表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
素直になれない10のお題
30/33

9#偽りの仮面

すっかり糖度が抜け落ちて、申し訳ない…。





 薄暗い地下道を、俺はディルと二人きりで歩いていた。何故かというと、俺がそれを望んだからだ。我儘だとわかっているけれど、夢で見た泉を直に見てみたかったんだ。


 こつこつと石で組み上げて作られた地下道に足音が響く。明らかに自然に出来たものではないが、石の間には幾筋もの根が張り巡り、注意して歩かなければ普通の奴なら容易に転んでしまうだろう。だからこそ、今回はディルと二人で俺は件の「地下遺構」に来ていたのだった。


 入り口は意外にも近くにあった。俺の住む大神殿の奥庭だ。そこに繋がる泉ということは、元々神殿の一部だったのかもしれない。


「リンカ、手を」

 ディルの差し出してくる手を振り切り、俺は軽くステップを踏んで、道をゆく。ディルは怒るでもなく、ただ苦笑しながらもゆったりと歩いてくる。


 俺は道案内は必要ないと言ったのだが、ディルは譲らず、結局ここに来ることが出来たのは地図を見てから翌々日のこととなった。シャルダン様は憔悴しつつも、俺たちの外出に否やは唱えなかったから、たぶんディルの仕事は昨日で終わっているのだろう。


 久しぶりの探検に心躍らせながら、鼻歌を歌って歩く俺に、ディルが追いつき、手をつなぐ。簡単に外されないように、しっかりと指を組むつなぎ方だが、普通より密着度が高くて、ちょっと恥ずかしい。人前じゃ、絶対こんなの許さないけど。


「魔物や魔獣は出ないから、期待しても無駄だぞ。あと、宝箱とかもないから」

 俺の期待を打ち砕くような助言を笑顔で告げるディルを、少し恨めしげに見てから、俺は視線を前に移動させ、鼻を鳴らす。


「女神の泉があるなら十分だろ」

 そんな俺を導くディルが選ぶ道は、多分にバラエティに飛んでいるが、粗方の罠は発動済みで既に動く気配もない。というか、粉砕されてるものが多い。


 過去にディルと姫とシャルダン様の三人で冒険した名残だろうか。その頃八歳ぐらいとか聞いた気がするけど、滅茶苦茶なのは子供の時分からか。


 なんか、嬉々として新魔法を試すディルと、思い切りよく札を使いまくる姫の子供の頃の姿が、見えるようだ。……シャルダン様はその頃から巻き込まれてたんだろうなぁ。


「リンカ」

 少し高い段差を先に降りたディルが差し出す手を踏み台に、俺は彼を飛び越え、音も立てずに着地する。城に来て多少生活は変わったけれど、毎日鍛錬は欠かさず行なっているため、腕の鈍りは殆ど無い。近衛連中と遊ぶのも多少の糧にはなっているのだろうが、基本は城下での「仕事」をしているから勘もそこまで鈍ることもない。


 本来なら許されないことなのだろうが、ディルが俺の自由を認めてくれるから、俺は今も俺のままでいられるんだ。


「ありがと、な」

 なんとなく振り返ってディルに礼を言うと、彼は俺を見つめて、破顔する。それから、軽々と俺を抱え上げる。


「もう少しで着くよ」

 その言葉通り、廊下の先の角から光が漏れ出て見えて、俺はディルの腕から逃れるのも忘れて、息を呑んだ。


 光しか見えてないのに、そこだけ空気が違う。正確にはその部屋だけ、女神の力に溢れているのを感じる。この国に来てから、いや、ディルと出会ってからの俺は、そういうのに特に敏感になった気がする。それまでは女神の遺跡に行っても微塵も感じなかった感覚だ。


 泉の前に立ったディルがしゃがんで、俺を下ろしてくれる。ここを俺は、知っている。夢で見たとかじゃ、ない。


「……ユーシィ……」

 これは誰の記憶だろう。呆然と呟き、泉の縁に手をかけ、水面を覗きこむ。


 一瞬だけ、あの脳天気そうな女神の顔が俺に重なり、消えていった。


 俺に後ろから覆いかぶさるように、泉の縁に手をついたディルが、泉の中の俺を見つめてくる。


「子供の頃に、俺はここで女神にあったよ」

 ディルからの突然の告白だったけれど、俺は妙に納得してしまっていた。姫から聞いたことのある話だからというのもあるけれど、先日の夢を思い出したからだ。あれはきっと、小さなディルで間違いないのだろう。


