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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
5/33

5#よくある衣装変え

 城の中は、外から見た通りとても静かで、でも噂みたいに幽霊がでそうってほどでもない。

 城壁の中は手入れが行き届いているし、きちんと人の住んでいる気配がある。

 もちろん、それはここにシャルダンやカーク、姫とその他数人の護衛の兵士がいるからである。


 強制的に刻龍への繋ぎの仕事を受けさせられた俺は、ひとまず服を着替えることを納得させて、城の一室に通された。


「これを」


 カークが持って来たのは、俺の要求どおりの服で、兵士に支給されているカーキ色の制服と黒のTシャツだ。

 王子や姫に頼むととんでもないものを用意されそうだったので、シャルダンに頼んだのだが、その判断は正しかったらしい。


 服を渡すと、さっさとカークは出て行ってしまい、部屋には俺だけが残される。

 素振りや視線から、カークが俺を快く思っていないのはわかっていた。

 おそらく俺でなくても、主人のシャルダンに近づく者には大抵そうするのだろう。

 一見、王子や姫の命令を優先しているようにも見えるが、最終的にはシャルダンに従うというのが、端からみているだけでも容易に想像できた。


 ドアの閉まる音を合図に、俺はようやく鬘を外す。

 あー暑かった。


「俺はショートの方が似合ってると思うぞ。

 長い髪も確かに似合うけどな」


 俺ではない男の声は、部屋の中から聞こえた。

 さっきまで確かに俺とカークしかいなかったし、カークが出て行った今は俺以外の誰もいないはずなのに。


 しかし、俺は彼の声に聞き覚えがあった。

 彼ならそれも容易だと知っているだけに、振り返るのが怖い。


「紅……竜?」


 おかしなぐらいに声が掠れている。

 さっきまで普通に出ていた声なのに、自分のものではないようだ。

 恐怖に、全身が凍りつく。


 なぜとか、いつのまにとか、そんなのはどうでもいい。

 ここに彼が、紅竜がいるということが問題だ。


「それ、ここの兵の制服だろう。

 せっかくのドレスを着替えちまうなんて、もったいない」


 紅竜がただの世間話をしに来たはずがない。

 目的は、王子かカークか。

 それとも姫か。


「あんたが出向いて来るなんて珍しいな」

「そうか?

 俺は先代と違って、活動的なんだ」


 紅竜がやけに嬉しそうなのは、標的(エモノ)をみつけたからだろうか。

 冷や汗が、俺の背中を滑り落ちてゆく。


 自然と研ぎ澄まされる俺の神経を逆撫でするように、彼の気配が動く。


「お前の標的、俺に売らないか?」


 俺のすぐ後ろで、彼の声がすることに、驚きはしない。

 そんな風に喜ばせる気は毛頭ない。


 精神を奮い立たせ、勢いで彼を振り返る。

 鬘がとれて、涼しい風がうなじを通り抜けるのを感じる。


「なんでだ?」


 不敵に笑って見せていても、全身が逃げたい気持ちを抑えるので精一杯。

 それをわかっているのか、彼は手元に残る鬘を無造作に放り投げた。

 その描く放物線に、視線と意識が吸い寄せられる。

 天井に付くか付かないかのギリギリの高さを頂点に、重力に従って落ちてくる。


「リズールで会う時までに、良い返事を期待しておくぞ、リンカ」


 パサリと、椅子の背もたれにそれが落ちる。

 それから、窓から涼しい風が入ってきて、俺はようやく一人になれたことを知った。

 いまさら、彼に恐怖して、震えて見せるなんて真似はしない。

 どこからか見ている彼を、喜ばせるようなことなど。


 魔物なんか、怖くはない。

 この世界で今の俺が怖いことなんて、きっと彼と会うこと以外にない。


 窓を閉め、部屋をもう一度見回し、緊張を解く。

 それから、のろのろと着替え始めた。

 ドレスを脱ぎ、コルセットを外し、大きく深呼吸。

 新鮮な空気が体中に響いて、暗い気持ちが少しだけ晴れた。


「リンカ、今日はここに泊まり――」

「はいってくんな」


 開きかけたドアをすばやく押えつけ、俺はため息をついた。

 まったく、次から次へと。


「俺は一度町に戻るからな」

「え?リンカはここで泊まらないんですか?」

「他にも仕事あんだよ。

 あたりまえだろ」


 ドアの向こうの王子に向けた言葉は、半分嘘で半分本当だ。


 一応仕事だってあるし、ここから離れたいのは本当だ。

 だけど、どこかで放って逃げたら、後悔する予感がしてる。


 こういう予感はよく当たるんだと、俺は小さく舌打ちした。

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