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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
4/33

4#よくある誘拐劇

※リンカ視点に戻ります。

 王子の優しい瞳に負けそうになる。

 こんな風に俺を見る人間は今までいなかったから、目の前にいるこの男が何を考えているのかなんて、俺には検討もつかない。


 はっきりしているのは、こいつらが俺のはっきりと苦手とする部類の人間だという事だけだ。

 ひとりで勝てる相手でもない。


「俺は着替えて帰らせてもらう。

 あんた達はあんた達でやっていてくれ」


 賞金も何も知ったことか。

 今回の仕事は結局は子供の喧嘩の末だし、こいつらは俺の手に負えない。

 睨み返した王子の瞳は王族の威厳と強い強制力を働かせている。

 奥の方で俺を嘲っている。


「着替えならば、もっと良い物を用意させましょう」


 俺を従わせる気か。


「いらねぇよ。

 手を離せ」


 片腕を取られていても攻撃のし様はあると、腰を低く落して構える。

 だが、どうもこのドレスというヤツではあまり様にならない。

 それでも、俺に従う意思がないと見せることこそが重要なのだ。


 構えに対して、王子はあの警戒心を解かせるような造りものの笑顔を浮かべてくる。


「三万オールでしたか?」


 心の中だけで、ギクリと震える。

 その金額は王子に前金としてもらったラルク石の指輪の裏価格として、俺が小売屋に提示した金額に近い。

 まさか、知っているというのか。

 いや、そんなはずはない。

 だって、こいつはあの時分、寝ていたんだから。


「先日、連れの兵士が何者かに再起不能なまでに叩きのめされてね。

 僕は王族だというのに護衛一人つけていないんですよ」


 やっぱり、という気持ちが先に立つ。

 先日ではなく昨日の話だ。

 俺が紋章をちらつかせた剣術士を叩きのめしたのは。

 思っていたとおり、この王子の関係者だったか。


「あんたに護衛なんか必要なのか?」


 昨日から幾つも魔法を使って、まったく疲れを見せない様子からすると、かなりの高位の魔法使いということになる。

 聞いたことのない魔法ばかりが出てくるあたり、オリジナルに開発した物か。


「これでも、方々から命を狙われる身でしてね」


 自業自得だろ、と云いかけたシャルダンの言葉が遮られる。


「君の倒した護衛も義母のつけた目付けだったから、おちおちゆっくりと眠れなかったんです」


 護衛出し抜いてここまで来たの、と姫の瞳が見開かれる。


「宿屋でたっぷり寝てたろ」

「それはリンカ、君がいたからですよ。

 それだけの強さの拳闘士は、僕も多くは知りません」


 えっと驚いたのは王子以外の全員だった。


 引きこまれた俺の腕を姫が引いてソファーに座らせ、向かいのソファーのシャルダンの隣に王子が座る。

 カークは新しい紅茶のカップを淹れる。


「それって、誰?」と俺。

「リンちゃんって、拳闘士なの?」というのは姫。

「こんな子供が?」と一番いぶかしんでいるのはシャルダンだ。

 カークは表情が読めない。


「たしかにカークも強いですけどね、どう思う?」

「見たことがないのでなんとも言えません」


 シャルダンの傍に控える影のような男を俺が見ると、視線は合わされずにすっと通りすぎられた。


「直接は見ていませんけど、剣術使いを三人も簡単に倒しちゃったらしいですよ」


 あれが、剣術使いだって?


