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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
素直になれない10のお題
27/33

6#ジレンマ

「素直になれない10のお題」より

 神殿ってのはもっと荘厳で近寄りがたいものだと、俺は思っていた。そうではないのだと思い知らされたのは、ここクラスター王国にきてからだ。


「リーンーちゃんっ」

 大神殿の最奥にある自分の部屋で、ぼんやりと物思いに耽っていた俺は、背後からいきなりサフラン姫に抱きつかれて、ため息を付いた。


「姫、だから、なんで酔っ払うと俺んとこに来るんだ……よ……」

 言いながら振り返った俺は、サフラン姫の後ろにいる意外な人物を見て、目を見開いた。


 黒の総レースのネグリジェを着こなす彼女は、昼間も会ったアメリア姫である。何故彼女がここにいるのかといえば、俺に抱きついているサフラン姫が連れてきたからに他ならない。


 サフラン姫はあまりに突飛すぎるのと、最初の事件で生まれた仲間意識から、俺の警戒に入らない存在だからいいとして。何故俺はアメリア姫に気づかなかったのだろう。まさか、昼間のディルとのじゃれあいで、少なからず俺の警戒心まで薄れているとかか。


(だめだろ、俺っ)

 何のために俺がここにいるって、ディルの隣にいたいというのも事実だ。けれど、俺が自分でディルを守りたいというのも本当なのだ。それなのに、部外者に気づかないなんて、自分の無警戒っぷりに軽く落ち込む。


「っ、アメリア姫」

「こんばんわ、リンカ姫」

 アメリア姫がそう口にした瞬間、俺は全身鳥肌が立った。


 ここで俺を姫なんて呼ぶのは現クラスター国王と何も知らない貴族ぐらいだ。大神殿の者らは、姫と呼ぶのも恐れ多いとか冗談みたいなことを言って、「女神」と呼ばれそうになった俺は必死に説得して「リンカ様」に落ち着いてもらった。城の兵や侍女らも総じて「リンカ様」か「妃殿下」にしてもらっている。


「アメリア姫、どうか、お、私のことはリンカとお呼びください」

「じゃあ、私のこともアメリアって呼んでくださるかしら」

 アメリア姫からのまさかの切り返しに、俺は一瞬眉を潜め、視線を落として、って。


「姫、勝手にお、私の服を脱がせないでくださいっ」

 俺の夜着代わりに着ているキャミソールに、下から手を突っ込んで脱がせようとしてくるサフラン姫の手を、俺はいつものように叩き落とす。


「えへへー」

「笑っても誤魔化されませんよ」

「ぶーぶー」

「姫」

「いーじゃん、いつものことだし」

 いつものことだが、いつも俺は抵抗している。そもそもここに来る時のサフラン姫はいつも酒臭くて、その酔っぱらいモードは普段に輪をかけて質が悪い。酒を飲むのもストレス解消の一環らしいし、せいぜい今までも城にいる女性の着せ替えぐらいの被害しか無いらしいから誰も止めないのだが。俺が来てから被害が俺だけに傾いているのも、また事実である。


「なんでまた今夜も酔ってるんですか」

「あ、それ、私」

 返事は部屋の入口に立ったままのアメリア姫から返されて、俺は思わず鋭い目を向けていた。そして、その手にある一升瓶を見て、頭を抱えたくなったのは当然だろう。


「なんで、持ってきて……っ」

「えー、だって、昼間はディルがあなたにべったりで、全然お話できなかったでしょ?」

 アメリア姫が言うように、お茶会の後から夕食まで俺はディルにひっつかれていたし、いろいろとあった。それはディルが俺を守るためにしているのだということもなんとなく察している。アイツは、俺がもともと王侯貴族を毛嫌いしていたことを知っているから、これ以上俺がディルたちを嫌ったりしないように、そういう者たちとあまり関わらせたくないのだろう。


「ディルは独占欲強すぎよねー。アタシだって、もーっとリンちゃんと遊びたいのにぃぃぃっ」

 不満露わにサフラン姫がいうのを聞きながら、俺はまたもため息をつく。この人は俺「と」遊びたいんじゃなく、俺「で」遊びたいだけだ。


(なんなんだ、今日は)

