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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
3/33

3#よくある仮装劇

※ここからちょっと王子目線です。

 ドアに背を預け、大きく深呼吸して自分を落ちつける。

 リンカの拳は僅かにずらせたものの、ほぼ正確に狙われていたのでかなり苦しい。

 あの強さがこの世界で生き抜いてきた証なのであろう。


 両眼を閉じて、入る前に見据えたこの城を思い浮かべる。


「――銀の連鎖 金の砂塵 掛け違えた楔よ 彼の在るべき姿へ戻れ――」


 息をするより自然に魔力が放たれる。

 これで、城にかけた魔法は解けたハズだ。


 ズルズルとその場に座りこんで、微笑む。

 さっきのリンカの顔は見物だった、と。

 大きな瞳が最大限に見開かれ、本当に驚きだけがそこにあった。


 医務室で別れる前の縋るような瞳と合わせて思い返し、喉の奥を鳴らして笑う。


――リンカと別れた後、自分は窓から出て行ったリンカが見たのと同じ空を仰いで、人の悪い笑みを浮かべていた。


 それまでリンカに見せていたのとはまったく違う、ことが上手く思い通りに運んだと確信している策略家の顔だ。

 そんな自分が嫌いではない。


 残像のように伸ばされた腕を思い出し、その笑顔が自分でも柔らかくなるのがわかる。


「別に大丈夫なんだけどなぁ、本当に。

 ねぇシーちゃん?」


 そっと開いた医務室のドアに向かっての問いかけは、丁度入ってきた二人に向けたものだ。

 先頭に立っていたシャルダン・コゼットは露骨に嫌な顔をしているんだろうなと思って振りかえると、思ったとおりの表情をしている。

 片耳を白い布で押さえて。


「その呼び方はやめろ」


 シャルダンは真っ直ぐな夕焼け色の細い髪をすっきりと短めに切り、緑色の服を着ている。

 瞳の色は濃い目の土色で、どこか子犬のようなイメージが付きまとう。


 彼の後ろにいつもどおり、影のように控えていたのは、黒い髪黒い目で鉄色の服を着た有能な執事カークだ。

 まさに影と言って支障がないくらいに空気に溶けこんでいた。


「怪我したの?」

「貴様が城全体に魔法なんかかけるからだろ!

 あいててて」


 シャルダンはこの城の現在の城主である。


 主人の手を外して、消毒をするカークの手際は良い。

 そして、話しているシャルダンの耳朶の傷は丁度、王子の緑のピアスと同じ左耳だ。

 右耳はやはり青いピアスが収まっている。

 割れたピアスはマラカイト石で出来ており、持ち主に危機が及ぶと割れる石だった。


 王子が魔法をかけた時に、城内にいたシャルダンのピアスが割れたのである。

 かけた魔法は時間に関る魔法。

 しかもオリジナル。


「姫を取り戻しに来られたのですか?」


 痛がる主人をまったく気にせずに、手当てをしながらカークが問いかけてくる。

 傍目から見て、主従関係に見えないあたりがおもしろい。

 どちらかというと、親子とか兄弟に近そうだ。


「うん、そう。

 返して」


 微笑ましく眺めるこの光景は約一ヶ月ぶりだ。

 ここに姫が加われば、幼馴染の仲間が全員揃う。


「お前……っ、それでやすやすと返すと思ってるのか?」

「思ってる」

「う……っ!