「お前、剣術使いなんかと一緒に旅して来てよく無事だったなぁ」

「それは僕だから。

 ひとりだと何かと気楽だし、王宮ではしっかり猫被ってましたからね」


 話を聞いているうちに、ほんの少しだけ自分の倒した剣術士達が哀れに思えた。


 クラスター王国からここまでの長旅を、ずっと王子の猫被りの我侭に耐え続ければ、そりゃストレスも溜まるわな。

 正体を知らなかったことが返って幸せにも思えるけど。

 あの猫被ってるときは本当に、騙すのに気が引けたもんなぁ。


 と、剣術士といえば。


「あんた、カークっていったっけ。

 今度さ、手合わせしてよ。

 俺――」


 あ。

 そっぽむかれた。

 やっぱりこの姿だからかな。


 俺の場合、育ての親がかなり強い拳闘士だったおかげというのが強いせいか、実際自分がどのくらいの強さなのかさっぱりわからない。

 でも、強い奴がいると聞くと手合わせしたくなるのは、その育ての親の背中を見てきたからか。


「ねー話戻すけど、言い忘れたことがあるのよね」


 姫がにっこりと笑顔で王子に向き直る。


「ディル、もうちょっと方法を考えて行動してよね。

 こっちはそのとばっちりで攫われかけたんだから。

 カークが助けてくれたから良いようなものの、そうじゃなかったら今頃こんなところで紅茶なんか飲んでいられなかったわよ」


 鳩尾の辺りを片手で叩く姫は、いたって明るく言うけれど。


「先客がいたって?

 そんな報告は聞いていないぞ」


 主人が幾分きつめの口調で問いただしているというのに、執事はとぼけた様に手を打って返す。


「そこから掠めとって参りましたので」


 カークに悪びれている様子は少しもない。

 姫も何かを思い出して、乙女手で目をうっとりと輝かせる。


「あのときのカークは、ほんっとにすごかったわよ」


 すごかったじゃなく。


「それは僕も聞いてないぞ、カーク」


 関っているのかと思いきや、王子までもが聞き返す。

 そして、全員の注目が執事に集まる。


「カーク、あんた言ってなかったの?」

「言い忘れておりました」


 ここまで悪びれずに報告する辺り、この男もただモノではない。


「というのは軽い冗談です。

 きちんと相手を特定してから報告しようと思っておりましたが」


 前置いて、内ポケットからきちんと四つ折りにされた紙を取りだし、それを綺麗に広げて二つのソファーの間に置かれたテーブルの上に置く。

 丁度四人全員が見えるように。

 簡略化されたそれは、東方の龍を象った鮮やかなデザインだ。


 普通に生活していれば一生涯見ないことも多い中、不幸なことに俺はそれに見覚えがある。

 関りたくない度ナンバーワンだ。


「全身黒装束で背に大きくこれが刺繍されていました」

「あ、これ確か剣の柄に描いてある奴がいたわ。

 一人か二人か知らないけど」


 深刻とは無縁な呑気な姫の言葉に、背中を冷水が滑り落ちる。

 聞きたくない。

 聞いたら関ってしまうけれど、ここまで関ってしまったらむしろ知りたい。


「何色、だった?」

「黒塗りの柄に黄色で描いてあったと思う、けど。

 何なのか知ってるのね、リンちゃん」


 知ってるどころじゃない。

 本当にもう関りたくない。

 なんで、なんで、と言葉が頭の中をかける。

 黄竜は誘拐のプロだ。


「義母上もとうとう本気になってきたってことですか」

「王子殿下……」


 無機質なカークの声音に心配の色が混ざる。

 それは王子にも伝わったらしく、柔らかく微笑んだ。


「リンカ、君も知っているようですね」


 アタリマエだ!と叫びたい衝動を抑えて、指が白くなるくらい強く拳を握る。


「刻龍、なんて。

 どうしてそこまでして、あんたら、狙われてんだ?」


 狙われているのが、王子一人だと言うのならわかる。

 姫は婚約者だから、弱点と思われて攫われるところだったのだろう。

 だが――。


「ねー刻龍って何?」


 状況をわかっていない二人に、ゆっくりと説明をする。

 落ちつけ、俺。


「刻龍ってのは、強大な裏組織だよ。

 仕事だったら、どんなことも厭わない奴が揃ってる。

 世のほとんどの犯罪者ってのはここにいるんじゃねぇかな?