 お茶会はいつものことだが、アメリア姫と会ってから、ディルはスキンシップ過多どころか襲われるし、サフラン姫もなんだかんだと俺に構いたがる。シャルダン様が来ないところをみると、おそらく二人共仕事を彼に押し付けてきてるんだろう。優秀で生真面目すぎるシャルダン様は、今日一日執務室から出ることも出来なかったに違いない。


「アメリア姫、そちらの椅子をお使いください。姫はお、私のベッド使っていいから」

 さっき、アメリア姫は俺と話したいと言った。だから、何か話したいことがあるから来たのだろうし、追い返すのもどんな問題が起きるやらわからない。だったら、とことんまで向き合ってやろうじゃないか、と俺は二人に向き直った。


 俺がそうして構えていると、アメリア姫は椅子を素通りして、俺にまっすぐ向かってくる。そうして、俺の前で少し屈んで下から上までじっくり見てから、口元を緩ませる。


「……あ、の……?」

「ホント、話に聞いてた以上ね。サフランが夢中になるのもわかるわ」

「へ……?」

 構えている俺の顎を右手の人差指を添えて挙げさせ、目線を併せてアメリア姫が囁く。


「ねぇ、リンカさん、おねーさんとイイコトしない?」

 妖艶という単語がぴたりとはまるアメリア姫のお誘いは、何故かひどく手馴れていて、俺は身動き一つできなかった。


 数刻後、俺が我に返った時には、黒髪ストレートの鬘をつけられ、ゴシックロリータ系の総レースのドレスを着せられていた。


「っって、なにしにきたんだ、あんたらっ」

 思わず叫んだ俺の前で、完成の余韻に浸っていた二人の姫は、何をいまさらと口を揃える。


「リンちゃん(リンカさん)の着せ替えに」

 出会った時は思わなかったが、まさかアメリア姫がサフラン姫の同類なんて考えもしなかった俺は、ひとり膝をついた。


「……姫は一人で十分なのに……」

「やっぱりリンちゃんはどんな格好でも様になるわねぇ」

「サフランの教えてくれた通り、可愛らしい方ね」

 俺を無視して、二人は部屋に一つしか無いテーブルを挟んで酒盛りをしている。本来ここに無いはずの椅子が二つ増えているのは、サフラン姫が札で呼び寄せたからだ。相変わらず、節操無く札を無駄に使う辺り、ディルの幼馴染だけある。


 俺も空いた椅子に座ると、すかさずサフラン姫から酒の入ったグラスを渡されたので、躊躇いなく一気に開ける。


「あら、イケル口なのね」

「飲まなきゃこんなんやってらんないッス」

 かと言って、サフラン姫ほどに酔えるわけではないのだが。そのまま駆けつけ三杯とばかりに、立て続けに三杯グラスを俺が開けた後で。アメリア姫は少し困ったように笑った。


「リンカさんは、ディルのどこが好きなの?」

 いきなりの質問はなかなか俺には理解し難いものだった。だいたい、今日改めて自分でも疑問に思ったぐらいだ。


「わかんね……あ、いや、わかりません」

 俺は顔が良いやつも王族も貴族も嫌いだし、あんなヘラヘラした王子はもっと嫌いだ。事ある毎に俺をからかって遊ぶし、俺を困らせてくれるし、好きとか平気で口に出されても俺は困るばっかりで、何も言えなくなるし。ーーそれが可愛いとか言われても、意味わかんねぇし。


「わからない?」

「……あいつ、ディル、変態だ、です、し」

「ふっ、そうね」

 いつのまにか机に突っ伏して眠っているサフラン姫に、俺はベッドから掛布を持ってきて、その肩にかけてやった。


「でも、長く付き合ってても、あんなディルファウストを私たちは見たことがなかったわ。どれだけ仲が良くても、幼馴染みのサフランだって一線引かれてた」

「優しくて格好いい絵本から抜け出たみたいな理想の王子様。だけど誰に対しても変わらないディルの態度を崩したくて、いろんな女の子がアプローチしたけど、全然欠片も変わらなくて。いっそ嫌われたくてやったことまで、優しく止められて。好きになることも嫌いになることもできなくて、ずっと苦しかった」