 な、なんで、姫もお前みたいな王子と婚約するんだか。

 正気とは思えないよ」

「うんうん。

 そうだよね、ホント」

「お前が頷くなぁ!」


 神妙に頷いてやると、容赦なく返してくるシャルダンを嫌いではない。

 それもここでだから出来ることだけれど。

 本国では流石にシャルダンであってもここまでは言い返してこれない。

 自分が許したとしても、周囲がそれを良しとしない。

 だから正直、シャルダンが姫を攫ってくれたことは幸いだった。


 まさかこんなに遠いとは思わなかったが。


 主人の手当てを追えた執事は、無表情にこのやりとりを眺めていた。


「ずいぶん時間がかかったな」


 諦めたようについたシャルダンのため息と科白は、かろうじて自分の耳に届いた。

 だが、二人にはそれを確認できなかったに違いない。

 突風が部屋に流れて二人が目を閉じ、開いた時には自分は既に部屋になかったからだ。


 自分の耳にはただ、風に乗って流れてきた色気のない叫び声しか届いてきた認識はなく。

 勝手に動く身体に従い、気がついたらリンカを助けていた。


 そういえば、姫を床に放り出した後も目を丸くしていたな、とまたくつくつと笑っていた。

 こんなに笑ったのは久々だ。


「なにしてんの、おまえ?」


 遅れて部屋についたシャルダンが階段を上ってきたのに合わせて、なんでもないことのように悟られないように立って埃を払う。


「姫に追い出された」

「今度は何したんだ?」


 慣れて呆れきった口調の問いかけに苦笑がもれる。

 どんな顔するだろう。

 姫を好きなこの男は。


「婚約を解消しただけさ」


 どうせ幼馴染みの延長線上で適当に決めただけの相手だし、こちらは友情以上の感情を持っていない。

 求めるものはただひとつのことだけだから、ことはいたって単純だ。


 シャルダンはいぶかしげに眉を顰めて、神妙に呟く。


「急だな」


 喜ぶでもなく、驚くでもない。

 なんだ、僕の気持ちはお見通しだったわけか。


 それは優しさというよりも厳しく叱られているようだ。

 責めてくれた方が気が楽なんだ。

 最低だと、罵ってくれた方がマシだ。

 僕は姫を逃げ道にしていただけなんだから。

 煩わしい見合い話からの逃げにしていただけなのだから。


「だから、心置きなく姫を奪っていいぞ」


 姫だって、僕よりはシャルダンと一緒になったほうが幸せになれるだろう。

 有能な執事を持っているだけでなく、公務となると驚くほどの様変わりを見せる、この僕の信頼するもう一人の幼馴染みならば。


「まったく、勝手なことを。

 姫の気持ちはどうなるんだ?」


 幼馴染みの言葉が聞こえないように、背後に控える影に声をかける。


「とりあえず、二人が出て来るまで待つしかねぇな。

 カーク、シーちゃんの部屋で茶ァするぞ」

「はっ」


 先に立って搭を降りる。

 影は短く礼をして、用意のために姿を消した。


「カーク、おま……っ」


 主人よりも王子に従う部下にシャルダンが声を掛けてもすでに遅い。


「おぅ!

 早く案内しろや、シーちゃん」


 語尾に可愛らしくハートマークをつけてやると、疲れたような顔で足音が追ってくる。


「お前の一存で決められることじゃないぞ、ディル」

「わかってる」

「姫は本気だったぞ」

「知ってる」

「それでもか」

「それでもだ」


 その後は、自分の執務室に着くまでシャルダンは何も言わなかった。


 まだ隠していることがあると気づかれているかもしれない。

 それでもまだ、いうことができない。

 確証がないから。

 この僕が確証なく動くことがあると、自分で驚いているから話せない。

 何も聞かず、ただ黙って触れずにいてくれるのは正直にありがたい。


 マホガニーの樹から作られたシャルダンの執務机の方に座ると、カークは何も言わずに紅茶を置く。

 本来の主人はぶすくれた顔で来客用ソファーに座って、テーブルに足を投げ出している。

 何も聞かない何も言わない何一つ責めない態度は昔から変わらない。


「聞かないのか?」


 憮然と紅茶を吹いて冷ましている横顔に、笑いながら問い掛けてやる。


「聞いて欲しいのか?

