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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
2/33

2# よくある救出劇

 俺は大した苦もなく、搭を探し当てた。

 元来お姫様が捕われるのは、外階段も何もない搭の最上階と決まっているし、実際そういうものは一つくらいはあるもんだ。

 この城の搭は時計搭のようなものらしく、遠くから見ると時計の下にがらんとした空洞があった。

 大きさ的には鐘を二つ三つ置くと丁度よさそう。


「あれー?」


 搭に潜入するのは簡単だった。


 入口にいる兵士はたった一人で、不意打ちで一発だったし。

 螺旋階段は長かったけど、誰もいないし。

 そろそろ終りかな、というぐらいの辺りで部屋の前にわかりやすく兵士が立っててくれるし。

 一撃だったし。

 忍びこんだこちらが心配したくなるぐらい弱すぎるよ、ここの兵士。


「おかしいな。

 ここの部屋じゃないのか?」


 石壁の搭は古い物と新しい物の匂いがあって、新しい物はこの部屋に大体あるようだ。

 石壁は少し崩れている箇所もあるが、概ね補修も施されているし、内部の調度品はシンプルですっきりとしている。

 床にはふんわりとしたやわらかな薄い緑の絨毯。

 中央に飾られたテーブルには庭にあるのと同じ、可憐な花が生きている。

 大きく切り取られた窓には淡い桃色のカーテンがはためき、そのすぐそばに天蓋つきのベッドがある。


 女の子仕様の雰囲気の良い部屋だが、姫の姿はどこにもなかった。


 ベッドシーツが切り裂かれた様子も誰かが侵入したような痕跡もないし、かといって争った痕跡もない。


 抜け出すのに複雑な場所でもないし、見張りも少ないから楽に抜け出せそうだ。

 だが、見張りは倒したけれど、きちんと配置されていたようだし、他に抜け出す場所といったら窓ぐらいしかない。

 だが、か弱い姫がこんな高い搭の窓から抜け出すだろうか。


 それに、姫君ってのは大人しく王子の助けを待ってるもんだし。


「きゃ……っ」


 青空を背に部屋を出ようとしたところで、外から可愛らしい女の悲鳴と小石のカララと落ちる音が聞こえる。


 カーテンのはためく窓から見えるのは、広がる大空と少し西に位置をずらした太陽ばかりなり。

 なんの障害もなくて、清々しいばかりの景色は最高の一言に尽きる。

 が。


「なんで、そんなところにいるんだよっ?」


 かけよった窓から見えたのは軽く波打つ金の髪。

 窓から僅かに離れた壁の隙間に辛うじて引っ掛けられた、細く小さな白い手。

 赤いふわりと風を吸いこむドレスをなびかせ、少女は壁に張り付いていた。


 視線は真っ直ぐ足元に注がれて、固まっている。


 これが例の姫君かと思うと、頭を抱えたくなった。


「もちろん、逃げるために決まってるでしょっ」


 声が震えている。

 このままでは確実に足を踏み外して落ちる。


 見たところ命綱はないし、長いドレスのままだし、急に思い立ったにしては無鉄砲すぎる。


「どうして窓からなんだよ。

 別に廊下から素直に逃げてもいいだろう?」

「それじゃ、意味がないの!」

「死ぬ気かよ」

「まさかっ」


 吐き捨てるような響きが返ってくる。

 元気だけは有り余っているようだから、まだ少しは持つだろうか。


「もう少し待ってりゃ、王子が迎えにくるのに」


 室内に目を走らせて、手持ちの縄を括りつける場所を探る。

 二人分の体重を支えるとなるとそれなりに丈夫でないと。

 ……ベッド、動かないよな。


「そうして一ヶ月も立つのよ?

 これ以上待っていられますか!」


 ベッドの足と自分の腰に縄を括りつけて、窓の外へ出る。

 振り向いた姫の空色の瞳が見開かれる。

 王子と同じ年ぐらいの姫からすればしかたないか、と少し苦笑がもれた。


 風が背中を押す。


「とりあえず、中に戻るぞ。

 こっちに来い」


 差し伸べた手を姫はおびえて首を振る。


「絶対、助けてやるから。

 今は信用してくれ」


 強く言っても首を振るばかりだ。

 しかたなく、こちらから近寄って手を掴む。


「ダメ!

 ……きゃぁっ!」


 叫ぶより早く、姫の足元が崩れた。


 間一髪、手だけで繋ぎとめているけど、流石に人一人分を支えるにはまだ力が足りない。

 引き上げるほどの腕力がない。

 その上、部屋の中に縛りつけたロープが、イヤな予感を更に増してくる。

 地面はものすごく遠いし、落ちたら間違いなく終りだろう。


「いやぁっ!」

「騒ぐなよっ、落ちるから」


 捕まえている綱が動いていることにすぐに気がついた。


 窓で擦れた部分が、軽い欠片となって風に飛ばされる。


「………………っく………………誰っかぁぁぁぁぁぁぁぁっ、来てッ、重っ……い」

「失礼ね、これでも気を使ってるのよ!

