で使ったりなんかして。


「リンカぁ~、大丈夫?」


 見慣れた小さな子供達が寄ってきた。

 着ているのはボロだけど、一週間に一度はどこかの家が洗濯してくれる。

 ここの孤児たちはそうして生きているのだ。

 商店であまりものをもらったり、小さな小遣い稼ぎをしたり、優しい町人に助けられて生きている。


「大丈夫、大丈夫。

 いったろ。

 俺は丈夫なんだ」

「さっきでもおっきな音したよ!?」


 泣きそうな少女の頭に腕を伸ばしてぐしゃぐしゃとなでてやる。

 彼女の髪は柔らかで手触りも良いのだ。


「受け身とれたから、心配ねぇよ」

「ホント?」

「本当だから泣くなって。

 ほら、泣くとこわーい魔物がやってくるぞ?」


 ひくっと最後に一度鼻を鳴らして、泣いていた全員が泣き止んだ。

 良い子たちなんだ、みんな。

 全員の顔を見まわして、笑ってやると鏡のように笑顔が返ってくる。

 でも、俺の万倍も純粋な笑顔は、なにものにも変えがたい魅力がある。


「おっし、良い子だ」


 急に髪を軽く引っ張るやつがいて、ふりかえると一番元気が良くて好奇心の強い子供が、大きな目をさらに大きく見開いている。

 こぼれて落ちてしまいそうな目で俺が自分を見たのを確認すると、そのまま腕を上に上げた。


「さっきの兄ちゃん、魔法使うの?」


 なんと答えたものか。


 子供は純粋だ。

 笑って誤魔化せるようなものではないとわかっていても、正直に言ってしまって良いものか、迷う。


「見たのか?」

「リンカが吹っ飛ばされたとこだけ」

「そうか~」


 少し複雑だ。

 こいつらにカッコ悪いのは見せたくないんだけどな。


「かっこいいおねえさんだよね!」

「おい、エル。

 どうみてもあれはにいちゃんだって」

「いいえ、ぜったい!

 おねえさんよっ!」


 両の小さな拳を握り締めている赤いリボンの少女エルは、仕立屋の娘である。

 妙に勘が鋭かったり、妙に鈍かったりするので有名だが、結構可愛い。

 性格も容姿も。


「エルー……あれは男だ」

「ほらー!」

「そんで、魔法使いなのか?」

「僕、魔法もっかい見たいよぅ」


 口々に騒ぎ始める姿は微笑ましいが、ちょっと煩い。

 視界が折角明るくなってきてるってのに。


(え、明るく?)


 顔を上げると、人垣がいつのまにか割れていて、こちらに歩いて来る男が一人いる。

 子供たちもなにかを察してか、左右に割れて離れ始めた。


 逆光で顔は見えないが、おそらくあの貼りついた作り物の笑顔を浮かべているのだろう。

 あたりを囲んでいた人たちはまだざわざわと波のようにさざめいている。


「大丈夫でしたか、リンカ?」


 優雅に差し出してくる手に戸惑う。

 ざわめきも大きくなる。


「当然だ。

 俺を誰だと思ってる?」


 逆光でさえなければ、王子がどんな顔をしているのかわかったのに。

 こんなに近いのに、こいつの真意はまだ計れない。

 俺の持つ秤ではとっくに針が振り切れているのかもしれないけれど。


「リンカ、ですよね?」


 いつまでも手を取ろうとしない俺の腕を掴んで、引っ張りあげて、もう片方の手で抱き寄せられる。

 マントの中にすっかり包まれる。


「威力抑えたつもりだったんですけど、貴方が助けに来てくれるのは誤算でした」


 背中をイヤなものが這いあがってくる。

 原因は、王子が俺を抱き込んだまま耳元で小さくささやくからだ。

 このままじゃ身体がいくつあっても足りない。


「悪かったなっ、だったら離せっ」


 暴れようとしてもどうやって抑えこまれているのか腕も足も動かせない。

 ただ静かで落ちついた王子の吐息と心臓の音だけが聞こえる。

 他のざわめきが遠くなる。


「ありがとう」


 普段よりも数段押さえこんだ声で、弱々しい声で、ただ呟くようにいわれては騒ぐ気も失せる。


「どういたしまして」


 だから、なんだかこっちも礼を言ってしまった。

 いつになく、照れてしまって。

 顔が熱い。


 開放された直後に感じたのは、風と街と、世界全部に抱かれるささやかなぬるい温度だった。

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