 泣きそうな顔で、アメリア姫が笑う。それに俺は胸がぎゅうと締め付けられるようだった。サフラン姫も時々こんな顔をしていて、だけど俺は何も言えなくなってしまうんだ。


「貴方の前では見たこともない甘い眼差しで貴方を見て、甘い声で貴方を呼んでいるディルをみて、心底羨ましいと思ったわ」

 アメリア姫の言うディルは、俺が想像の中でしか知らないお綺麗な王子様だ。もしもディルがそんなヤツなら、俺は何が何でも振り切って逃げ出してたかもしれない。それこそ、紅竜に頼んででも、最悪紅竜の嫁にされるとわかっていても。


「アメリア姫」

「だけどね」

 一度言葉を区切り、目を閉じたアメリア姫は、次に目を開けた時にはさもおかしそうに顔を歪めていた。


「あのお茶会を見て、やっぱりディルは変わらないって思った。あそこまでリンカさんを溺愛してるんじゃ、私の入り込む隙間なんてない。そう、思わせるためだけにやったとは思えなかったもの」

「アメリア姫、それは違う、違います。ディルは普段から」

「いいのよ、リンカさん、無理しなくても。普段からあそこまでされてたら、もうちょっと慣れるでしょう?」

 俺の対応がアメリア姫に誤解させているらしいと気が付き、慌てて首を振る。


「慣れるわけ、ないです。お、私はディルに会うまで恋なんてしたことなかったし、あんなん毎日されても慣れなくて、戸惑ってるんです。自分があ、愛されるなんて、違和感ありまくりで、」

「こういうところが、野良猫みたいで可愛いんですよ」

 俺の言葉を遮る陽気な声に、俺はびくりと肩を震わせた。いつもいつも思うんだが。


「っ、だから、なんでこんな時間におまえがここに来られるんだよ、ディルっ。おかしいだろっ」

 戸口とは全く逆の窓際に座るディルに、俺が怒鳴り返すと、アメリア姫も目を丸くする。


「愛のなせる技です」

「大神官様を酒で買収するな」

「あれ、バレましたか」

 まったく悪びれる様子の無いディルは、遠慮の欠片もなく俺を背後から抱きしめる。アメリア姫は少し切なげな顔で俺たちを見ていて、それは思わずごめんなさいと謝ったしまいたくなるような感じで。


「アメリア姫、サフラン姫まで巻き込んで、貴女が何をしようとしていたのかは追求しません。ですが、リンカを欠片でも傷つけていたら、僕は貴方を絶対に許しませんよ」

 鋭いディルの言葉に、アメリア姫は一瞬だけ泣きそうになって、だがすぐに強く笑って返してきた。


「私はただ「噂のリンちゃん」と遊びたかっただけよ?」

「それでも、です」

 米神にディルが柔らかにキスしてくるけれど、俺は微動だにできなかった。


「誰であろうと、リンカを傷つけるものを、僕は、許さない」

 そう言った後で、俺はディルに顎を捕まれ、上向けられて、無理矢理に口を重ね合わせられる。いつものディルは、こんなこと、しないのに。


「邪魔、したわ、リンカさん。良い夜を」

 震える声で暇を告げて、アメリア姫が出ていく気配を感じて、俺は薄目を開ける。すると、それまで重ねあわせていただけだったディルが、急に口を抉じ開けてきて、俺の舌と絡ませてきて。


「っ」

 抵抗らしい抵抗もできない俺の背中をディルの手がすべり、ドレスの後ろの紐を解こうと動き。大変なはずのそれはぷつりという音であっさりと緩められ、俺はその事実に目を見開いて、ディルを押し返した。


