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Routes 1 -リンカ-  作者: ひまうさ
本編
14/33

14#よくある相談劇

※王子視点。

 僕は自分がそれほどリンカを好きだという自覚は無かった。

 姫たちには確かにそう口にしたし、僕自身も自分自身を偽る愛の言葉を口にしていた自覚はあった。

 リンカは僕自身にとって必要な駒になることは確かで、そのためであれば「好きだ」と偽ることも造作ない。

 それは姫もシャルも、わかっていたことだ。


 今の僕らに必要なのは、僕が王になるために本国にいる僕の継母――つまり、女王に対抗するだけの力なんだ。

 神権政治が主となる国で、女神の眷属はいるだけで切り札となり得る力を持っている。

 たとえ、それがただの子供だとしても。

 本国から離れている今なら、いくらでも代わりを立てればいいだけの話だった。


「それで、黙ってリンちゃんがさらわれるのを見てたっていうの。

 なにしてるのよ、ディルっ!」


 わかっていたはずなのに姫はこうして目の前で怒っているし、僕は去り際に見えたリンカの笑顔が脳裏に焼きつき、自分でも思った以上にダメージを受けている。

 リンカが姫のように簡単に泣いてくれたら、ここまで残らなかったかもしれない。

 だけど、涙を流すことさえ諦めてしまった笑顔は、僕の胸に強く爪を立てていった。

 あの少女が僕を助けるために自らを犠牲にしたことは明白で、それが望んでのことではないことは間違いない。

 でなければ、あんなにも恐怖していた相手に、自分から進んで向かうことなどないだろう。


「やっと見つけた女神をさらわれて、どうする気なのよ」


 僕も姫も、継母ほどではないにしろ、神官としての力はあるし、これだけ離れた場所ならいくらでも偽装は簡単だ。

 代わりなんて、いくらでもいるはずだった。


 でも、今はどうしてかリンカ以外に考えられない。

 彼女以外に女神の眷属を務められると思えないのは、その魂に触れてしまったからだろうか。

 どれだけ相手を嫌っていても、自分の正しい道を行く、真っ直ぐで高潔な曇りない輝きが眩しくて。

 いつのまにか僕は虜になっていたのかもしれない。


 なくして初めて気づくなんて、愚か者のやることだと考えていた。

 だけど、本当に失くしてから気がつくなんて、僕は思わなかったんだ。

 だって、まだ出会ってから二日も経っていないし、リンカと僕とは歳が離れすぎている。

 なのに、いなくなってこんなにも苦しいなんて思うわけが無かったはずなんだ。


「どうするっていってもリンカは自分で望んで、」

「そんなの脅されたに決まってるじゃない。

 大方、ディルや私を楯にされてね」


 知らないはずなのに言い当てる姫に僕は顔を背ける。

 事実、リンカはあの紅竜ってヤツから切望されていたのだから、リンカが紅竜の元へ行くこと事態が(紅竜がリンカを女神の眷属と考えていないとしても)十分な条件となりうる。


 だが、リンカの行動は不可解なことばかりだ。

 僕を、王族を嫌いだといいながら、仕事だと僕を守るためにその身も名前も惜しまない。

 何故と訊ねても、たぶんリンカ自身にも明確な答えはないだろう。


「先にあの男がきたときのリンちゃんの様子、見てたはずだわ。

 あれは明らかに怯えてたでしょう。

 だから、わざわざ結界張ってそばにいたのでしょう」


 姫の言うとおりだ。

 僕は女神を奪われないために、そして、リンカを逃がさないために結界を張った。

 だが、それは容易に刻龍によって破られ、俺はそばにいたのに、何も出来なかった。

 ただ、リンカが連れ去られるのを見ていることしか出来なかったんだ。


 落ち込む僕に畳み掛け、姫が言葉を繋ぐ。

 ただの姫ではありえない、強い声が僕の心に訴える。


「三万歩譲って、リンちゃんが望んで浚われたのはいいわ。

 でも、それでいいの?

