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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
素直になれない10のお題
29/33

8#たった一言

今回はシリアスです。…期待していた方がいたら、ごめんなさい。





 兎の土瓶蒸しに、サハナのスープ、その上に焼きたてのトーストに目玉焼きが乗った庶民の定食を前に、俺は目を輝かせた。


「っ、いただきますっ!」

「おう」

 食事の挨拶もそこそこにがっつく俺を、テーブルの前に座る大男は喉の奥で唸るように笑った。既に老年といった年齢だが、大きな体躯は無駄な動きもなく機敏で、小手先で器用に操る調理器具から出来上がる食事は、今まで食べてきた中でもピカイチの腕前だ。


「うめーっ」

「口悪いぞ」

「別にいーだろ、今はっ」

 城にいる時は女の姿がほとんどだから、こうして素に戻ることのできる城下は、俺にとっては極楽だ。ディルが王子でなけりゃ、こんな苦労はないんだけど、そんなもんは今更だ。


 まだ早朝の店も開いていない時間帯で、ここ城下の食堂にはまだ俺と店主の二人しかいない。店主は養父の同僚とかで、昔道場であったこともある馴染みで、それから俺の事情を知っている人だ。


 外見は大柄な鰐。中身は案外に面倒見の良い……鰐か、やっぱり。


「たーいちょ、今日は何か仕事ある?」

 店主が応える前に、食堂の戸が内側から勢い良く開いた。そういえば、ここは下宿屋もやってるとか言ってたな。


「リンカ、暇なら俺とちょっと西のーー」

「ペット探しはどうだ?」

 明らかに今入ってきた人物の言葉を遮って、店主が口にし、ポケットからくしゃくしゃの写真を取り出す。


「またかよー」

 そう言いながら、俺が写真を見ると、そこに写っているのは一匹の蛇だ。十歳ぐらいの愛らしい茶色い髪の少女が満面の笑みで首にかけている。


「……ポワトリス子爵の末娘、リッテシャルロット様の愛蛇、ランダンダムパルプンテが逃げたんだと」

「すげーの飼ってんな」

「爬虫類好きらしいぞ。他に白イグアナとかトカゲとか飼ってるって聞いたな」

 ずい、と俺の前に古びた地図が差し出される。


「おーい、そんなもんよりこっちのがおもしれーぞ、リンカ。地下遺構の調査」

 割り込んできたのは先ほど部屋に入ってきた男で、実は店主の息子だ。親に似て、しっかりと鰐面だ。


「地下遺構?」

「ああ、王宮からの依頼なんだけどな、王都の北西あたりの井戸から入れるらしい。なんでも、古い神殿があるかも知れないから調べて欲しいとかーー」

「駄目だ」

 しかし、その話をあっさりと店主が遮った。というか、息子をあっさり蹴り倒したけど、二人共体格いいから店の端まで吹っ飛んで、間にあったテーブルやら椅子やらが吹っ飛んだんだけど。


 二人で言い合っているのを聞きながら、俺は首を傾げる。一応、俺が城下で働くことはディルからも許可が出ているし、危険がなければ問題ないはずだ。


(いや、王都の地下に、もうひとつ神殿がーー?)

 この王都は女神神殿の総本山を有しているため、女神信仰の大神殿がある。それだけならばよく知られた事実だ。だが、同じ場所、すぐそばに神殿があるというのは考え難い。


(もしかしてーー)

「イアン、それ貸せ」

「駄目だ」

「見るだけだって」

「駄目だ」

 頑固な店主は、俺が危険な目に遭うとディルが飛んでくると知っているから、極力させないようにしている砦だ。ただし、そこから俺が奪い取るのは自由。


 俺は軽く地を蹴り、店主の手から古びた地図をあっさりと奪い取った。速さならば、この二人よりも断然俺に歩があるのだ。


 その地図をじっくり見ようと視線を落とした俺は、すぐに意識が暗転してしまったのだった。




* * *




 誰かが泣いている。小さく小さく啜り泣いて、いる。


「どうしたの?」

 涼やかな声は聞き覚えのある女神のものだ。そう、確か、ユーシィとか呼ばれてた。そして、それは俺から発せられている。


 え、あれ、なんだこれ。俺、が、ユーシィになってるのか?