「っ! ディル、これ、姫の……!」

「こんなものがあっては、リンカの甘い匂いが嗅げない」

 さりげなく変態発言をしつつ、落ちそうになる服を胸のあたりで抱えるように抑えている俺を、更に抱きしめて。キスを迫ってくる王子から逃げようと身を捻って、俺は気がつく。


「ディル……っ」

「リンカはどこも甘くて、柔らかくて、」

「そ、じゃぁ……っ、姫が……っ」

 俺が降ってくるようなキスから逃れながら言うと、再び顎を捕まれ固定されて。


「リンカ、余計なことは考えなくていい」

「ぁ……ゃ……っ」

 あっという間に俺はベッドに押し倒され、ディルは俺を上から見下ろしていて。だけど、テーブルではサフラン姫が眠っていて。


 こんな、こんなこと、二人きりでも恥ずかしいってのに……!


「ディルっ」

 俺が強く名を呼び睨みつけると、ディルは大人しく笑って止めてくれて、俺の頭を軽く撫でた。


「冗談、だ」

 その顔は全然冗談には見えなくて、だけど俺たちにはその先まで続ける許可がないと言ったのはディルだ。女神の眷属には、俺が知る以上に様々な制約があるのだ。


「アメリアと何を話したんだ?」

「何って、ディル、の……どこが……好…………」

「ああ、俺はリンカのそういう素直なところが、可愛いと思うよ」

 是非リンカの口からも聞いてみたいなぁというディルは、明らかに初めの方から俺たちの会話を聞いていたようだ。


 それに、俺が素直とか、誰が聞いても出てこない答えだろうに、何を言っているのか。


「……いつから見てた」

「はっはっはっ」

「答えろっ」

「リンカの怒った顔ももちろん好きだよ」

 俺の鼻先を突いて笑うディルを殴ろうとしたけど、胸を抑えた俺の拳はあっさりとディルに避けられてしまった。しかし、これまでの経験からディルとのこういう言い合いは、俺には分が悪いのが目に見えているから、俺はあっさりと追求を諦める。


 未だテーブルで幸せそうに眠っているサフラン姫を、俺はじっと見つめる。


「なあ、ディル」

「俺はリンカ以外いらない」

 まったく取り付く島もないディルを微かに笑い、俺はサフラン姫を見つめたまま続ける。


「それは、俺が女神の眷属でなくても、か?」

「当然」

 欠片も躊躇いを含まない返答に俺がクスクスと笑っていると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。


「……姫を、彼女の部屋のベッドに送ってやってくれ、頼む」

「リンカがそれを望むなら」

 ディルが力ある言葉を発し、すぐにテーブルからサフラン姫の姿が消えた。こいつは非常識の固まりみたいなやつだけど、約束を違えたりなどしないから、きっと今頃サフラン姫は温かなベッドで幸せな夢でも見ていることだろう。


 普段はサフラン姫を雑に扱うディルだけど、実は大切に守っていることを俺は知っている。大切な妹なのだと、いつだったか話してくれたことがあった。妹以上には見れないとも。


「ディルは、」

 俺はそれを口に出そうと、何度も試みた。だけど、サフラン姫を見るディルの家族愛のような眼差しの温かさを見ると、何も言えなくなるんだ。そして、俺に向けられる過剰な甘やかさが、俺を安心させてくれる。


「リンカ?」

「なんでもねぇ」

 布団に潜る俺の頭の辺りを、ディルはただ優しく撫でてくれた。


 ディルを好きだったサフラン姫にもアメリア姫にも悪いとは思うけれど、もう俺にはディルのこの手を振り払ってまで逃げ出すことはできそうにない。


「手」

 布団から出した俺の手をしっかりと握り返してくれるディルの温かさに安堵しつつ、俺はゆっくりと眠りに落ちていったのだった。

裏的に「溺愛10題」より「6#君のにおい」


ようやく王子の変態度上昇が止まった気がします。

え、気のせい?……ははは(遠い目


これでも一応セーブしました。

一時は際どいところまで王子が暴走してたのですよ。

なんでしょうね、この人。

(2012/11/26)


公開

(2012/11/27)

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