 ディルはどうしたいの?」


 良いわけがない。

 だけど、僕にはあの男に勝つ自信が無いんだ。

 あの紅竜とかって男から、リンカを取り返すことなんて。


「ディルは王子なんだから、思うとおりにしていいの。

 いえ、むしろそうすべきね」


 今ここで僕の肩書きなんて意味が無いし、もしそうだとしても王子としての僕は思うようになど動けない。

 思うように出来るのならば、最初からそうしていると姫だって知っているだろうと、僕は幼なじみを下から睨みつける。

 しかし、気丈な姫は怯むことなく睨み返してくる。


「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」

「僕にリンカを助け出せというのか?」

「そうよ、私の知るディルならそうするわね」


 姫は頷くが、その自信はどこからくるのだろう。

 僕はそこまで我侭を押し通したことはないのに。


「そんな手が通用する相手か。

 あの男は、」

「手がないとは言わせないわよ」


 見透かす姫の瞳から、僕は目を背けた。

 確かに、ないとは言わない。

 だが、これまでとは相手が違いすぎる。

 僕は自分の作戦を過信してはいないし、本物の犯罪者に通用するなんて思っていない。


「だから、その手は通用しないさ。

 あの男、世界でも五本の指にはいる強さなんだぞ」

「三本の指に入る魔法使いが何を言っているのよ」

「魔法使いと剣術使いでは勝負になんかならないといっているんだよ、姫」


 負けじと言い返す姫に、吐き出した僕の吐息は思った以上に苛立っていた。

 だが、いらついているのは姫も同じらしく、向かい合ったテーブルの上で細い指がカツカツと爪音を立てる。


 互いに交わる視線に甘さは欠片も無く、譲る気が無いのは長年の付き合いから分かっている。

 そして、二人では終わらせられないということも。

 姫の秀麗な眦が上がり、桜貝色の唇が開き、何かを発する前に別な声が遮った。


「できるよ、おまえなら」


 部屋の奥に小さなテーブルを置いて、彼の執事カークが淹れた紅茶を冷ましつつ、傍観者を決め込んでいたシャルダンだ。

 僕らよりもよっぽど落ち着いて、王族らしい。


「できるよ。

 十倍返しのディルファウスト、だろ」


 そして、一気に残りの紅茶を飲み干した。

 もうかなり冷めていたのだろうが、猫舌のシャルダンにはその方が都合がいい。


 言葉を遮られた姫は少し呆気に取られた顔をした後、両目を閉じて何やら小さく呟いてから、笑顔をシャルダンに向けた。

 実に、姫らしい、作り笑顔を向けられたシャルダンは紅茶のカップを持ったまま、蒼白の顔でガタリと音を立てて席を立つ。


「ふふっ、懐かしいわね。

 王立学院でのあだ名じゃないの」


 知らないものから見れば愛らしい笑顔も、僕らにとっては軽い恐怖となる。

 わかっていて助けてくれる辺り、シャルダンは人がイイのか馬鹿なのか。

 それとも、そんな姫が好きだという嗜好なのだろうか。


「リンちゃんを奪い返して、ついでに報酬も頂いてきちゃいましょうよ」


 こちらに向き直った姫の満面の笑顔の向こうで、シャルダンが大げさに胸を撫で下ろすのが見えて、僕も小さく笑った。

 シャルダンの今後はともあれ、おかげでさっきまでの重い空気は泡と消えてしまったようだ。

 安堵した僕と姫の前にもカークがレカンタティーを淹れてくれる。


「報酬なんて、盗れるわけないだろ。

 今は王子なんだから」

「あら、昔からよ。

 仮って言ってたのはあのおばさんだけなんだからっ」


 僕を敵視している叔母にして、現在の皇后である女性にして、自身の母である女性を「おばさん」と言い切った姫の眉が顰められる。

 僕を殺そうとしていると知ったときから、姫はそれが姫自身のために行われていると知りながら、僕に協力してくれてきた。


「あれは、子供だったからな」


 まだ何も知らず、シャルダンと姫と三人で遊んでいた無垢な頃を思い出し、思い出に一時身を委ねる。

 それは温かくもあり、切なくも、甘くも、苦くもある。

 母のいない僕にとっての叔母は、母のように慕い、同じくらい信頼していた女性だった。


「……ディル……」


 変わらずにいたかったという幼稚な願いを心の奥に沈めて、不安そうに僕を見る姫に笑いかける。


「でも、奪い返すっていうのは面白そうだな。

 あの男の素顔も見たい」


 僕の笑顔に安堵してくれた姫が柔らかい微笑を浮かべると、シャルダンも嬉し気に頬を上げる。


「そういえば、黒装束に気をとられて、見ていなかったわね」

「さぞかし人に見せられない顔をしているのだろうな」