 どうして解消したのかって」

「いや、お前が知る必要はないな」


 そうくると思ったという独白が、またカップに吹かれる吐息に吸いこまれる。

 ものわかりの良い幼馴染みで助かる。


 ゆったりと傾けたカップの中身は思っていた味と違う。


「ん?」


 もう一口。

 見た目も香りもいつものものだが。


「この紅茶葉、うちのじゃないな。

 この地方のか?」

「はい」


 冷静にうけこたえるカークの声に、嬉々とした響きが混じる。


「えっ、そうだったのか?」


 気がつかなかったのか、一月以上もここにいて。


「う、あ、いや。

 スマン」


 何故かカークに謝るシャルダンに、やはり好感を覚える。

 こういう素直さはこいつの特性だ。


「こんなところで、一月以上も本国の物資だけでなんて賄えませんから、この辺りで香りの良く似ている物を探させました」


 この地域の銘茶といわない辺り、主人に気を遣っただろう。

 香りがシャルダンの好みなのだ。


「うん、これもなかなかいい」


 飲み干して空になったカップを受け皿に置く。

 ふと見えた視界に、おそるおそる飲みなれた紅茶に口をつける姿が映る。


「あっつっっっ!」


 完全に醒めきっていなかったらしい。

 猫舌の彼には酷だろうなと思って、笑いがあがる。


「あとで、本国の屋敷に届けておいてくれ」


 滅多にない微笑みを浮かべ、カークが礼を取った。


 上層部、特に一族から疎まれ、命までもつけ狙われているが、基本的に自国民に人気がある事は自覚している。

 しかし、今のような小さな心配りはシャルダンに教わっているようなものだったりもする。

 当人に自覚はないが、教えてやる気もない。


 扉を叩く音に呼ばれ、カークが開く。

 だがしかし、その向こうには誰もいない。

 影と気配が二つ、あるだけである。


「ちょっと、ここまで来て逃げるんじゃないわよぉう」


 実に楽しげな姫の声とそれにいさかう音が、廊下から響いてくる。

 続く二つ目の声はリンカだ。


「イヤだっつってんだろ、こんなもん着せやがって!」

「似合ってるわよ」

「いいから、離せー!」

「やーよ。

 ディルに見せるために着せたんだからぁ」


 ここ最近じゃ一番愉しそうな姫の声音に、シャルダンが歎息する。

 リンカに同情してのことだろう。


 開かれたドアの前に姫が現れる。

 両手はドアの影の誰かを引っ張っているが、相手の手は姫より少し浅黒く日焼けている。

 腕にはいくつかの傷跡があって、引っ張っていると傷口が開いてしまいそうで痛々しい。


「カーク、ちょっと手伝って!」

「はっ」


 短い返答と共にその黒い姿がドアの影に消える。


「姫といい、ディルといい、どうして俺様の執事を使うんだ……っ」

「有能だから」

「そんなことはわかってる」


 解答がお気に召さなかったらしく、シャルダンは泣きそうな顔を向けてくる。


「こっこんなの似合わないに決まってんだろっ、離しやがれぇっっっ」


 軽々とカークに後ろから抱えられて、少女が部屋に入る。

 まるで人に慣れてない猫みたいに暴れている少女を、カークは僕の前に降ろした。


 そこから、僕は視線が離せなくなった。


「諦めなさい。

 似合ってるわよねぇ?」


 姫はまっすぐに僕を見つめながらドアを閉め、そのままドアに張り付く。

 そこにカークが近づき、ソファーに座るように促す。


 どれも視界には入るけれど、どれも通り過ぎるだけの映像にしかならない。

 唯一目の前だけだ、ダイレクトに脳細胞を揺らす。


 僕の前に立ったのは、春の女神だった。


 春に咲く菜の花色の飾り気のないシンプルなドレスが殊更に存在を煌かせていて、同素材のヘアバンドで止めた髪は栗色を腰まで届かせている。

 ほんのりと薄く引かれた桜色の紅が不満そうに引き結ばれた口元を彩る。


 頬に手を沿えて、傷を確認しなければ、とても同一人物とは思えないかもしれない。

 でも、それでも僕はきっとこの女神を見つける。


「誰だ?」

「リンちゃん」

「びっじんだな~。

 いででっ」


 囁くように姫に問いかけたシャルダンが余計な一言で抓られた声で、はっと我に返る。


「どうよ、ディル。

 ヅラはサービスだけど、上手くいったでしょ?」


 僕の手が触れた瞬間、リンカは怯える瞳で、泣きそうに見つめ返してくる。


「ヅラがなんでうちの城にあるんだ?」

「女の子の必需品よ」


 サラリと返されて、シャルダンがまた唸っている。

 姫の言う必需品というのは、一般に当てはまるのか。

 僕を含め、ここにいる男達にはわからない。


「なんか言ってあげなさいな、ディル」


 柔らかい姫の言葉もただ聞こえてくるだけで、僕は動けない。

 リンカの大きな瞳に、意識まで吸い込まれ、呼吸も忘れる。


 頬に沿えた手を外したのは、荒れて骨ばっている傷だらけのリンカの小さな手。

 重力に従って落ちる自分の手と共に、改めて確信する。


「もう、いいだろ。

 俺の服、返せ」

「その必要はありません」


 ――絶対にリンカが僕の女神だ。


 目の前の少女が憤りで瞳を熱くするのを見て、もっと楽しくなってくる。

 他の三人が三様に頭を抱えるのを視界の端に捉えたが、僕の性格を知っているから、邪魔をすることはないだろう。


「必要あるさ。

 こんな格好でなんの商売が出来るってんだよ。

 俺は年中ひまな貴族様とは違って忙しいんだ」


 踵を返してドアに向かおうとするリンカの腕を、強く引いて引き止める。

 彼女の強い瞳が睨みつけてくる。


 僕の求め続けてきたものが、そこにすべて在ると、そう理屈でなく、ただ感じた。

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