「名も知らない女神は、俺がいつかリンカに出会うことを教えてくれた。だから、ずっと探していた」

 夢と少し違うな、と思いながら俺が後ろを振り返ると、ディルがあの泣きそうな目をしていた。その目を見ると、俺はどうしようもなくなって、ディルを抱きしめてやりたくなるんだ。


 だけど、その前にディルの額が俺の額にコツリと当たり、閉じた目蓋が震えているのが、俺の至近距離で見えた。


「肩書きなんかじゃなく、俺を、俺だけを見てくれるのはもう、女神しかいないと思った。だけど、リンカに出会うまで、俺はそれを半分しか信じてなかった」

 盲目的に信じられるほど、女神信仰に染まっていたわけじゃないとディルはいう。それを俺が素直に信じられるのは、普通なら行わない神殿内の魔術の行使や容易に大神殿の奥の俺の部屋に入り込んで、あまつさえ迫ってきたりということが事欠かないせいもあるが。一番は、ディルが女神に頭を下げている姿を公式以外では見たことがないせいだ。


 ディルは女神を敬ってはいる。だが、絵姿を偶像を敬っているわけではない。


「リンカは俺と最初にあった時のことを覚えてるかい? 俺は今でもはっきりと思い出せるよ。俺を前にしても萎縮することなく、感情を隠しもしない態度は新鮮で好ましかった」

「その上、魔法を行使すれば、嫌そうにする顔が堪らなく愛らしくて、もっとその顔を見たくて、随分といじわるをしてしまった」

 告白の内容がおかしな方向になってきて、俺はディルの端正な顔の頬を抓んで、引っ張る。


「おい」

「ふふ、リンカに出会うまで、俺は俺がこんなに人を愛せると知らなかった。女神でもなんでも、利用するつもりだった。だけど、今は、そんなことできない。リンカを失ったら、俺は何をしてしまうか、自分がわからないんだ」

 俺に抓られているにも関わらず、ディルは力の限りに抱きしめてくる。


「リンカを、このぬくもりを失ってしまえば、きっと俺は世界を滅ぼすよ」

 とんでもない宣言をするディルの額を、俺は腕の中からベシリと叩く。


「っ、馬鹿か!」

「本気だよ」

「余計質が悪いっ。……ホント、マジで、なんで俺なんだ?」

 ディルのこういうドロドロした愛情は、時々ひどく重くて、でも不思議と心地よくて。俺は頭をディルの胸に預けて目を閉じる。


 何度となくした問いかけに、ディルは小さな笑いでもって応えて、俺の旋毛の辺りで小さくリップ音を立てた。


 本当は、ディルのことなど俺には声高に言えない。俺もきっと、ディルをなくしたら、世界の終わりを願うに違いないのだから。違いはそう出来る力があるかどうかという点だけだ。


 俺は縋りつくように、強くディルの服を握り締める。ディルを知る前ならば、俺は愛情なんて信じちゃいなかった。男と女にあるのは愛情を天秤にかけて遊ぶゲームみたいなもんで、誰もが仮面の下で必死にそのゲームで遊んでいるようなものだ。だから、簡単に俺みたいな孤児が生まれるんだって、そう思ってた。


 だけど、ディルだけは違ったんだ。俺が返さなくても、それでもいいと、その分まで無償で愛してくれるなんて、怖くて怖くて仕方ない。


 いつか捨てられたら、俺はもうきっと俺のままではいられないだろう。それでも、ディルを恨むことだけはないだろう。


「好きだよ、リンカ」

 甘い囁きとともに降ってくるいつものディルのキスを受け入れるために、俺は顔を上げて目を閉じた。


 俺も、という俺の告白は、二人の口の中に留まり、誰の耳にも届くことはなかった。

#追記


裏的には「溺愛10題より9#ぬくもり」

いや、むしろこっちが表になってるかも(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