「そう、おともだちとはぐれちゃったの」

 俺が慰めるように目の前の小さな金髪の男の子の髪を撫でると、子供がびっくりして顔を上げた。あ、ディルと同じ深い蒼天の瞳。


「なんでわかるの!?」

「ふふっ、なんででしょーねー?」

 からかうように言いながら、ユーシィは尚も子供の頭をなでる。子供は目を見開いて固まったままだったのが、段々と好奇心に瞳を閃かせる。


「透けてる!」

「え、どこ? どこ、どこ?」

 くるりとその場でユーシィが一回転したので、俺はようやくその場所を見ることが出来た。天井があるどこかの閉ざされた泉だ。その泉の水面に、ユーシィは浮いているのだ。ーーああ、女神なんだっけ、この人。


 あまりに普通のお嬢様みたいだから、ちょっと忘れそうになる。


 目の前で目をキラキラと輝かせている子供は、泉の周りをぐるりと巡って、元の場所に戻ってくる。それから、ユーシィに手を伸ばして、あっさりとすり抜けて、バランスを崩して泉に落ちた。


 ばしゃん。


 小さな飛沫を上げて子供が落ちた。ユーシィは助け起こすこともせずに眺めている。泉が浅いからだ。


「……なんだ、浮いてたわけじゃないんだ」

 残念そうに子供が呟く。いや、浮いてるぞ? ユーシィの身体は水に触れてもいない。


 子供は今度はいやに意思の篭る瞳で、俺、を見た。


「ねぇ、僕のものになってよ」

 子供らしいというよりそれは、強く強制力の働く言葉に、ぞわりと俺の精神が逆立った気がする。だけど、ユーシィは寂しそうに笑うだけだ。


「残念だけど、あなたの女神は私じゃないわ」

 むくれる子供の頭をもう一度撫でて、ユーシィが囁く。


「あなたの女神は、もう少しあなたが大きくなったら会えるから」

 大切にしてあげてね、とユーシィはやさしく笑って。


 気がつけば、俺は自分の寝台で仰向けになって、天井を見ていた。


「……ディル……?」

 俺が虚ろに名を呼ぶと、すぐそばで声が返ってきた。


「リンカっ!」

 泣きそうな顔で俺を見て、くしゃりとディルの顔が歪んで笑う。ああ、あの子供に似てる。店主よりもほっそい身体で、だけど俺よりも大きな身体の背中を丸くして、縋り付いてくるディルの頭を、ユーシィのように柔らかく撫でる。


「……リンカ、何を考えてるんだ?」

「うん」

 もしもあの夢がそうなのだとしたら、ディルは地下に泉があると知っている。この男が子供の頃から探検や冒険をしていたと聞いても、俺は今更驚かない。


 じゃあ、知っているディルが依頼を出すはずがなく、しかも俺の目に触れるような状況になるはずもない。ということは、あれはまったく別のーー。


「んぅ!?」

 いきなりディルの顔が眼前に迫り、口を塞がれて、俺は思考を中断した。ディルはひとしきり俺の口を堪能してから、顔を離し、不満気に口を曲げる。


「危険な仕事はしない約束だっただろう」

「は? まだ仕事なんてしてねぇぞ。俺はただ地下遺構の地図をーー」

「地下遺構?」

 俺が例の依頼を話すと、ディルは秀麗な眉根を寄せてから、深く息を吐きだした。


「……先に、見せておくべきだったな」

 ディルが力ある言葉を唱えると、その手元にあの古地図が現れた。


「あ、それ」

「まさかこれが女神の遺産だったとはな」

「へ?」

 ディルが言うには、王城の図書室で見つけたものだという。それが何故王都に出回る依頼になったのかというと、後で探索に行くつもりだったのだと、ディルは事も無げに言った。


「面白そうだろう?」

 否定はしないが、フットワーク軽すぎる。てか、もうちょっと自分の立場とか、ディルは考えたほうがいいだろう。何より、護衛はーー必要なかったな。


「それ、貸してくれ」

「リンカ一人で行くのは駄目だからな」

「わかってる、ちょっと気になることがあって……」

 俺はその地図に恐る恐る触れるが、先程のように意識がなくなるほどの女神の力は感じない。そう、あの時俺が倒れたのは、この古地図に女神の残滓を感じたからだ。


 地図のように書かれたそれは、俺がゆっくりと撫でると、目の前でその絵を変えていった。これは、地図ではない。


「ーー」

 俺の声は言葉として耳に届かず、あの時の女神の古い神殿の廃墟で見た時のように涙が一筋零れ落ちただけだった。


「リンカ」

 ふわりと俺を優しく包むディルの体温に寄り添い、俺は目を閉じる。ディルの胸に耳が辺り、とくとくと鼓動が聞こえてくる。


「ーーこれは、手紙、だ」

「手紙?」

「ああ、ユーシィからの」



ーーリンカ、貴女に最高の幸運を!




 ちょっと巫山戯た明るい女神の笑顔を思い出し、俺はディルの胸で小さく笑って、少しだけ泣いた。

裏的には「溺愛10題より8#鼓動」


甘くないけど、深読みすると王子はリンカに甘いという話。

危険でなければ、仕事をするリンカは可愛いので、

遠目の魔法でも使って眺めてる可能性大。


珍しく、ディルが殴られずに終わってしまった…←

(2012/12/13)

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