「あははっ、かもしれないわねぇ」


 見られない顔を想像して、姫は明るい笑い声を立てる。

 全員が落ち着いたところで、僕は目の前に置かれた、カークの淹れた紅茶のカップを手にし、姫もまた自分の前にあるカップを手にした。


 前触れは何もなかった。

 あったのかもしれないが、僕らは誰も気づけなかった。


 それほど紅茶を多く淹れたわけでもなく、誰かがテーブルを揺らしたわけでもないのに、姫の前の紅茶のカップから、薄茶の液体が溢れる。

 カシャンと小さな音が遅れて続き、半分に割れた白磁のカップが悲鳴を上げた。


 和やかになり始めた空気を空間ごと引き裂いたのが何なのかは、すぐに判明した。

 僕の向ける視線の先には、壁に突き刺さった一振りの昼の光をも遮る黒光りする剣がある。

 長さ、形状からグラディウスとわかるが、刃は不気味に漆黒の嫌な輝きを放つ。


 誰も動かない中で僕はそれに近づき、両腕に力をこめて、一気に引き抜く。

 深く食い込んでいるから抜くのも大変かと思ったが、予想に反して、するりと軽く剣は壁を離れた。

 近くでよく見れば、剣は黒曜岩を特殊に加工したものらしく、刃の向こう側で部屋の木目の床まではっきりと見える。

 黒というよりも半透明。

 そこに緑青系の白っぽい光がぼんやりと浮かび上がる。


 ごくり、と鍔を飲んだのは姫だろうか。

 剣を僅かに返すと、恐怖でなく期待と興奮に包まれた姫の瞳の輝きが見えて、僕は苦笑した。

 子供の頃からそうだが、本当に姫君らしくない人だ。


「なに?」

「招待状だよ。

 ご丁寧なことだ」

「っつーか罠だろ、それ」


 僕がその剣を一振りすると、風を切る音に加えて、通常の剣では起こりえない光が舞い、僅かな風が僕と姫、シャルダンの周囲を守り包む。

 風は僕を守る精霊のひとつだ。

 部屋の中の何にも影響はないが、これが魔力の備わる剣だと言うことを示してくれる。


「今夜、リンカの婚儀と……名付けを行うと云ってる」


 収まる風に姫の柔らかな陽色の髪がふわりとその肩に戻る。


「場所はどこなの?」

「リズールの――つまり、この街のそばにある森の中だそうだ」

「まぁ親切ねぇ」

「ってゆーか罠だって」


 シャルダンが何度も「罠」と繰り返すが、そんなことはわかっている。

 だけど、その先にリンカがいるのが確かなら、招待に応じるほか無い。


 僕はもう一度リンカに会わなきゃいけない。

 そして、今度こそ本当の意味で、僕の妻になってほしいと願い出るつもりだ。


「折角のご招待だ。

 受けてやんなきゃな」


 最初の日に見たリンカの挑戦的な笑顔、その夜の宿で見た驚き焦る顔、城の医務室で見た縋るような瞳、姫がさせた女装で怒っている姿、僕の腕の中で震えていた魔法移動中の姿――そして、最後に見た全てを諦め震えるリンカが、僕の記憶の中で黒いマントに覆い隠される。


「シーちゃん、これやる」


 黒いグラディウスをシャルダンの手に乗せると、彼は大げさにバランスを崩した。

 それを気にも留めずに、僕は姫に作り笑顔を向ける。


「紅竜さんへのお祝いは何がいいかな?」

「ディルが行けば十分よ。

 賞金首なんでしょ」


 僕に賞金をかけているのが自分の母親と知りながら、姫はあっさりと言う。

 それはもちろん僕が捕まらないと信頼しているからの発言だ。


「リンカにもプレゼントを買ってってやんなきゃな。

 よし、買いに行って来るか。

 カーク、つきあえ」

「はっ」


 ドアに歩き出した僕の背に、剣を床に置いて落ち着いたシャルダンのぼやきが追いかけてくる。


「カークは一応、俺の部下なんだがなぁ」

「シャルが気にしてないんだからいいじゃない」

「気にしてないわけじゃないんだが」


 普段は有能な男だが、姫を前にするとうじうじくよくよしてはっきりしないシャルダンが深く息を吐く声を聞きながら、僕はドアを開けて、廊下へと出る。

 ついてきたカークがドアを閉める前に、姫のぼやきも加わる。


「あーぁ、あたしって、男運ないわよねぇ。

 ディルは顔も身分もあるけど、所詮あたしなんか見てないし、親戚にまともなのいないし」

「俺は?」

「下僕」


 ぱたんと閉まったドアの向こうで、姫の即答の後に奇妙な静寂が訪れたことだろう。

 内容はともかく、似たような光景はこれまでに何度か見かけている。

 僕よりもよっぽどシャルダンのほうが姫の隣にふさわしいのにな、と僕は小さく呟いた。

 聞いていたはずのカークは普段どおりに何も言わぬままで、僕は小さめの苦笑と彼を連れて、宿を後にした。

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