 敵に回すとものすごく厄介な相手さ」


 手の震えを悟られないように、何度も握ったり開いたりする。

 恐怖が背中を駆け上ってくる感覚を深呼吸で消す。


「雇い主は、わかりますか?」


 王子の問いに、目を見据えて答える。


「刻龍は情報を漏らさない。

 裏切り者も許さない。

 それと腕も揃っているからな、裏じゃ信用あるぜ。

 メンバーも仲間じゃねぇとまず明かされねぇし。

 まぁ逆らおうなんて思うやつはいねぇよ。

 まして、仕事の邪魔したとあっちゃ」

「まずいですね」


 考えこむ素振りを見せるものの、カークは焦った様子も見せない。


「絶対に、報復に来るぞ。

 あいつら、そういうことには容赦ねーから」


 どこまでも付きまとう影に、恐怖は振り払っても駆け上ってくる。

 折角、あの小さな宿場町で平和に過ごしていたのに、逃れられない運命を呪いたくなる。


「知り合いですか?」

「しらねぇよ」

「でも、詳しそうです」


 刻龍とこの王子、どちらが最悪だろう。


「何が言いたい」


 ギリっと奥歯を噛む。


「そいつらが居そうな場所、知ってるんじゃないかと思いましてね」


 馬鹿じゃねぇのか、こいつ。

 知っていたとしても俺が案内すると思ってるのか。


「殺されてぇのか?」

「いやですよ。

 僕、長生きするんです。

 こんなところで死ぬワケないじゃないですか」


 王子はにっこりと最上級の笑顔を向けてきた。

 隣で姫とシャルダンが諦めたため息を吐く。


「それにリンカとカークも助けてくれるんなら、怖いものないって。

 ね、姫、シーちゃん?」

「そうね……」

「俺も?

 俺もなのっ?」


 姫と王子は楽しそうだが、泣きそうなシャルダンの肩にカークが手を置いて、沈痛な面持ちで首を振った。


「ねぇリンカ、そいつらは決して耳がないワケじゃないでしょう?

 たぶん、うちの御老体方よりは話が通じると思いますよ」

「そいつはどうだろうな」


 俺に確信的なことは何一つ言えない。

 でも、どうやらイヤでも案内させられるらしい。

 できるだけ会いたくないんだけど。

 特にアイツには。


 静まり返った室内に、王子が紅茶を啜る音だけが虚しく響く。


 王子の言うように、刻龍の一人と――その一人が問題なのだが――俺は親しくしている。

 かなり一方的なラブコールを受けているというほうがわかりやすいだろうか。

 刻龍に入らないか、という強引な勧誘をうけているので、普通のものより接触も容易いが、付きまとう危険は三乗ぐらいの速さで駆け上る。


 出来ることなら、関わりたくない。

 この王子に関わらなければ、近いうちにどこか遠くへ移動するつもりだったのだ。

 刻龍に見つかる前に、王子から報酬をせしめて、役人に突き出して。

 そうして作った金で、刻龍に知られない場所で隠れ住むつもりだった。


 しかし、こんな話を聞いてしまった今、役人につき渡すことは刻龍の奴等に差し出しているのと同じことだ。

 彼らに牢屋なんてものは役に立たないどころか、無いに等しい。


 どんな依頼を受けているかは知らないが、大抵は生死を問わない依頼ばかりと聞く。


 そんな場所に突き出すほど、俺は冷酷じゃない。

 とても厄介で扱い難い男ではあるが、殺すのは惜しいと思わせる何かを持っている。

 そりゃ、たった二日で何がわかるかっていったら、性質の悪さぐらいしかわからないけど。

 それでも、今、こいつは死ぬべきときではないのだと思う。

 これは理屈ではなる、単なる勘でしかないが。


 ということは必然的に俺は刻龍と対峙しなければならなくて、やはりアイツと会わなければいけないわけで。


 あー、なんでこんなのと関わっちまったんだろ。


 視線を床に落として、俺は諦めの息を吐いた。

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