 それより、私はいいから手を離してっ」

「冗談言うなっ」


 この高さから落ちたら助からないのはわかっているが、いくらなんでもこのままじゃ二人ともが助かる可能性はゼロだ。

 共倒れにならないうちに引き上げたいが、今、動いたら支えのベッドも動きそうだ。


 どうしよう。

 どうすれば、助けられる。


「リンカ、大丈夫か?」


 救いの手は部屋の中ではなく、リンカの背後から聞こえた。


 今までの能天気さの欠片もない、真摯な王子の声が天の助けのように思える。


「……魔法、かよ」


 ずるいなと思いつつも、やはり助かる喜びの方が強い。


「ディル、遅いわよっ」


 二人を抱えて搭に飛びこんでから、王子は姫を柔らかな絨毯に突き落とした。


 俺は王子の腕にしっかりと抱えられたまま、唖然とその様子に目を見張る。


 この二人、婚約していたんじゃなかったか。


「痛いじゃないのよっ、もう」


 講義の声をあげてはいるけれど、姫の方も慣れている感がある。

 いや、それよりも今はこれだ。

 どういうことだ。


「無事で良かった……っ」


 王子に抱きすくめられたのは俺の方で、真剣に心配されているのも……俺?


「お、おい。

 姫さんはあっちだろ」


 姫が強く自分のドレスの埃を払う音が聞こえる。


「ディル、あたしの心配はしてくれないの?」


 呆れかえった姫の声は、まだかすかに震えている。

 返す王子の言葉も素っ気無い。


「姫が無事なのは見てわかります。

 貴方は人の二、三十倍は丈夫ですし」


 からかいの言葉も今までのイヤな甘さが消えているし、どうしたんだこの王子は。

 そして、どうして俺はこいつの腕から抜けられないんだ。


「怪我はないですか?」

「あんたが城に魔法をかけなきゃ無傷だったわよ」

「姫には聞いてない」


 突き放した気安い言葉は、やはり姫に向かって放たれている。


「俺は別に……ぐぇっ」


 腹を圧迫され感覚で、命綱をつけていたことを思い出す。

 でも、今引っ張っているのは、一人しかいないだろう。

 この場合。


「いつまで、そーしてるつもりよ!」


 苛立った声で、綱を引いているのは姫だ。

 て、あの、腹が苦しいんですが。


「姫、リンカを苛めるんですか?」

「どっちが!」


 何でもいいから、離してくれ。

 王子も姫も。


 制するのはやはり、王子の方だった。


「姫」


 静かで威厳のある声音に、綱が緩む。

 俺は更に強く抱きすくめられる。


「動かないで。

 今、縄を解きますから」


 耳元の小さな囁きに俺は大人しくして、解かれるのを待つ。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 三〇秒ぐらいすぎても離されない。


「おい、まだかよ?」


 一分すぎてもまだだ。

 余程の不器用じゃなきゃ、何か理由があってこうされているということか。


「姫、婚約は解消しましょう。

 僕は、見つけてしまいましたから」


 腕が緩んで、王子が目線を合わせて額を小突く。

 深く透明な緑の深淵に、不信な顔の少年が――俺が映る。


「それ?」

「可愛いでしょう?」


 それって、俺のことか。


 可愛い可愛いと、髪を撫でられる。

 大きい優しい手がゴワゴワの髪を梳き、ゆったりと微笑む。


「……そーゆー趣味だったの」

「え?」

「男の子でしょ、それ」


 王子の笑顔が凍りついて、それから瀬木を切ったように笑い出す。

 この、反応は、まさか。


 一歩引きかけた腕を掴んで引き寄せられる。

 真っ直ぐに合わされる瞳は今まで見たこともない優しさと何かに満ちている。


「リンカは女の子ですよ、姫」


 ねっ、と同意を求められる前に、俺は低く落した身体から正拳を王子の鳩尾に叩きこんで、姫の背後に急いで逃げた。


 王子は腹を抑えて、身体を二つに折り曲げながらも俺に笑いかける。


「こんの猫かぶり野郎っ、いつから気づいていやがったっ?」


 よく見るととっくに縄は解かれていたようで、ベッドから王子の足元に素のまま落ちている。


 どこからどう見ても少年にしか見えないこの姿で見破られたのは二人目だ。

 誰が見てもどこから見ても、少年にしか見えないはずなのに。

 姫も気がついていなかったはずなのに。

 振りかえった目が疑問符でいっぱいになっているのがわかる。


「リンカさんだったわね。

 失礼」


 この姫も命綱なしでここから逃げようとする辺りで普通でないと俺は気がつくべきだったのかもしれない。


 白く細い手は荒れもなく、一瞬見惚れるほど滑らかで美しい。

 自分とは大違いの女性の手。

 働かない、手。

 それが、ぺたりと胸に当てられ、次いでさわさわと撫でられる。


「うわぁぅっっっ、何しやがる―――っ!」


 咄嗟に壁の端に張りついて逃げる。

 姫ッて、姫君って、そーゆーもんなのかっ?


 目の前で、姫は俺と自分の手を交互に見て、小さく呟いている。

 俺の胸の存在を確かめていたってのか。


「あんた、出てて」


 苦悶の表情の王子を無理やり起こして、姫はドアから追い出す。

 姫って、姫って……。


 王子を追い出した後はカーテンも窓もきっちり閉めて、備え付けられた樹皮色の衣装棚を開ける嬉々とした姫君を、俺は為すすべもなく固まって見ていた。


 何が何なのか、一体どういうことなのか。

 説明を求めるのも恐ろしい気がしているけれど、聞かなければもっと恐ろしいことが起きそうだ。


 声をかけようと差し出した手は、姫の満面の笑顔を前に敗北を悟った。


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